episode91「グレーゾーン・ザルファリ-Welcome to Zalfari-」
かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産……賢者の石。
三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊と呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。
制御出来ない膨大な力を持つ賢者の石だったが、ソレを制御する方法が一つだけあった。それが、ミラル・ペリドットの持つ魔法遺産、聖杯である。
テイテス王国での悲劇の引き金の一つとなった少年、ルベル・C・ガーネットは、ミラルと出会い、賢者の石を破壊するための旅を始める。
チリーとミラルは、賢者の石、聖杯、そしてそれらを生み出した太古の存在、原初の魔法使いの謎を紐解くため、ウヌム族の里へと向かった。
ヘルテュラシティで出会ったシュエット・エレガンテを案内人として、ウヌム族の里へ向かうチリー達だったが、そこで賞金稼ぎの女、シア・ホリミオンからの襲撃を受けることになる。
赤き崩壊で賢者の石の力を浴び、エリクシアンとなったチリーと、魔力をコントロールする魔法遺産、聖杯を持つミラル。二人は、大陸全土を侵略する大帝国、ゲルビアの皇帝によって賞金首となっていたのだ。
しかしシアはウヌム族の里の出身であり、その真の目的はゲルビアによる襲撃を受けている里を救うため、賞金首であるチリー達を差し出すことだったのである。
チリー、ミラル、シュエットはシアを伴い、ゲルビア兵から里を救うために里へと急いだ。
ゲルビア帝国のエリクシアンとの戦いの中で、窮地に陥ったチリーは自身の中に眠る賢者の石の力と対話することになる。
対話の中、赤き崩壊は賢者の石の暴走ではなく、”元々破壊を目的として作られた”賢者の石が引き起こした何らかの意志が介在する事件だったことが判明する。
その事実に戸惑いながらも、自身に宿った破壊の力を、守るために使うと改めて決意し、チリーは賢者の石の力を自身の制御下に置くことに成功するのだった。
そしてチリー達は、ウヌム族が信仰する原初の魔法使い、ウヌム・エル・タヴィトの遺した予言を知ることになる。
赤き石が目覚めし時、器が満たされ、天より降りたる鋼の巨兵が滅びを齎す。テオスの使徒が蘇り、全てが闇に葬られん。
東国に眠りし虹の輝きが、闇を照らす剣となる。
不穏な予言を読み解き、東国に眠る虹の輝きがこの先の戦いにおいて重要な意味を持つであろうことをチリー達は察する。いずれ、必ず東国へ向かわなければならないだろう。
そしてシアの祖母、サイダの占いを受け、シュエットとシアはチリー達の旅に同行することになる。
占いが示した次なる目的地は赤き崩壊が起こった、終わりと始まりが混在する場所、テイテス王国。
チリーは、自身の過去と向き合うため、三十年前の旅の出来事をミラルに語る。
親友であるニシルとの旅や、青蘭との出会い、そして……ミラルとそっくりな顔をした少女ティアナ・カロル。
孤児院で生まれ、何者でもなかったチリーとニシルが、何者かになるために始めた旅。それは、赤き崩壊という悲劇によって凄惨な結末を迎えた。
始まりと喪失の物語を終え、チリーは改めて再起を決意する。
ミラルと、そして新たな仲間達と共に運命を切り開くために。
赤き石を巡る伝説が、もう一度幕を開ける。
***
アルモニア大陸は現状、その大部分がゲルビア帝国の領地となっている。ミラルやシュエットが暮らしていたアギエナ国のように、小国ながらも交渉や貿易でどうにか独立状態を保っている国はかなりの少数である。
チリー達がこれから向かうテイテス王国も、その少数国の一つだ。
古の魔法使い達の時代から続いているとされているテイテス王国には、かつていくつもの文化遺産が遺されていた。その希少性故に、近隣諸国とは不可侵条約が結ばれており、現在もそれは続いている。
もっとも、テイテス王国に遺されていた遺物や遺跡は全て赤き崩壊によって跡形もなく消失しているのだが。
ウヌム族の里から数日歩いて、チリー達は徐々にテイテス王国に近づきつつあった。チリーにとっては二度目の旅路だったが、当時はティアナのこともあり、景色もロクに見ないで先を急いでいたせいでかえって新鮮な旅路となった。
そしてその道中、チリーは三十年という月日の長さを改めて思い知ることになった。
「……まさかこんな場所に集落が出来ていたとはな」
アギエナ国とテイテス王国の国境は、なにもきっちりと分かれているわけではない。
国境であるヘルテュラシティを出てテイテス王国までの道は、ウヌム族の里や森も含めてどの国にも属さない土地だ。街路なども整備されていないのである。
そんな場所に、各地から流れ着いた者達が集まったのがこの集落だ。地図にないこの地の呼び名はいくつかあるが、最も使われているのが”ザルファリ”らしい。
チリーからすれば何もなかったハズの場所に簡単な民家らしきものだけでなく、小さな市場まで広がっているのだから驚きを隠せない。その上、昼間なせいかある程度賑わってすらいる。
「あ、そっかアンタは長いこと不貞寝してたんだっけね。知らないわけだわ」
「不貞寝じゃねえよ!」
「不貞寝でしょーが! あたしもするわよやらかした後は」
怒鳴るチリーを適当にあしらいつつ、シアは気持ちはわかると雑な同意を示す。
「あはは……」
あまりにもスケールの小さい例えに後ろで苦笑するミラルだったが、チリーとシアの言い合う光景には少しホッとしていた。
チリーの過去を思えば、案外このくらいの感覚で接する相手がいた方が良いのかも知れないと思える。過去の傷を腫れ物のように扱うよりは、こうして少しずつ馴染ませてしまった方が良いだろう。
喪ったものは多く、引き金を引いてしまった罪の十字架はあまりにも重い。どうせ自分で抱え込んでしまうのなら、誰かがそばでなんてことないようにしてくれた方が楽になれるかも知れない。
そんな風に出来ない自分が、ミラルは少し悔しいと思えたくらいだ。
「心配するなチリー。俺も全然知らん」
ヘルテュラシティから滅多に出ることのなかったシュエットも、ザルファリについては何も知らない。
堂々とした表情で肩を叩くシュエットに、チリーはジトッとした目線を向けた。
「……なんか、お前と一緒にされるとムカつくな……」
「なにィ!? 折角人がフォローしてやってるのになんだそれは! 俺も不貞寝してやるぞ! 三十分くらいな!」
「勝手に寝てろアホ!」
声を荒げながらも、チリーはどこか楽しそうに見える。
ミラルと出会ったばかりの頃は塞ぎ込んでいたチリーも、最近は明るい表情を見せることも増えてきた。
この先、どんな旅路になろうとも、旅の終わりで全員一緒に笑っていたい。強く願うだけでなく、そのための努力を決して惜しまない。
一人で固く決意していると、不意にチリーがミラルへ視線を向ける。
「何ニヤニヤしてんだよ……」
「うん、なんか眺めてるのが楽しくて」
「勘弁しろよ。こっちは喧しくてしょうがねェ」
照れくさそうに本心を隠す姿が、妙に微笑ましかった。
「で、このザルファリってのはなんなんだ?」
やり取りが一段落したのを見計らってから、チリーが話をザルファリへ戻す。
「まあ、流れ者の集落ってところね。アンタみたいなお尋ね者や、あたしみたいなのが身を潜めてることが多いわね。詳しい経緯はあたしも知らないけど」
シアの話によると、ザルファリという集落が出来たのはほんの十数年の間の話らしい。
ゲルビア帝国の侵略により、戦災から逃げ延びた者達が身を寄せ合ったのがザルファリの始まりだという。
「ほら、この辺りって微妙にデリケートじゃない? 不可侵のテイテスと、ゲルビア友好国のアギエナの間だから、ゲルビアからはあんま手出しされないのよね」
「なるほど。それでゲルビアからのお尋ね者にとっては好都合ということか」
頷きながら調子を合わせてシュエットが言うと、シアはそーゆーこと、と相槌を打つ。
「まあそれでも認知はされてるから、長居すると流石に捕まるわよ。年に何度かは連中もここに顔出すし」
つまるところ、ザルファリはグレーゾーン故にある程度は見逃されている、と言ったところだろうか。流石に帝国側も、本格的に捜索している場合はここへも乗り込んでくるようだ。
今のところ、ゲルビア帝国が滞在しているようには見えなかったが、長居すればチリーとミラルも見つかることになるだろう。
「シアさん、詳しいんですねぇ」
「当たり前よ。あたし住んでたんだから」
平然と言ってのけるシアに、ミラルは一瞬ぎょっとしたが、すぐに納得する。
「あ、借金……」
「そゆこと。アンタをゲルビアに突き出せば帳消しにしてくれるって言われたんだけどね。惜しいことしたかしら」
シアはウヌム族の里を飛び出した後はゲルビアに流れ着き、博打で負け続けて借金だらけになっているのだ。
彼女がチリー達に会う前はバウンティハンターをやっていたのも、借金を返済するためである。
「お前、その……どのくらいあるんだ……借金は」
「覚えてない」
恐る恐る問うシュエットにぴしゃりと言い放ち、シアはややわざとらしく話題を元に戻す。
「ザルファリの連中はアンタらの顔見ても驚かないし、ゲルビアに突き出したりもしないわ。少し休んでいかない? あたしもう野宿無理」
うんざりした顔でそう言うシアの隣で、ミラルは小さく頷いて同意する。
なるべくなら、屋根と布団のある場所で眠りたいものだ。
「なんでそう言い切れンだよ」
ふと、チリーの視線が鋭くなる。
「ここの連中も大抵はお前と同じで金に困ってンじゃねえのか? そんなとこに賞金首がのこのこやってくりゃ、突き出すだろ」
「あー、それは大丈夫よ。一応ね。ここにもちょっとした掟があるから」
ザルファリにはならず者が多い。それでも一つの集落として成り立っている以上、ルールは存在する。
「お互いに絶対に詮索はしない。勿論身柄を売るのもダメ。喧嘩は両者合意の元ならオーケー」
「ただの口約束じゃねえのか? 破ったらどうなるって話でもねえんだろ?」
「……破ったらぶち殺されるわよ」
低く、ドスの聞いたトーンに、近くでミラルとシュエットが肩をびくつかせる。
「誰にだよ」
「……”ザルファリ”に、よ」
パッと聞いてもよくわからないシアの言葉に、他の三人は顔を見合わせた。




