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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode9「ドブネズミの唄-The Song of the Mouse-」

「お前らが強くなりてえってうるせえから夢見せてやったんだろうが!」


 愕然とするマテューの頭を、ロブが踏みつける。

 もう、マテューは抵抗する気力さえなかった。


「第一、エリクサーなんてあんなら俺が真っ先に自分で飲んでるっつーの!」


 何度も、何度も踏みつける。

 もう既にひしゃげてしまった心を、念入りに押しつぶす。


 ミラルの悲鳴が無意味に響く。


 こんな場所に正義はない。

 ネズミだ害虫だと罵られた連中が行き着いて、くたばるまで這いずるのがこの場所だ。


「お前みたいなバカガキはなァ! 一生強くなんてなれねえよ!」


 心を潰され。

 尊厳を潰され。

 これ以上何を踏み潰すというのか。


 繰り返される冒涜に、マテューはただ涙を流すことしか出来ない。


「死ぬまで俺みたいなのの使いっぱしりにされて、地べたを這いつくばって生きるしかねえんだよッ!」


 もう、歯を食いしばることさえ出来ない。

 マテューが全てを諦めて意識を手放しかけた――その時だった。


「代わりはいくらでもいるんだよ! お前なんかいら…………ッ!?」


 突如、ロブが動きを止める。


「あああああああああああああ!?」


 かと思えば、この世の終わりとでも言わんばかりの絶叫を上げ始めたのだ。


 ミラルも放し、マテューを踏むのもやめ、自身の股間を両手で抑えながら、ロブはふらふらしながら家の入り口へ目を向けた。


「おま……どこ……蹴っ……」


 そこにいたのは、衛兵に連れて行かれたハズのチリーだった。

 彼はこの家に入るなり、ロブの股間を思い切り蹴りつけたのである。


「やかましい。外まで聞こえてんだよテメエの話は」


 ダメージから全く復帰できずにふらつくロブだったが、チリーはその胸ぐらを容赦なくつかむと、顔と顔を突き合わせてギロリと睨みつけた。


「テメエみてえなクズは一生地べた這いつくばって生きてろよ」

「ひっ……」

「クズの分際で、今から這い上がれる奴の足引っ張ってンじゃねェッ!」


 そのままチリーは、ロブの顔面に左フックを叩き込む。

 頬骨が砕かれんばかりの勢いで殴られたロブは、そのまま吹っ飛んで壁に叩きつけられた。流石にチリーも加減したのか、壁を突き破る程の勢いでは殴っていなかったようだ。


 そして無様に倒れ込むロブを片手で引きずると、そのまま家の外へ放り投げる。


「ぶちのめされたくなかったら、とっとと失せろッ!」

「……もうぶちのめしてるじゃないの……」


 気絶したまま放り出されたロブの元に、スラムの薄汚れた住民達が近寄っていく。


「あ、ちょっと!」


 すぐに止めに入ろうとするミラルだったが、チリーはそれを右手で制止した。


「ほっとけ」

「でも……!」

「クズにゃ当然の報いじゃねえか」


 やがて住民達は取り合うようにしてロブの衣類や所持品を奪い取ると、何処かへと去って行った。


「……ありがとう。助けに来てくれたのね」

「お前に何かあると後々めんどくせーからな」

「ていうかどこ行ってたの」

「……色々あってな」


 衛兵に連れて行かれかけたチリーだったが、マテューの名前を出して説明すれば衛兵達はある程度事情を理解してくれた。この町ではある程度名の通った悪ガキで、衛兵に追われたことも一度や二度ではないらしい。


 見かけない顔のチリーが子供を追いかけ回しているのを見た町人が慌てて衛兵に報告したようで、ひとまず厳重注意だけで解放されたのである。


 余計に時間がかかったのは、チリーの態度と口が悪かったせいなのだが。


 その辺りの説明は後に回し、チリーは倒れたマテューの顔を覗き込む。


「よー、気分はどうだ?」

「……最悪だよ。クソ、しかもお前なんかに……助けられちまって……」


 たまらずもう一度泣き出すマテューに、チリーは小さくため息をつく。


「だから言ったろ。闇雲に邪道で力を手に入れようとしたって、何にもならねえってな」


 マテューは、言い返そうとはしなかった。

 なんとか涙をこらえようと嗚咽を漏らすマテューに、チリーは言葉を続ける。


「……俺がそのクチでな。力だけ強くなっちまって、他には何にも身についちゃいねえ」


 エリクシアンとしての力には、過程が存在しない。


 特にチリーにとっては、突然手に入ってしまった身に余る力なのだ。


 力は、強さは、手に入れるまでの過程を含めてこそ意味を持つ。


「だから、俺はなんにも守れなかったぜ」

「チリー……」


 遥か遠い、どこかを見る赤い瞳。そこに何が映っているのか、ミラル達には想像することも難しかった。


 ただどこか、悲しげで。さみしげで。

 深い悔恨だけが顔を覗かせていた。


「俺みてえになりたくなかったら、お前はまともな方法で強くなれよ」


 そう言ってチリーは、隅で不安そうにマテューを見つめるアンとベイブに目を向ける。


「やり方はともかく、それでもお前はガキ共を守ってたンだろ」


 チリーがわずかに微笑んで見せると、アンとベイブはようやく安心したのかマテューの元へ駆け寄ってくる。


 マテューはなんとか身体を起こし、飛び込んでくる二人を抱き止めた。


 傷ついた心と身体に、温かいものが染み込んでくる。

 その感触はどこか痛みを伴うものだったけれど、いつまでも忘れたくないと思えるものだった。


「ちったぁつええじゃねえか」

「……へへっ」


 チリーがマテューの頭に手を乗せると、マテューは初めて屈託のない笑みを見せた。



***



 気休め程度にしか出来なかったが、ミラルはすぐにマテューの応急処置を始めた。とは言っても、布である程度止血するくらいしか出来ないのだが。


 ミラル自身も何度か殴られているものの、マテューに比べれば大したことはない。


「まずは孤児院に連れて行かないとね」

「そこまで面倒見んのかよ!」

「だってほっとけないでしょー!」


 流石のチリーも、もうミラルはこういう人間なのだと諦めた方がいいのではないかと考え始めてしまう。


「孤児院って……?」

「身寄りのない子供達が暮らす場所よ。行けばきっと保護してくれるわ」


 首を傾げるマテューにミラルがそう答えると、マテューは驚いて目を見開く。


「……頼む……じゃない。お願い、します……」


 すると、マテューはぎこちない様子で頭を提げてそう言う。


「それと……ありがとう。色々……」


 やや気恥ずかしそうに礼を言うマテューに、ミラルは優しく微笑みかけた。


「そんなに気にしなくていいのに」

「きっともう、アンもベイブも俺だけじゃ守れないから……こいつらだけでも……ちゃんと食わせてやりたいんだ」

「心配しなくても、なるべく三人一緒に受け入れてもらえるよう、話してみるわ」


 ミラルの言葉を聞いて、マテュー達は顔を見合わせて安堵した。


 本来は母親が死んだ時点で孤児院に預けられるべきだったのだ。恐らく母はそんな暇もないまま病で死に、誰よりもはやくロブが接触したのだろう。


 もしミラルやチリーが関わらなければどうなっていたのか……ミラルは少し想像するだけでもゾッとした。


「おー、そういやお前ら、一応聞いとくんだがラウラって知らねえか?」


 あまり期待せずにチリーがそう問うと、マテューは何か思い当たるのか表情を変える。


「……聞いたことあるよ」

「何だと!?」

「ここよりちょっと西の方の区画で、そう呼ばれてる人がいたの見たことある。妙に身なりが綺麗だったからよく覚えてるよ」


 マテューの言葉に、チリーとミラルは思わず顔を見合わせる。


 ラウラに関する手がかりは、この町にいる、という情報だけだったのだ。

 予想外の形での進展に、二人は驚きを隠せない。


「礼にもなんないと思うけど、案内するよ」

「何言ってやがる。これ以上の礼なんざねえよ」


 ニッと笑うチリーに、マテューは嬉しそうに微笑んだ。


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