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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season0「The Return To The Origin」

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episode85「灯り-Light In The Darkness-」

「どこまで行くんだよ」


 ニシルと青蘭がそんな話をしているとも知らず、チリーはランタンを持ったティアナに連れられて祝祭の輪から抜け出していた。


 そこら中に明かりがついているのは町の中心部だけで、離れれば暗がりが広がっている。そんな場所を駆け抜けて、ティアナとチリーは小さな廃墟に辿り着いた。


「……お前ン家か……?」

「ち、違うよ! そんなわけないじゃん!」


 慌てて否定しつつ、ティアナはチリーの手を引いて中へ入っていく。


 廃墟の中に、家具らしきものはほとんど見当たらない。既に粗方盗まれているのだろうか。


 そこら中に蜘蛛の巣があり、足を踏み入れると埃が舞い始める。


 そんな廃墟の中を躊躇なくずんずん歩いていき、ティアナが奥の部屋まで辿り着くと、そこには一本の梯子がかかっていた。


「こっちこっち! 暗いから足元気をつけてね!」

「お前、暗いの駄目なんじゃなかったのかよ」

「今はチリーがいるじゃない。手もほら、こうして繋いでくれてる。あとランタンもあるし」


 お前が勝手に握ったんだろうが、という言葉を飲み込んで、チリーは黙り込む。


 そのままティアナについていって梯子を登ると、すぐに屋根裏部屋へ出た。


 屋根裏部屋の中も、下の階と状況はほとんど変わらなかった。ティアナは中腰になりながら奥へ進んでいき、チリーもそれにならって進んでいく。


 ティアナが何をしたいのか、チリーにはよくわからなかった。


 しかし奥まで進んで、開いたままの窓が見えてきたところでようやくチリーは理解した。


「お、おお……」


 そこから広がる景色に、チリーは思わず息を呑む。


 町の中央から少し離れた廃墟の屋根裏。そこから見下ろすことが出来るのは、アルケスタで行われる祝祭の明かりだ。


 小さな明かりが、闇の中でいくつも灯っている。


 明かりを持つ人達の動きに合わせて揺れたり、移動したり、絶えず変化していた。


 上から眺める薄ぼんやりした祝祭の景色に、チリーは目を見張った。


「きれいでしょ? 年に一度、この場所からだけ見れるの」


 ティアナが見せたかったのは、この景色だった。


「私、この景色が好き。真っ暗なこの場所から、小さな光を見下ろすの」


 闇はティアナにとって恐怖の象徴だった。


 この廃墟を知ったのも、最初は偶然祝祭の日に迷い込んでしまっただけだった。怖くて仕方がなくて、彷徨っている内に屋根裏部屋を見つけ、窓の向こうを見て初めてこの景色を知ったのだ。


「暗闇の中から小さな光を見下ろすとね、なんだかきれいでホッとするの。真っ暗な場所から見るからこそ、この世界にはちゃんと光があるんだなって、思えるのかも……多分」


 記憶のないティアナにとって、この世界は真っ暗だった。


 何も見えない暗闇の中に突然放り出されて、どうしたら良いのかわからなかった。


 それでもこうして光を見ると、少しだけホッとする。


 この世界には、ちゃんと光があるのだと。


「これを……見せたかったのか?」

「うん。丁度、祝祭の日だったから」

「……なんで俺に?」


 何気なくチリーが問うと、ティアナは薄闇の中で満面の笑みを浮かべる。


「地下通路の冒険、すごく楽しかったから。これはお礼だよ」

「礼なんざいらねえよ。お前のおかげで、ようやく手がかりが掴めたんだからな」


 ティアナがいなければ、アルケスタ大図書館でただ時間を浪費し、また当て所なく賢者の石の手がかりを探し続けるはめになっていただろう。


 無事に次の目的地が決まったのは、ティアナの功績と言える。


「……チリーはさ、賢者の石を手に入れてどうしたいの?」


 ふと、ティアナが問いかける。

 何気ない、ただの興味からくる問いだった。


「……そりゃあお前、賢者の石の力がありゃ、何でも手に入るだろ。俺は賢者の石の力で最強になる」


 そうすれば、何も失わない。何もかも手に入る。


「俺もニシルも、孤児院で育った孤児だ。生まれた時にはもう殆ど失くしちまって、何者でもなかった」


 ガーネット家が丸ごとなくなっていたチリーと、デクスター家に捨てられたニシル。二人共何も持たず、何者でもなかった。


 この世界ではきっと、ありふれたことなのだろう。


 孤児はチリー達だけじゃない。どこにでも、いくらでもいる。

 貴族でもなんでもない、普通に生まれて何者でもないままただ生きている人間だってごまんといる。


 わかっている。この程度は普通のことなんだと。


 孤児院で暮らして、仲間がいただけマシな方なんだとわかっている。


 それでもチリーは、チリー達は何者かになりたかった。


「伝説を追いかけて、手に入れて、そうすりゃ俺達は何者かになれる。多分ニシルも、同じこと考えてるんだろうぜ」


 伝説を手に入れた、最強の力を持つ人間。そこに辿り着くことで、チリー達は誰にも負けない何者かになれる。そう信じていた。


「……まあ、この旅が出来ただけでも結構満足してるけどな」

「そうなの?」

「ああ、悪くねえぜ。この旅はよ」


 ニシルと共に旅立って、歩き続けるこの旅は決して悪いものではない。


 青蘭と出会い、共に高め合うことで更にこの旅はチリーにとってかけがえのないものとなった。


 そしてこの、ティアナ・カロルとの出会いもまた、その一つだった。


「うん……楽しそうだね。正直私も、君達と一緒にいられた時間が一番楽しかったよ……多分」


 言いながら、ティアナは顔をうつむかせる。


「……私ね、みんなに嘘ついてた」

「嘘?」


 問い返すと、ティアナはうつむいたままうなずく。


「ほんとはね、司書なんかじゃないの。世話してくれるおじさんもいないの」


 ぽつぽつと、つぶやくようにしてティアナは話し始める。


 チリーはそれを、ただ黙って聞いていた。


「図書館には忍び込んでるだけ。本が好きなだけなの。名前もね、怪しまれないように自分で勝手につけただけなんだよ」

「……家は」

「ないよ。廃墟を転々としてる。でもここに住んでないのはほんとだよ。だって汚いし」


 記憶がない、ということはそういうことだ。


 名前もわからない、家なんてない。どこにも、行く宛なんてなかった。


「ふ、服や……食べ物は、ね……あの……」


 言葉が辿々しくなる。

 このまま嗚咽混じりになってしまいそうだった。


「私……」


 しかし言いかけたティアナの口元に、チリーの手がそえられる。


「言いたくねえことまで言うな。もうわかったからよ」


 ここまで聞けば、ティアナの生活なんて十分想像出来る。

 目に涙を浮かべながら言わないといけないことなんて、聞きたくなかった。


 自分は何者でもなかった。チリーは、そう思っていたのが情けなくなってくる。今にも自分を殴りたいくらいだった。


 名前すらない少女に、どうしてそんなことが言えたのだろうか。


 名前も、家も、何者かであった証拠も、仲間も、持っていたというのに。


「…………俺と青蘭はな、コラドニアのコロッセオで優勝した。金はある」


 突然そんなことを言い始めたチリーに、ティアナは首をかしげる。


「……一人分くれえの飯なら、まあ追加で用意出来るだろうぜ」

「そ、それって……」


 顔を真っ赤にしながらそう言って、チリーはティアナから目をそむける。


 一緒に来い。それがはっきりと言えなくて、誤魔化した。


「でも、私めちゃくちゃ弱いし、多分役に立たないし……」

「けっ……ンなことたどーでもいいんだよ。お前がどうしたいかだけ言えよ」


 そう、ぶっきらぼうに伝えると、不意に身体全体が温かくなる。


 それが突然抱きしめられたからだとわかった時、更に内側から熱くなって、耳の先まで赤くなるような気がした。


「ありがとうっ……! 私、チリー達と一緒に行きたい! もう一人は嫌っ!」


 涙がじんわりとチリーの服を濡らす。


 そのままティアナを抱き返すような甲斐性はなかったけれど、拒絶するような真似はしなかった。


「……勝手にしろ」


 こうしてティアナ・カロルは”勝手についてきた”ことになる。


 しばらく泣きじゃくるティアナをそのまま放置して、チリーはぼんやりと町の明かりを見下ろした。


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