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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode8「偽物の薬-The Song of the Mouse-」

 もしチリーの言っていた通り、あのエリクサーが偽物なら、ロブがマテューを騙して金を稼いでいることになる。


「……ねえ、エリクサーのことなんだけど」

「ん? なんだよ?」


 マテューの瞳は、嫌になるくらい純粋だった。


 きっと盗みだって、悪意を持ってやっていたわけではないのだ。

 ロブに言われるがまま、それこそが幼い自分が金を稼ぐ手段だと信じて行っていたのだろう。


 やるせない気持ちに締め付けられて、口にするのが苦しい。


 それでもミラルは、真実を伝えずにはいられなかった。


 不当なものが、不当な価格で、不当に取引され、幼い子供が搾取されている。

 例えこれが世の中に蔓延しているものだとしても。


 ミラルにとっては、目の当たりにして見過ごせることではない。


「そのエリクサー……偽物よ」

「……え?」


 一瞬、マテューは唖然とする。だがすぐに、いたずらっぽい笑みを浮かべてミラルを小突いた。


「お前エリクサー知らねえんだろ! ロブ兄ちゃんは本物だって言ってたぜ」

「チリーはエリクシアンなのよ。だからなのかわからないけど、彼は、本物と偽物の区別がつくって言ってたわ」

「なんだよそれ! あんな奴がエリクシアンなわけ……」


 言いかけて、マテューはチリーの脚力と腕力を思い出す。


 マテューからすれば年上だが、チリーだって大人から見れば子供の体格なのだ。


 今までマテューは足の速さにだけは自信があったし、だからこそ旅行者から金を盗んでやっていくことが出来たのだ。そんなマテューをチリーは難なく追い抜き、あろうことか片手で振り回していた。いくらマテューが痩せ細っているとは言え、チリーの体格でそれは常識的に考えればおかしな話なのだ。


 思わず、マテューの背筋を冷たいものが駆け抜けた。


 知らない内に、マテューはエリクシアンに喧嘩を売っていたのだ。今更になって生きた心地がしなくなって、マテューは震えそうになる。


「じゃあ、あいつ……すげえ手加減して……」

「……その上で私はやり過ぎだったと思うけど……」


 とは言え、結局マテューには外傷がない。その辺り、チリー自身ある程度理解した上でのことだったのだろう。


「あいつは大人げないし乱暴だけど、くだらない嘘は吐かないと私は思ってる」

「いや、でも……」

「ロブって人は、エリクシアンなの?」

「……違う」


 しかしそれはロブが嘘を吐いているという決定的な証拠ではない。マテューは縋るようにロブのことを話す。


「ロブ兄ちゃんは、エリクサーにはあんまり興味がないって……金儲けの方が大事だって言ってたから……」


 語尾が先細っていく。

 マテューのロブへの信頼が揺らぎ始めた証拠だった。


「……俺、ロブ兄ちゃんに聞いてくる!」


 居ても立っても居られなくなったマテューは、すぐに家を飛び出そうとする。しかしそれと同時に、家のドアがそっと開かれた。


「ようマテュー、客か? 珍しいな」

「ロブ兄ちゃん!」


 現れたのは、金髪で褐色の優男だった。


 ある程度上等な衣類を身にまとっており、肩までの長髪もかなり整っている。


 マテュー達より遥かにいい生活をしている証拠だ。


「初めまして、俺はロブ。血は繋がってないがマテューの兄貴分ってところだ、よろしく」


 ロブは表面上、極めて友好的で善良な笑みを浮かべながらマテューの頭を撫でる。


 だがその笑みを、ミラルは信用出来ない。


 エリクサーの件だけなら、チリーだってミラルの個人的な感情や印象を除けばそれほど信用に足る話ではない。


 しかし、幼い子供に盗みを教えて、その稼ぎで自分の身なりを整えるような男の言う言葉を信頼出来るわけがない。少なくとも、ミラルにとっては。


 やや睨むような目つきになるミラルだったが、ロブは笑みを絶やさなかった。


「ロブ兄ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど……」


 そんな中、マテューがおずおずと話を切り出す。


「ん? どうした?」

「ロブ兄ちゃんの売ってくれるエリクサー……本物だよな?」

「何言ってんだよ、俺を疑うのか?」


 ロブは全く態度を崩さなかった。

 それどころか、マテューを安心させるように抱き寄せる。


「心配すんな。エリクシアンになって、強くなってアンとベイブを守るんだろ? 一緒に頑張ろうぜ!」


 そう言ってロブはマテューの肩を優しく叩いて見せたが、マテューの表情は曇ったままだ。


 ロブを信じたいのがマテューの本音だ。今だってこうして優しくしてくれるロブは、マテューにとっては本当に兄のような人物なのだ。


「それより、今日の分は稼げたか?」

「え? ああ、ごめん、ダメだった……」


 今日の分、とは盗みのことだろう。


 マテューはしゅんと肩を下げたが、ロブは特に気にする様子もなく、ミラルへ視線を向けた。


「気にすんな。それに今日はもう十分だしな」

「え……?」


 マテューが戸惑いの声を上げたのと、ロブがミラルの肩を掴んだのはほとんど同時だった。


「ちょっと! 何するのよ!?」

「マテュー、お前やっぱり最高だよ! 今日はエリクサー、小瓶の半分くらいまでやるよ」


 力強く、ロブはミラルを抱き寄せる。その痛みで表情を歪めるミラルだったが、ロブは気にとめる様子はない。


「ロブ兄ちゃん、待ってくれ! そいつはただの客で……」

「マテュー、俺教えただろ? 自分と身内以外は全員敵で獲物だって。こんな女、獲物以外の何物でもねえだろ」


 ロブのぎらついた視線が、ミラルを舐め回す。


 必死に逃げ出そうともがくミラルだったが、その華奢な体躯では抜け出すことは出来ない。


「ロブ兄ちゃん! エリクサーは今度また、金が入ってからでいいから! そいつは帰らせてやってくれよ!」


 マテューにとっても、元々ミラルはただの獲物だった。最初に見た時はぼーっとした間抜けな、金目の物を持った旅人に過ぎなかった。


 表通りでのマテューは薄汚れたネズミで、いつだって餌を探して這いずり回っていた。うまくいけば罵られるだけですみ、失敗すれば蹴り飛ばされる。憲兵に捕まってしばらく牢屋に放り込まれていたことだってあったのだ。


 クズだの害虫だの、必ず罵詈雑言を浴びせられてきたマテューにとって、ミラルのような反応を示す人間は初めてだった。


 マテューを叱りつけて正そうとしたのは、母親とミラルだけだ。


「頼むよロブ兄ちゃん!」


 しがみついて頼み込むマテューを、ロブはミラルを掴んだまま見下ろす。


 そして一度にっこりと微笑むと――――マテューの顔面を容赦なく蹴りつけた。


「マテュー兄ちゃん!」


 アンとベイブの、悲鳴のような声が響く。呼応するように、ガタついた家が軋む音がした。


「なんてことするのよ!」

「そりゃこっちの台詞だよ。うちの子分に余計なこと吹き込みやがって」


 マテューは、今何が起こっているのかほとんど理解出来ていないかのようだった。


 ただ呆然とロブを見つめて、蹴られた額を右手で抑えている。


「この! 離しなさいよ!」


 なんとか抜け出そうとするミラルっだったが、その腹部にはロブの拳が叩き込まれる。


 小さくうめき声を上げてうずくまりそうになるミラルを、ロブは乱雑に抱きとめた。


「ロブ兄ちゃん……なんで……?」

「マテュー、お前はもう使えねえから今日で解雇だ」

「それ……どういう……」


 問いかけようとするマテューを、ロブは再び蹴りつける。


「使えそうなガキは他にも何匹か手懐けてあるんだよ。こいつを使ってな」


 言いながらロブが取り出したのは、赤い液体の入った瓶だ。それを見た瞬間、マテューは目の色を変える。


「え、エリクサー……!」


 そう、この瓶こそが、ロブが持っている”エリクサー”なのだ。


 ロブはエリクサーの瓶をしばらく手の中で弄んだ後、蓋を開けると中身を倒れているマテューの顔に叩きつけた。


「こんなモンただの血の混じった水だよ」

「あ……」


 薄っすらと赤いだけの液体が、マテューの顔を濡らす。ポタポタと垂れた液体が、汚れた床を汚した。



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