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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season0「The Return To The Origin」

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episode76「宿敵との邂逅-Origin Of Rivalry-」

 試合を終え、青蘭は黙ったまま控室へ戻っていく。


 特に何も感慨はない。エルピス・サディアスとの試合も、青蘭にとっては退屈な試合だった。完全なワンサイドゲームで、予選の時から何も変わらないとさえ思えた。


 この程度の試合が準決勝か。そう考えるとため息の一つでもつきたくなる程だった。


「おい! 待て、話が違うぞ!」


 青蘭が廊下を歩いていると、正面から一人の男が現れて怒声を上げる。


 見覚えのある顔だ。確か名前はケヴィン・サディアスとか言ったか。準決勝の相手である、エルピスの父親だとか言う男だ。


 恰幅が良く、かなり整った身なりをしている。見るからに貴族然とした出で立ちだ。


「何の話だ?」

「とぼけるな! エルピスとの試合は、お前が負ける話だっただろうが!」

「承諾した覚えはない」


 青蘭が吐き捨てるようにそう言うと、ケヴィンはあからさまに顔を歪めて青蘭の胸ぐらを掴む。


「東の猿風情が良い気になるなよ……!? ひっ捕らえられて売り飛ばされたいのか!?」

「……この国の人間は弱い。お前達の基準で集めた兵士が何人束になろうと俺は捕らえられない」

「何だとォ……ッ!?」

「俺は武力を持たない人間とは戦わないが、降りかかる火の粉なら全て払う。お前は俺にとっての”降りかかる火の粉”になるつもりか?」


 ギロリと青蘭が睨みつけると、ケヴィンは気圧されて怯んでしまう。


 そのまま青蘭の胸ぐらを放し、ケヴィンは数歩退いた。


「痛い目に遭うぞ……」

「遭わせてみろ。せめて十人は連れてこい」


 平然と言い捨て、青蘭は口惜しそうに歯を軋ませるケヴィンの横を通り過ぎていく。


 その背中を、ケヴィンはジッと睨み続けていた。




***



 決勝戦を前にして、チリーは控室で軽くストレッチを始めていた。

 そんな姿を見て、ニシルは目を丸くする。


「珍しいね。準備運動なんて」

「ああ。あの痩せっぽち、舐めてかかると返り討ちに遭いそうだからな」

「そんなに強かったの?」

「……俺が見に行った頃には試合が終わってやがった。相手になんなかったんだろうな。つまらなさそうな顔してたぜ」


 結局チリーは、あの青蘭という男の試合を一度も見ていない。それは控室で待機しているニシルも同じだ。


 そもそもニシルはこのコロッセオに入る権利を持っていない。勝手に忍び込んでチリーの控室で息を潜めている状態だ。出来れば試合を観戦してチリーに少しでも情報を渡せれば良かったのだが、正規の観客として入場するにはそれなりに金が必要だった。


「準優勝じゃ賞金にはなンねェからな。楽勝かと思ったが、とんだ伏兵が潜んでやがった」


 そうは言いつつも、チリーは口元に笑みを浮かべている。


 これまでの試合が退屈だったのは、チリーも青蘭も同じだったのだろう。


「まあ、負けたら負けたでまた野盗狩りなりお手伝いなりで稼げばいいよ。気負わずに楽しんでおいで」

「……だな。んじゃ、お言葉に甘えて楽しませてもらうとすっか」


 一通り準備運動を終える頃には、決勝戦の時間が迫ってきていた。


「行ってくる」

「行ってらっしゃい。いい報告待ってるよ」


 背を向けてニシルに手を振り、チリーは控室を後にした。



***



 その頃、コロッセオの運営本部は非常にざわついていた。


 コロッセオで行われるトーナメントで優勝するのは、基本的には”国の有力者の関係者”だ。クレミー・ガフですら、例外ではない。


 クレミーが野盗であることに変わりはないが、彼はトーナメントを盛り上げるために貴族が雇った人間なのだ。


 トーナメントの優勝者には多額の賞金が支払われるが、八百長が行われる代わりにその一部が貴族に返還される仕組みになっている。


 腕自慢が力を競い合っているように見えて、内部で行われているのは金が物を言う薄汚い権力争いだ。賭けのレートも、一部の貴族が調整しているのである。


 しかし今回のトーナメントは、二つの大番狂わせがあった。


 まず、青蘭だ。


 彼はケヴィン・サディアスの交渉を無視し、本来予定されていた優勝者であるエルピス・サディアスを、言い訳が聞かない程徹底的に叩きのめした。


 その上、飛び入り参加のルベル・C(チリー)・ガーネットもまた、彼らにとっては想定外の存在だ。


 彼らの参入が、トーナメントにおける”多くの予定”を完全に崩壊させてしまったのである。


 もうどうしようもないレベルでめちゃくちゃになったこのトーナメントに、運営者達が頭を抱えていると、一人の男が部屋に駆け込んでくる。


 ケヴィン・サディアスだ。


「エクストラマッチを組むぞ!」


 ケヴィンの男に、運営の一人が怪訝そうな顔を見せる。


「エクストラマッチ……ですか?」

「そうだ! あのまま東の猿とどこの馬の骨ともわからんガキに優勝されてたまるか!」

「ですが、一体何をどうするというんです……?」

「俺に考えがある。必要なものは、もう運ばせている。お前達はただアレを受け入れ、会場に解き放てばいい」


 アレ、と言われて運営者達は一度首を傾げていた。しかし、その内の一人がその正体に気がついて即座に青ざめる。


「な、なるほど……確かにアレなら……」

「元々死者も負傷者も出ているトーナメントだ。観客も血を望んでいる。一部の連中には補填が必要になるだろうが……。このままガキ共を勝たせるよりは余程マシだ!」


 そう言ってケヴィンは薄ら笑いを浮かべる。


「決勝戦の参加者が全員事故死となれば、賞金はどこにも行くまい」



***



 トーナメントの裏にある謀略を知りもしないまま、チリーと青蘭は試合会場で向き合った。


 青蘭は麻のズボン以外は何も身につけていない。細く引き締まった身体に秘められた筋力は、間近に見てようやく理解出来た。


 彼と向き合った時、チリーは言いようのない緊張感を覚えた。明らかにこれまでの対戦相手とは違う、実力のある人物だと雰囲気だけでわかる。


 直感力に優れたチリーだからこそ、青蘭の実力をある程度正確に察することが出来た。


 そしてソレは、チリーと向き合う青蘭も同じだった。


「……青蘭っつったな。まさかお前みてーなのとれるとは思ってなかったぜ」


 チリーがそう言うと、青蘭は薄く笑いながら身構える。


「ルベル・C(チリー)・ガーネット。この大会で唯一覚える価値のある名前だ。心ゆくまでろう」


 右手を前に構え、左手を腹部に添える。やや中腰になって身構えた青蘭の殺気に、チリーは再び武者震いした。


 武術の構えを取る青蘭に対して、チリーが取ったのは簡単なファイティングポーズだ。正面を向いたまま、両手を僅かに構えている。


「……し、試合開始ッ!」


 形だけの審判が開始を告げても、チリーと青蘭は互いに互いの出方を伺っていた。


 これまでの試合では、二人共開始と同時に猛攻をしかけて即座に勝負を決めていた。そんな二人が、身構えたまま互いの出方を伺っている。その緊張感に、観客は息を呑んだ。


(ケッ……やりにくいな。嫌な予感ばっか見えてきやがる)


 青蘭に隙はほとんどない。どこからせめても、的確なカウンターが飛んでくるだろう。


 だがこのまま見合っていても埒が明かない。どちらかが攻めに転じなければ、退屈した観客から野次が飛び始めかねない。


 軽く舌打ちしながら、先に攻撃をしかけたのはチリーだ。


 素早く距離を詰め、青蘭に右拳で殴りかかる。


 チリーに武術の心得はない。大振りなその拳の軌道は、青蘭には簡単に読めてしまう。


 しかしその速度たるや、常人のソレではない。

 極めて高い身体能力は、恐らく天性のものだろう。


「面白い……!」


 チリーの拳を右腕で受け止めて払う。そして即座に青蘭の左拳がチリーの腹部にめり込んだ。


「かッ……!」

「天性の獣と俺達が渡り合うための力……それが”武術”だ」


 このトーナメントが始まって以来、チリーは始めて相手からダメージを受けた。


 めり込んだ左拳は、内臓を破壊せんばかりの威力だ。血反吐をぶちまきそうになりながらも、チリーは持ちこたえて受け身を取る。


「俺達東国人は、体格の面でお前達に劣る。それは永遠に変えられない事実だ」


 東国に住む者達は、大陸に住む人間に比べて全体的に小柄だ。東国における成人男性の体格は、時に大陸では成人女性と同等であることさえある。


 その力の差を埋めるための修練。それが武術だ。


「だから俺達は武を磨く。お前達と渡り合うために」


 再び身構えながら語る青蘭を睨みつけ、チリーは口の中から血を吐き捨てる。


「御高説どーも。タメになったぜ」

「それは良かったな。ではもう一度教えてやる。来い」


 その言葉に、挑発の色はなかった。


 次の手でも確実にカウンターを取れるという圧倒的な自信から来るものだ。


「出待ちかよ。お前から来ても良いんだぜ?」

「そうか。ではそうさせてもらう」


 次の瞬間、青蘭はチリーとの距離を詰めていた。


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