episode74「野党狩りの夜-Bandit Hunting!-」
ルクリア国の王都、コラドニアシティへ向かう街道を外れると、魔の森と呼ばれる深い森がある。
そこは古くから魔獣が棲むと言われている森で、近隣住民は決して近寄りたがらない場所だ。そのため、この森の中は野盗や犯罪者の住処となることが多い。
「しかし魔の森っつっても大したことありやせんでしたねェ!」
魔の森のど真ん中で焚き火をし、盛大に酒を飲み交わしている集団がいた。
クレミー一派である。
彼らはコラドニアシティ周辺の街道に出没し、旅人や行商人を襲っては食べ物や金品を巻き上げて生活しているならず者の集団だ。
数はざっと十人程度だが、お頭であるクレミー・ガフが相当な手練れであり、衛兵を返り討ちにした回数も一度や二度ではなかった。
「魔獣ってのはそこらの狼や猪のことだからな。熊が眠ってる内は、この辺りは俺らにとっちゃ安全圏よ」
「なんたってどんな獣もお頭がぶちのめして飯にしちまうんだからよォ!」
子分共が酒を飲み交わしながらそんな話をしていると、一派の中で最も大柄な男――クレミー・ガフが盛大な笑い声を上げる。
「コラドニアコロッセオ、二年連続チャンピオンの俺様にかかりゃ、どんな獣も子犬同然じゃあ!」
クレミー・ガフは、身長二メートル近い大男だ。骨格レベルで他人より大柄で、それこそ熊のような強面に無精髭と言った出で立ちである。
「お頭、今年も出るんですかい?」
「あったりめえよぉ。雑魚ども蹴散らして大金稼げるとなりゃあ出ねえ理由なんざあるめえよ」
コラドニアコロッセオとは、昔からルクリア国の王都に建てられている円形闘技場のことだ。
年に一度、国中から力自慢が集まってその実力を競う闘技大会で、出場するにあたって経歴は一切不問なのが特徴だ。武器を持ち込むことも可能で、反則らしい反則もない。
ルクリア国の貴族達は、このような血で血を洗うような闘争を求めている。貴族達が集まって賭け事をし、毎年のように大金が動くのがコラドニアコロッセオなのだ。
クレミー・ガフは前年度及び前々年度のチャンピオンで、同じ人物が続けてチャンピオンの座に輝くことは極めて稀なことである。
「なるほど……そのコラドニアコロッセオって誰でも出られるの?」
「おうよ。俺みてェな野盗でも出られ……」
言いかけて、クレミーは顔をしかめて言葉を止める。
不意に隣から聞こえてきた声は、聞き慣れた子分達の声ではなかった。まだ声変わりしたてのような少年の声だったのだ。
クレミー一派は荒くれ者の集まりで、子供は一人も引き入れていない。
訝しんで隣を見ると、見慣れない少年が隣にチョコンと座っていた。
座っているせいで正確な背丈はわからないが、クレミーが片手で持ち上げられそうな小さな子供だ。まだ十代前半にも見える。
闇に馴染まない真っ赤な短髪のその少年は、ブラウンの瞳でいたずらっぽく笑う。
「なんだァテメエは? 俺様達が誰だかわかってんのかァ?」
ギロリと睨みつけるクレミーだったが、少年はまるで動じない。
「魔の森にたむろしてるこそ泥集団のクレミー一派でしょ。勿論知ってるよ」
「こそ泥だとォ?」
こそ泥、という言葉に反応し、クレミーが立ち上がる。そしてクレミー同様、子分達もまた立ち上がって少年を威圧した。
「俺達クレミー一派は魔獣も黙る野盗一派だ! そこら辺のこそ泥と一緒にすんじゃねえ!」
怒りを顕にしたクレミーが、少年に殴りかかる。
「やっちまえー!」
盛り上がる子分達だったが、少年はその拳を悠々と避けると、ポケットから革袋を取り出して思い切りクレミーの顔面目掛けてぶちまけた。
「なッ……!?」
それは大量の砂だった。
一気に視界を砂に覆われたクレミーは混乱し、狼狽える。そしてその背後には、もう一人の少年が忍び寄っていた。
「よっ……と」
「がッ……あァ!?」
背後の少年がすかさずクレミーを蹴り上げると、クレミーはうめき声を上げながら悶絶し始める。
「テメ……どこ……蹴っ……」
背後の少年が蹴り上げたのは、クレミーの急所だった。つまるところ……金的である。
あまりの激痛に倒れ伏すクレミーを見下ろす少年は、ボサボサの白髪に赤い瞳という出で立ちだった。
赤髪の少年より体格は良かったが、それでもやはり子供の体格だ。
「前から思ってたけど、チリーって金的に躊躇ないよね」
「いらねえだろ。体格差考えたら」
白髪の少年の名は、チリーと言った。彼は赤髪の少年を見やった後、すぐに身構える。
「おい雑魚共。お頭やられて黙っちゃいられねえだろ。遊んでやっからかかってきな」
「上等だクソガキ! 行くぞテメエら、お頭の仇だァ!」
チリーに煽られて逆上した子分達は、一斉にチリー目掛けて襲いかかってくる。しかし頭に血が昇った連中の単純な動作は、チリーからすれば止まっているのと大差がない。
「ニシル。お前も手伝え。数が多い」
「はいはい……」
ニシルと呼ばれた赤髪の少年も参戦し、二人対十人という圧倒的に不利な戦いが始まった。
***
激闘から数分後、チリーとニシルは倒れたクレミー一派から金品と食べ物を巻き上げると一目散にその場から逃走した。
これで稼いだ路銀はそれなりの数だったが、このまま旅を続けるにはやはり心許ない。
「かーッ! こいつら良い酒飲んでやがンなァ!」
クレミー一派から奪い取ったワインを瓶でそのままグビグビと飲みがら、チリーは気持ちよさそうに声を上げる。
場所は魔の森から離れた街道で、酒を飲むチリーの横でニシルは野宿の準備を進めていた。
「これじゃどっちが野盗だかわかんないね」
「ケッ、悪人ぶちのめして何がわりーンだよ。こいつは正当報酬だろーが」
「ま、それもそうだね」
これでしばらくはクレミー一派がこの辺りで暴れることもないだろう。見たところ、チリーに急所を蹴られたクレミーはかなりの重症に見える。恐らくあのままでは子は成せまい。
「それでどうするの? 明日はこのまま王都に行くの?」
ニシルが問うと、チリーは二本目のワインに手を伸ばしながら頷く。
「ああ。そのコロッセオっつーのに参加して勝ちゃ良いんだろ? そうすりゃまだまだ旅が続けられるぜ」
チリーとニシルがホールデンタウンを旅立ってから、既に一ヶ月が経過していた。
貯蓄していた小遣いはすぐに底を突いてしまい、二人はすぐに金策を始めるはめになった。
最初の内は旅先で困っている人を手伝って駄賃をもらう、という形で金策をしていた。しかしそれでは中々路銀が集まらず、困ったチリーが言い出した稼ぎ方がこの”野盗狩り”である。
しかしそれにもやはり限界がある。チリーは腕っぷしが強いため、多少の荒くれ者は倒せるが危険が伴うことには変わりない。こんな稼ぎ方を続けていれば、いつか大量の野盗達から恨みを買って囲まれかねない。
「それに、王都なら何か情報があるかも知れないし……。図書館とかあると良いんだけど」
「あー……もしあったらそっちは任すわ。俺はそーゆーの専門外ってことで」
「あ、うん……大丈夫、あんま期待してないよ……」
旅立つ前の二年間、チリーはどうにかニシルから教えを受けて最低限の字は読めるようになっていた。
しかし肝心の集中力があまりなく、本を読むとなると数ページで飽きて居眠りを始めるレベルだ。その時点でニシルは調べ物に関してはチリーには期待しないと諦めた。
実際のところ、頭を使うのはニシルで、腕っぷしはチリー、とうまく役割分担が出来ている。ニシルとしては出来ればもう少ししっかりした人間が一人ほしいところだが、この旅は二人で始めた旅だ。
追いかける夢も、二人のものだった。
「ニシル、お前も飲めよ」
「うん、ちょうだい」
チリーからワインの瓶を受け取り、ニシルは感慨深そうに眺める。
孤児院にいた頃は、天地がひっくり返っても手に入らないような代物だ。この旅を始めてから、いくつも知らないものに出会い、その度に心を踊らせた。
未知の世界が、心地良くて仕方がない。それはチリーも同じようで、二人共孤児院にいた頃よりも活き活きとした毎日を送っている。
寝食や路銀の心配など、孤児院にいた頃はしなくても良かった大きな苦労も多い。それでも、こうして自分達の力で未来を切り開いていくのが楽しくてしょうがなかった。
「賢者の石が手に入ったら、これよりもっともっと良いものが毎日飲めると良いね」
「心配すんなよ。必ずそうさせてやる。俺が世界の頂点に立つからな」
力を手に入れ、世界の頂点に立つ。そうすれば全てが思いのままだ。
誰にも邪魔はさせない。チリーとニシルが夢見た最高の未来が手に入る。
「期待してるよ、チリー」
大きな夢が、いくらでも自分達を先に進ませてくれる。
ニシルはチリーを真似て思い切りワインを飲み干して、アルコールの多幸感に酔いしれた。




