episode72「新たな絆、そして-A New Bonds-」
洞窟を出た後、チリー達はすぐにサイダの家へ向かった。
その頃には日は落ち始めており、復興中の集落を夕日が鮮やかに照らしている。大きな傷跡は残ったが、必ず立ち直るという強い志が、復興作業中の者達の背中や表情から感じられた。
家に着くと、サイダは既に占いを終えてチリー達を待っていた。
朝から夕方まで儀式を行っていたとなれば、半日近く祭殿にこもっていたことになるが、隠しているのかあまり疲れた様子はない。
サイダはチリー達へ椅子に座るよう促し、改まった態度で話し始めた。
「わしの力では、ウヌム様のような正確な予知は出来なんだ……。それを踏まえて聞いてくれるか」
「問題ねーよ。ウヌム様の碑文だってふわっふわだからな」
「未来とはそういうものだ。碑文の内容通りに行くとは限らん。わしの占いも、な」
言って、サイダは続ける。
「予知も占いも、あくまで指針でしかない。じゃが知った上でどう行動するかで、より良い未来を選び取れる可能性がある。どう受け取り、どう行動するかは全て”今”に委ねられる」
当然、サイダは碑文の内容を知っている。ウヌムが予知した災厄の未来についてはずっと前からわかっていた。
そのせいか、サイダは悔いるような表情を見せる。
「赤き崩壊の後、わしらは賢者の石は失われ、碑文に書かれた未来は消滅したものと信じ込んでおった。何もしないまま年を食い、若い世代に託さねばならぬことを……今は恥じておる。すまない……」
「……謝らないでください。今こうして手助けしていただけるだけで、十分です」
それでもサイダは口惜しそうに唇を結んでいたが、やがて再び口を開く。
「では、占いの結果を告げる……。まずはチリー殿」
「おう」
「お主はミラル殿と予定通りテイテスへ向かうが良い。そこでお主は……過去ともう一度向き合うことになるじゃろう」
「……過去と……?」
過去。すぐに想起したのは、あの日のティアナの笑顔だった。
かつて守ると誓い、守ることが出来ずに死なせてしまったティアナ・カロル。ミラルとよく似た彼女は、チリーの過去を象徴する人物の一人だ。
そして彼女だけではない。チリーが最初に賢者の石を探して旅立った時の仲間もまた、チリーの過去を構成する重要な存在だ。
テイテスは、賢者の石を起動し、赤き崩壊の引き金となった因縁の地。最初の旅の終着点でもある。出来すぎたお膳立てに、チリーは自嘲気味に笑った。
「そしてミラル殿」
「……はい!」
「お主はこのままチリー殿と旅を続けるが良い。その先には恐らく過酷な運命が待つ。チリー殿を……信じよ。何があってもじゃ」
この先に待つ過酷な運命は、ミラルも覚悟している。それでも、こうして改めて言われると言いようのない不安と緊張感にかられた。
けれどそれでも、チリーを信じて旅を続ける。碑文に書かれた未来を回避し、自身の運命を乗り越えるために。
「シュエット」
「え、俺もですか?」
突然話を振られ、シュエットは驚いて目を丸くする。
「お主は彼らの旅に同行するが良い。お主の存在は、必ず二人の助けとなる」
「……俺が……?」
やや困惑したまま、シュエットはチリーとミラルへ目を向ける。
「詳しいことはわからぬ。じゃが、占術水晶の見せたヴィジョンには、お主の姿もあった」
「そう、か……。ふ、ふふ……! そうか!」
言われた途端、シュエットは立ち上がり、心底嬉しそうに笑みを浮かべる。
「俺は正直……このままお前達と行きたい! ゲルビアにこれ以上好き勝手させるわけにはいかん! それにお前達は……良い奴らだ……恩人でもある!」
シュエットの目標は、ヴァレンタイン騎士団で最強になることだ。レクスを越え、いずれは騎士団を引っ張っていく存在になるのがシュエットの夢だ。
シュエットの夢と、チリー達の旅は関係がない。里での件が終われば、シュエットはヘルテュラシティに帰るのが自然な流れだ。
わかっていたハズなのに、チリー達と行動する内にシュエットの中に湧き上がる思いがあった。
彼らの力になりたい、と。
「俺はお前達のように何か特別な力があるわけじゃない……。だから足手まといになるかも知れん……」
決して自分は強くない。虚勢を張りながらも、シュエットは誰よりそれを理解していた。
「だがそんな俺でも……もし助けになれるなら、是非同行させてくれ!」
そう言って頭を下げるシュエットに、チリーは懐から元素十字を取り出してシュエットへ突き出した。
「だったらこいつはお前が使え。ちったぁ戦力の足しになンだろ」
「チリー……!」
元素十字を受け取って、シュエットは力強く握りしめる。
「ああ……! 期待しておけ! 俺がお前達を守ってやる!」
「改めてよろしくね、シュエット。心強いわ」
シュエットの根性には、ミラルもつい先日助けられたばかりだ。あまり無理はしてほしくないが、共に戦ってくれると言うのなら素直に心強い。
「家族や団長達には手紙を書いておかなければな……」
エレガンテ家が普通に貴族の家庭であることを考えれば、手紙が届いたら大騒ぎになるだろう。そもそもあんな傷だらけの状態での出発を許すような家だ。似たもの家族なのかも知れない。
「……そしてシア」
「は? あたしも?」
「これは占いではない。なんというか……里の掟じゃ」
不意に、サイダの顔が険しいものになる。
それを見た瞬間竦み上がったシアは、その場で硬直しかけた。
「里抜けは重罪。お主は今後、ウヌム族を名乗ることを禁じる。里を出てチリー殿達に同行しなさい。戻って来んでいい」
「つ、追放ってこと……?」
「そうなるな。どこへでも好きな所へ行け」
一瞬だけ、シアは今にも泣き出しそうな顔を見せる。だがすぐに顔をしかめて、サイダを睨みつけた。
「はん! 言われなくたってこんなクソ田舎出てってやるわよお化けババア!」
「言うたなクソ孫!」
シアもサイダも机から乗り出し、お互い顔を近づけて真正面からにらみ合う。
そのまま喧嘩になるんじゃないかと不安になるミラルだったが、やがてサイダがどこかさみしげに笑った。
「お主をもう、縛り付けはせんよ」
「え……?」
「生きたいように生きよ、シア。チリー殿達に同行するかどうかは、お前が決めれば良い」
「おばあちゃん……」
それは追放という名の、赦しだったのかも知れない。
シアはずっと昔から、里での窮屈な生活が嫌いだった。
都会の暮らしに憧れ、サイダに黙って里を抜け出して自由気ままに生きようとしていた。
そのまま戻るつもりなんてなかったのに、結果的にシアは里の危機に駆けつけてしまっていた。どれだけ嫌っても、疎んでも、たった一人の肉親を見捨てることは出来なかったのである。
「お前の両親が早くに亡くなってから、わしはお前を危険な目に遭わせまいと必死でな……すまなかった」
それはシアが初めて見た、しおらしい祖母の姿だった。
いつも厳格で、いたずらばかりするシアを叱りつけていた祖母の思いを、シアはあまり考えたことはなかったのかも知れない。
「……何よ。寿命でも近いの?」
「ふん、そうかもな。かわいくないクソ孫め」
「しおらしくしてりゃ良い婆さんだったのに……クソババア。……ありがと」
最後に、ほとんど聞こえないような小さな声でシアは呟く。
それが聞こえてか聞こえずか、微笑してからサイダはチリー達へ向き直る。
「こんな奴じゃが、連れて行ってやってはくれんか。これでもウヌム族として多少は鍛えられておる、少しは役に立つハズじゃ」
サイダの言葉に、ミラルはパッと表情を明るくさせる。そして席を立ってシアの元まで駆け寄り、両手でシアの右手を握りしめた。
「シアさんが一緒に来てくれると、私すごく嬉しいです!」
「うわ、ちょ、何よ急に!」
「シアさんのような大人の女性の手助けが、少なくとも私には必要なんです!!」
これは結構、ミラルにとっては切実だった。
メンバー構成として男二人女一人ではやはり心細いというのがミラルの本音だ。頼りになる同性が傍にいてくれると、ミラルにとってはこの上なく心強い。
「……ま、まあそこまで言われちゃ……しょうがないわね……」
わかりやすく赤面しながらも、シアはミラルから視線を外して呟くような声音でそんなことを言う。
(……チョロいな)
などと思うチリーとシュエットだったが、ひとまずその言葉は飲み込んでおいた。
「俺は構わねえぜ。人手が多い方が夜の野宿は助かるしな」
「はぁ? アンタあたしに夜の見張りやらす気?」
「シュエットよりお前の方が強そうだからな」
「それはそうね……」
「おい! チリー! そんなことはないぞ! 俺をもっと信じろ!」
妙な納得の仕方をするシアと、騒ぎ出すシュエットと、それを見て笑うチリー。そんな三人を見て、ミラルはなんだか楽しくなってきて笑みをこぼす。
こんな仲間がいてくれるなら、きっとこの先の旅も大丈夫だ。なんとなくそう思えてくる。
「二人共、これからよろしくお願いします!」
改まった態度でお辞儀をするミラルに、シュエットもシアもニッと笑って見せた。
***
出発は翌日ということになり、その日の夜は里に留まることとなった。
今夜はバルゴの厚意で家に泊めてもらい、チリーとシュエットは眠りにつく。
里全体が寝静まった夜更け、チリーはうまく寝付けずに天井を見つめていた。
(過去に向き合う……か)
最初の旅立ち、仲間との出会い、ティアナとの死別、そして……赤き崩壊。
なるべく思い出さないようにしていた数々の出来事が、急にチリーの頭から離れなくなる。
「……確かに、向き合わねえとな」
過去のことは、まだミラルにも話していない。話す必要もないと思っていたが、何か隠し事をしているような気がして心苦しいという思いはあった。
そのまま寝付けずに、チリーはバルゴの家を出て適当に散歩を始める。
あまり考えずに動かしているハズの足は、何故だかサイダの家に向かっていた。
今夜は妙に月が綺麗だ。
一片の欠けもない満月に照らされながら、チリーは歩いていく。
そしてサイダの家の近くまで来たところで、チリーは家から出てくる少女の姿を見た。
「……ミラル」
「チリー……?」
サイダの家から出てきたのは、ミラルだった。
「どうしたの、こんな時間に」
「いや、眠れなくてな……お前もか?」
チリーが問うと、ミラルは小さく頷いた。
「……少し歩くか?」
「うん……眠くなるまで付き合ってくれる?」
「……ああ。別に俺は寝なくてもそこまで問題ねえからな」
そのまま、二人は連れ添って夜の中歩き始めた。
見上げれば無数の星が瞬き、夜空を飾っている。そこはまるで、星の森だ。
しばらく黙ったまま歩き続けていたが、ふとチリーが口を開く。
「……なあ」
どこか緊張した面持ちで切り出して、チリーは意を決したように口にする。
「少し、話を聞いてくれないか?」
「え……?」
「……三十年前の、俺の話を」
穏やかな光に照らされて、チリーは静かに語り始める。
今から三十年前。
ルベル・C・ガーネットの始まりの物語を。
To the season"0".




