episode71「碑文-A New Bonds-」
程なくして、シアによる碑文の解読が終わる。
ここに書かれている碑文は、何千年も昔に書かれたものだ。現在とは全く異なる文字が使われ、文法もまるで違う。
サイダに任せた方が確実だとは言いながらも、手元に資料のないまま数十分で読み解いてしまう辺り、シアは幼い頃に相当叩き込まれたのだろうか。
さして得意げにもせず、シアは淡々と碑文の内容を告げる。
「『赤き石が目覚めし時、器が満たされ、天より降りたる鋼の巨兵が滅びを齎す。テオスの使徒が蘇り、全てが闇に葬られん』」
その内容は、思わず眉をひそめてしまうような悲惨な内容だった。
滅びを齎す、闇に葬られん、どれも世界の終わりを示す表現だ。
内容を聞いて半ば硬直するチリー達を見やり、シアは気まずそうな表情で碑文の下の方を指差す。
「……まだあるわよ」
そんなシアに対して、三人は三者三様のリアクションを見せる。
「えぇ……」
「まだ悲惨になるのね……」
「ふざけんなよウヌム」
「何よその態度は! 最後まで聞きなさいよ!」
三人に怒鳴り散らし、シアは残りの文章を読み上げた。
「『東国に眠りし虹の輝きが、闇を照らす剣となる』……。別に悲惨な予言だけじゃないのよ」
「ふわっとしてんな。もっとハッキリ書いてねえのか?」
「そりゃふわっとするわよ! ウヌム様の未来予知は、あくまで予知なんだから!」
シアの言う通り、如何にウヌム・エル・タヴィトと言えど、完全に未来を予測することは不可能だった。
石碑に書かれた文章は、確定した未来ではない。あくまで起こり得る滅びの可能性として、ウヌムが書き残したものである。
「だから別にこれは確定もしてないし、当時から見た未来と、今から訪れる未来が同じものとは限らないのよ。そもそも、賢者の石が目覚めても、鋼の巨兵とやらは現れなかったじゃない」
予言の通りなら、三十年前に既に滅びは訪れているとも解釈出来る。だがそれと同時に、条件が整っていなかった、或いは、予言されている賢者の石の目覚めはまだ起こっていないとも考えられてしまう。
この手の予知や予言が当たるかどうかは、最終的には結果論になる。
起こるタイミングが明確にされてない以上、実際に起きるまでは”起こるかも知れない”の状態に留まってしまうのだ。
「この器が満たされ……っていうのは、きっと聖杯のことよね」
不安そうに言うミラルに、シアが頷く。
「……恐らくね」
赤き石は間違いなく賢者の石を指しているだろう。そして器とは、聖杯だ。サイダから聞いた賢者の石と聖杯の経緯を考えれば、そう考えるのが妥当である。
「なあチリー、鋼の巨兵というのは殲滅巨兵のことじゃないのか?」
ふと、思いついたことをシュエットは口にする。
「……確かにな。だがアレは別に上から落ちてきたってわけでもねえな」
鋼の巨兵、と言われればどうしても以前戦った殲滅巨兵を連想してしまう。強大な力を持つ魔法遺産である殲滅巨兵は、確かに滅びを齎す存在となり得るだろう。
「……まだ上から降ってくる……ってことか?」
顔をしかめてシュエットが言うと、傍でミラルが身震いした。
「それはちょっと……勘弁してほしいわね……」
「俺だって勘弁してほしいがな。……結局予言は予言か。ハッキリしたことはわかんねえ」
そう、結論づけてチリーは息をつく。
だがどれも希望的観測に過ぎない。予言は全て、これから起こることなのかも知れないのだから。
「テオスの使徒っていうのは……何なのかしら。テオスって、テオス・パラケルススのことよね?」
ミラルが問うと、シアは首肯する。
かつて世界を支配していた三人の原初の魔法使い。その内の一人であり、賢者の石を作った張本人がテオス・パラケルススだ。彼の目的が魔法を持たない人類の殲滅であったことを考えれば、”テオスの使徒”と呼ばれる存在も同じ目的を持っている可能性が高い。
「ってことはロクなモンじゃねえだろうな……」
賢者の石や殲滅巨兵と違い、テオスの使徒に関しては情報がほとんどない。テオス・パラケルススの関係者であろうこと以外は、現状何もわからないのだ。
「なんもわからんな。おいシア、なんもわからんぞ」
「あたしに文句つけられても困るわよ、このアホシュエット」
「後で吠え面かくなよ。お前はいずれ、そのアホのシュエットに救われるのだからな」
そう言ってシアの肩を軽く叩き、シュエットは腕を組んでふんぞり返る。
「何が来ようが知ったことか! このシュエット・エレガンテがついている! テオスの使徒も滅びも闇も、この俺が撃退してくれるわ!」
「いや、お前は……」
ヘルテュラシティに帰るだろ、と言いかけるチリーだったが、ひとまず口をつぐむ。
シュエットが全てを撃退するかどうかはさておき、これ以上ここで未来を不安がっていても意味がない。
予知である以上、どれも確定していない未来だ。それなら、今から備えることが出来る。
「アンタに出来るわけないでしょーが!」
「やってみなければわからんだろう! 俺は今から強くなるのだからな!」
そんなやり取りを始める二人を見て、チリーとミラルは顔を見合わせて苦笑する。変に不安がるよりは、このくらい楽観的な方が良いのかも知れない。
空気を変えてくれたシュエットに内心感謝しつつ、チリーは残りの碑文へ意識を向けた。
「東国に眠りし虹の輝き……、これはそのまま”東国”のことで合ってンだよな」
東国。現在チリー達がいるアルモニア大陸の東側の位置する、小さな島国を指す言葉だ。海を隔てた向こうにあるため、アルモニア大陸とは別の独自の文化が築かれていると言われている。
「うん、まあそうなんだけど……」
「なんだよ?」
言葉を濁すシアに、チリーが続きを促す。すると、シアは苦い顔をして見せた。
「東国ってもうないわよ」
「ハァ!?」
シアの言葉に、突然チリーは声を荒げる。そばにいたミラルは肩をびくつかせ、シュエットも目を丸くしてチリーへ視線を向ける。
「どういうことだよ!」
「どーもこーもないわよ。東国が滅んだのは、もう十年以上前の話なんだから」
「ンだと……!?」
東国が滅んだのは、チリーが眠りについている間の出来事だ。チリーが知らなかったのも無理はない。
「東国が……滅んだ……?」
「ええ。ゲルビア帝国に攻め込まれて、ね」
「……なるほどな。青蘭の野郎……そういうことか」
チリーのかつての友人であり、賢者の石を起動させたもう一人の人物――――青蘭。東国は、彼の故郷だ。
青蘭が何故エリクシアンの根絶にこだわっていたのか、改めてチリーの中で納得のいく結論が出る。
「青蘭さんって……じゃあ……」
「ああ、あいつは東国の人間だ」
幼い頃に東国が滅んでいたミラルにとって、東国の人間というのは全く知る機会のない存在だった。青蘭の出で立ちを見て、ミラルは大陸の外から来たであろうことまでは想像出来ても、東国の人間だとまでは想像出来なかったのだ。
「イモータル・セブンの一人、赫灼のジェノって奴が一番戦果を上げた……ってとこまでは知ってるわ」
チリーは勿論、ミラルもシュエットもその名前には聞き覚えがない。この先ゲルビア帝国と対立しながら旅を続けるのなら、どこかで戦うことになるかも知れない相手だ。
東国の滅びと、青蘭の復讐。青蘭の本来の目的は、ジェノとゲルビア帝国に対する報復だろう。
(……そこで本心誤魔化して大義を掲げちまうところが、あいつらしいっちゃあいつらしいか……)
青蘭に関しては再び複雑な心境になってしまうチリーだが、これ以上考えても今はどうしようもない。
どの道、この旅を続ける限りはまた会うことになるだろう。その時にまた、問いただせば良いだけだ。
「……よし、テイテスの後は東国に行くぞ」
滅んでいようが滅んでいまいが、東国に眠る”虹の輝き”は無視出来ない。それが如何なる存在だったとしても、闇を照らす剣となる、という予知が真実であればこれから起こる滅びへの対抗策になるハズだ。
「船はどうするの?」
「なんとかして探すしかねえだろ。最悪イカダでもなんでも作りゃ良い」
「そんな無茶な……」
言いつつも、ミラルはそこまでしてでも東国に向かわねばならないことはわかっている。
不安だらけの予言の中で、唯一東国にある”虹の輝き”だけが希望になるからだ。
「……そろそろおばあちゃんの占いも終わる頃かしら。一旦戻らない? 疲れたし」
「……そうするか」
気の抜けるような大あくびをするシアに頷き、チリー達は洞窟を後にした。




