episode70「魔力の結晶-A New Bonds-」
洞窟の奥で、赤い水晶に包まれて座り込む遺体を見て、ミラルは息を呑む。
これが、原初の魔法使いの一人、ウヌム・エル・タヴィトなのだ。
「……この魔力、本当にこいつのモンなのか?」
「あたしはそう聞いてるけど」
異様な光景に慄くチリー達とは対照的に、シアはなんでもないような顔で洞窟の中へ入っていく。
「この赤い水晶は、ウヌム様の魔力で出来てるって話よ」
「ウヌム様の魔力は、死後もここに遺り続けているということか……」
シュエットは恐る恐る水晶に触れる。まるで磨かれた宝石のような、凹凸のない表面だ。ひんやりしているかと思ったが、僅かに温かみがある。
「シュエット、それ触って大丈夫なの?」
「ああ、触ってみたら大丈夫だった」
「お前その調子だといつか死ぬぞ」
苦笑いするミラルの隣で、チリーは呆れた顔でシュエットを見やる。
意図せずして安全確認が行われてしまったので、チリーも試しに水晶へ触れた。すると、水晶の中にしっかりと魔力が流れているのが感じ取れた。どうやらシアの話は本当らしい。
「……こりゃ魔力の塊だな……。何かに使わねえのか?」
このような形で固形化された魔力など聞いたこともないし、今初めて見たような代物だ。魔力で出来ているなら何かしら使い道がありそうなものである。
「使うったって、魔力だけあったってなんにも出来ないわよ。……ああでも、おばあちゃんの占術水晶はここから掘り出して作ったらしいわよ」
大ババ様、サイダの使う魔法遺産である占術水晶は、彼女が占いの時に用いるものだ。サイダは儀式によってかつてウヌム・エル・タヴィトが行っていた未来予知の魔法を、擬似的に再現する。この赤い水晶が、そのために使われる魔法遺産の源だと言われると納得がいく。
ウヌムの魔力が、子孫の手によって再び彼の魔法を再現しているのだろうか。
「この水晶は、ウヌム様の死後、少しずつウヌム様の遺体から生えるようにして洞窟の中を覆っていったそうよ」
「なんだそりゃ気持ちわりーな」
「よね。でもこの里じゃウヌム様の奇跡だーっつって、ありがたがられてるってワケ」
チリーの発言は、サイダや他の里の住民が聞いたら怒りかねない失礼なものだったが、シアは怒るどころか笑って同意する。
「それで、石碑は?」
「遺体の隣よ」
チリーが問うと、シアはそう答えてウヌムの遺体の方へ歩いていく。その後ろを、チリーもついていった。
石碑は、シアの言う通りウヌムの遺体のすぐ隣に立てられていた。全長一メートル程の石碑で、表面には古代文字と思しき文字が掘られている。
チリーにはほとんど解読出来なかったが、シアは真面目な顔で石碑を見つめていた。
「読めるか?」
「……多分。あんま期待しないでよ。正確に解読したいなら、おばあちゃん連れて来るのが一番なんだから」
ぶつくさ言いながらも、シアは真剣な面持ちで古代文字の解読を始める。あまり邪魔するのも悪いと思い、チリーが入口の方まで戻ると、何やらシュエットがゴソゴソとポケットから何かを取り出そうとしているのが見えた。
「なあ、これって何かに使えないか?」
「あ?」
シュエットが取り出して見せてきたのは、小さな銀色の十字架だった。
十字架にある四つの先端には、赤、青、緑、茶の宝玉がはめ込まれている。
わずかだが、チリーはその十字架から魔力を感じ取る。恐らく魔法遺産の類だろう。
「そんなモンどこで拾ったんだよ」
「捕虜の中にゲイラという奴がいただろう。気を失っている内にくすねておいたのさ」
「お前ほんとに騎士か?」
くすねた、と言うと聞こえが悪いが、相手の持っている武器を没収しておくこと自体は間違った判断ではないだろう。
「あの十字架、火を出したり、風を起こせるみたいなの。私とシアさんも、一度アレで火に囲まれたわ」
魔法遺産、元素十字は魔力を使って様々な現象を起こす魔法遺産だ。今のところ、シュエットが確認しただけでも火と風を自在に操ることが出来ることがわかっている。
「使えりゃ戦力になるだろうが……俺は別にいらねえぞ」
エリクシアンであるチリーなら、魔力で元素十字を扱えるだろう。しかし、チリーの戦いには今のところ元素十字は必要ない。野宿の火起こしには便利だろうが。
「何を勘違いしている! お前にはやらんぞ!」
「じゃあどーすんだよそれ……」
「鈍いやつだな。魔力ならそこにあるだろう!」
「……ああ、そうか、なるほどな」
この洞窟にある赤い水晶は、全てウヌムの魔力だ。この魔力の塊を使えば、元素十字を使うことが出来るかも知れない。
「……頭良いのかわりーのかよーわからんやつだな……」
早速、シュエットは嬉々として元素十字を赤い水晶へ押し付ける。すると、チリーには水晶から元素十字へ魔力が流れ込んでいくのが感じられた。
わずかにしか感じられなかった元素十字の魔力がみるみる内に充填されていく。どうやら、本体の中に魔力を溜め込んで使うタイプ魔法遺産らしい。
「よし、行くぞ! 確か奴が言っていた呪文は……! 元素十字……炎!」
シュエットがそう叫んだ瞬間、元素十字から炎の魔力が吹き上がる。そしてその炎は――――
普通にシュエットを焼いた。
「熱ッッッ! 熱いッ! やばい! たすけてッ!」
「しゅ、シュエットさん!?」
慌てて駆け寄ったミラルが、シュエットにまとわりついた魔力の炎を聖杯の力で吸い取っていく。
幸い、シュエットの火傷はほとんどなく、髪や衣服が多少焦げた程度ですんでいた。
「ふぅ……危なかった。助かりましたよミラルさッ――――」
「こンのアホッ!」
すました顔で感謝を告げるシュエットだったが、言い終わらない内にチリーのゲンコツが叩き落される。
「何をする!?」
「アホな真似してミラルに聖杯使わせてんじゃねえよッ!」
「それは……! 普通にすまん!」
特に言い返さないシュエットに毒気を抜かれ、チリーは一度歎息する。
「そこまで心配しなくても大丈夫よ。今の魔力、そんなに大きくなかったし」
「そうか……。いや待て、お前魔力の大小がわかるのか?」
「……まだぼんやりとだけど。ちょっとわかるようになってきたかも」
「……」
これで、チリーは一つの確信を得る。
魔力を吸い続けることで、ミラルは徐々にエリクシアンに近づいている。
「ミラル、あんま魔力溜め込むんじゃねえぞ。お前の身体がどうなるかわかんねえ」
言いつつ、チリーはシュエットから元素十字を取り上げる。
「俺か、この十字架に魔力を定期的に吐き出せ」
「おい! チリー! 俺のだぞ! 返せ!」
「うるせー! 使えるようになってから言え!」
今はこの程度しか思いつかないが、いずれはミラルの身体から完全に魔力を抜き取らなければならない。
これは一方的な想いかも知れなかったが、チリーはミラルをエリクシアンのような存在にはしたくない。
旅の終わりには、普通の少女として平和に生きるミラル・ペリドットであってほしかった。
「そういうことなら、元素十字はそのまま俺が使っても良いんじゃないのか!? ミラルさんに都度補充してもらう感じで!」
「……いや、お前はこの後ヘルテュラシティに帰るだろ……?」
「…………あ」
どうやら半ば忘れていたらしいシュエットは、間の抜けた声を上げて一度硬直する。
「ありがとうチリー。だけど、そんなに心配しなくても大丈夫よ。今私の中にある魔力だって、何かに使えるかも知れないし」
「……できればそれを避けたいんだがな」
とにかく前向きにとらえるミラルに一抹の不安を覚えつつ、チリーは小さくため息をついた。




