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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode7「ようこそスラム地区へ-The Song of the Mouse-」

 ひったくりの少年は、マテューと名乗った。


 ミラルの説得により、ようやくチリーの手から解放されたマテューは、腰に提げた袋から小瓶を取り出すとそれを得意げにミラル達に見せつけた。


「見ろ、これがエリクサーだ! この小瓶いっぱいにエリクサーがたまれば、俺だってエリクシアンになれるんだよ!」


 小瓶の中に入っているのは、薄い赤色の液体だった。


「今はまだこれだけしか買えないけど、今に小瓶いっぱいにエリクサーを買うからな!」


 ミラルはそれをまじまじと見つめていたが、チリーはそれを一瞥した後、真剣な表情でマテューへ視線を向ける。


「やめとけ、エリクシアンになんかなってどうすんだ」

「俺が強くなれば何でも自由になる。今よりいくらでもいい生活が出来るだろ」


 マテューの目は真剣そのものだった。

 その目をまっすぐに見つめ返し、チリーは再び口を開く。


「強けりゃいいってモンでもねえよ。力だけあっても、出来ねえことは出来ねえ。闇雲に邪道で強くなろうとしたって何にもならねえぞ」


 チリーの言葉に、マテューは一瞬虚を突かれたかのような表情を見せる。


 そして数秒考え込むような表情を見せていたが、やがて何も言わずにチリーへ背を向けて走り去って行った。


「言いたいことはわかるけど、もう少し優しく言ってあげても良かったんじゃない?」

「……あのエリクサー、ニセモンだぜ」

「え?」


 ミラルの言葉には答えず、チリーはマテューの背中を見つめながらそう呟く。


「俺は同類やエリクサーのことはなんとなくわかンだよ。アレは違うぜ、ただの赤い水だ。あの瓶の方をを売っちまった方が飯の足しになる」


 ガラス製の小瓶は希少なものだ。マテューが持つにはかなり不自然な程に。

 もしかすると、小瓶という特別感がマテューにとってあの水を本物のように感じさせているのかも知れない。


「そんな……じゃあ騙されてるってこと?」

「多分な。まあどーでもいいだろ。さっさとラウラを探そうぜ」


 しばらくはマテューの走って行った方向を見ていたチリーだったが、やがてどうでも良さそうに背を向ける。


「ダメよ。教えてあげなきゃかわいそうだわ」

「……はぁ~~~~……」


 しかしチリーの背中に、ミラルがそんな言葉を投げかけたものだから、チリーは井戸のように深い溜息をわざとらしく吐いてから振り向いた。


「あーのーなー! 一々ああいう連中に関わってっとキリねーぞ!?」

「だからって、知ってしまったら放っておけないわよ!」


 チリーからすれば、物を盗んだ挙げ句砂までかけてくるような悪ガキだ。わざわざ助言してやろうなどという発想は、正直理解し難い。顔をしかめるチリーだったが、ミラルは簡単には引かなかった。


「どの道ラウラって人を捜すために町中を調べないといけないんだから、そのついでだと思えばいいじゃないの」

「……まあそりゃそーだが……」


 なるほどそれなら手間はほとんど一緒だと思ったが、どうも丸め込まれた感じがして気に入らない。


 別行動を取るわけにもいかず、チリーは渋々ミラルと共にマテューの元へ向かうことを承諾する。


 その道中もラウラを探さなければならないのだが、例のブローチを見せて回るのはまた余計なトラブルを招きかねない。似顔絵どころか人相すらわからないため、名前を頼りに調べるしかなさそうだった。



***



「ラウラ、ねえ。この辺じゃ特に聞かないかなぁ」


 辺りを歩いている人に何度か聞いてみたが、ラウラを知る者は見つからない。もしチリーの予想通りヴィオラ・クレインの関係者なのだとしたら、身を隠している可能性も高い。


 聞き込みをするミラルを少し後ろから眺めつつ、チリーは小さく溜息をつく。


 表通りを歩いている人間は先程までより増えている、全員に聞いて回るのは難しいだろう。気を抜けば、雑踏に紛れてお互いに見失いかねない。


 日が落ちるまでに何かしら手がかりが掴めればいいが、そううまくはいかないだろう。今日はどうやって一晩明かすか、チリーが真面目に考え始めていると後ろから肩を叩かれた。


「あ? ンだよ」


 ぶっきらぼうに振り返ると、そこにいたのは武装した男達だった。


「お前だな。小さな子供を追いかけ回していたという不審な人物は」

「ありゃあのガキがわりーんだろうが」

「見慣れん顔だな、こっちへ来い」

「あ、おい! 離せ!」


 二人がかりで羽交い締めにされ、チリーは身動きが取れなくなる。勿論、なりふり構わず暴れればどうとでもなったが、ある程度武装した衛兵相手にチリーが暴れれば怪我をさせずに、というのは難しい。それに、事を荒立てれば更に面倒なことになる。


 どうすべきか決めあぐねている間に、ミラルの方は後ろからチリーがついてきていると信じてそのまま聞き込みを続けていた。


「おい、待て! ミラル!」

「いいからこっちへ来い!」


 衛兵達に引きずられ、雑踏に飲み込まれるチリーの声はミラルには届かない。


「……チリー?」


 ミラルが振り向いた時にはもう、チリーは見えなくなっていた。



***



「チリー! チリー!?」


 いつの間にか見失ったチリーを捜して、ミラルはそこら中を練り歩いていた。そうしている内に道に迷ってしまい、気がつけばミラルは表通りから外れて路地裏に足を踏み入れてしまう。


「なに迷子になってるのよ……。いや、もしかして私が迷子なんじゃ……?」


 もう少しチリーの位置を確認しながら聞き込みをするべきだったのかも知れない。


 捜している内に入り込んでしまった路地裏の光景は、先程までのフェキタスシティとは全くイメージの違うものだった。


 古びた家が密集しており、路地には薄汚れた老人が平気で寝そべっている。彼らは少し身なりの良いミラルの姿を見つけると、驚いて視線を集中させた。


 所謂いわゆるスラム地区である。


 フェキタスシティのような王都付近の栄えた町では、このような貧困層の密集地帯が当たり前にある。存在そのものは父から聞いていたが、ミラルはこのような光景を目にするのは初めてだった。


 実のところ、ミラルにとっては「まさか本当にあるとは思っていなかった場所」であった。


 次第に、ミラルを見つめる者達の視線がギラつき始める。


 チリーがいない今、何かあったら対応し切れない。


 引き返そうとしていると、不意にミラルの手を誰かが掴む。

 ひんやりとした感触に肩をビクつかせると、下から怒声が聞こえた。


「何してんだよこんなとこで! こっち来い!」


 そこにいたのは、ミラルのブローチを盗もうとした少年、マテューだった。


 ミラルはマテューに手を引かれるまま走り出し、一軒の家の中に連れ込まれる。

 家というよりは、ほとんど小屋のような木造建築だ。


 中に入ると、まずミラルは暖炉が見当たらないことに驚いた。

 ベッドはなく、敷物と薄い毛布が置かれているだけで、台所やトイレも見当たらない。風呂場などもってのほかだ。


 ミラルの住んでいた世界とは、あまりにもかけ離れている。


 家の中には、マテューより幼い男の子と女の子がおり、ミラルを見て目を丸くしていた。


「……そんなに珍しいかよ」

「あ、その……ごめんなさい。そういうつもりじゃ……」

「まあいいさ。すぐにこんな生活抜けてやる」


 言いつつ、マテューはミラルを中に入るよう促す。


「さっきのあの……目つきの悪くて大人げない暴力男は?」


 大して間違っていないので始末が悪い。苦笑しつつ、ミラルはかぶりを振る。


「チリーとはちょっと……はぐれちゃって……」

「なんかぼーっとしてんなアンタって」

「し、してないわよ! 先にいなくなったのはチリーの方よ! ……きっと」


 きっと、と自信なさげに付け足すミラルを面白がり、マテューは笑みをこぼす。ブローチを守るように懐に手を置くミラルだったが、マテューの方は何かしようとする気配はなかった。


「トイレから帰ろうと思ったらアンタがいたモンだから、何かの見間違いかと思ったよ」


 ミラルの家は、一般的には富裕層に含まれる家だ。そのため家の中にトイレがあるのは当たり前のことだったが、庶民、特にこのような貧民層の場合は共用トイレが使われることが多い。


「まあいいや、アンタに何かあるとあいつに何されるかわかんねえし、後で表通りまで送ってってやるよ」

「いいの? ありがとう。でもどうして?」

「ん……まあ、アンタが止めなかったらあいつに死ぬまで振り回されてたかも知れねえからな……」


 気恥ずかしそうに応えるマテューの様子は、年相応の子供と言った印象だ。盗みは許されない行為だが、マテューは根っからの悪い子供というわけではないらしい。


「でも俺じゃどうしようもねえから、ロブ兄ちゃんに頼むけどな」

「へえ、お兄さんがいるのね」

「血は繋がってないけど、俺にとっちゃほんとに兄貴みたいなものなんだ……」


 そのままぽつぽつと、マテューはロブについて話し始める。


 マテューは元々、この家で母親と二人で住んでいたのだ。

 しかし母は病に冒され、一年前に亡くなった。その時、マテューの世話をしてくれたのがロブという男なのだ。


「アンとベイブも、同じくらいの時期かな。捨てられて野垂れ死にかけてたのを、俺が見つけて食い物を分けてやったら家までついてきてさ」


 呆れたような物言いだったが、マテューはアンとベイブを見て穏やかに微笑む。彼らも血が繋がっていないようだが、マテューにとっては大切な家族のようだ。


「ここじゃ弱い奴が死んでいく。だから俺はエリクシアンになって、強くなる」

「……そういうことだったのね……」


 マテューが何故エリクシアンになりたいだなんて言い出したのか、合点がいってミラルは深く考え込む。


 きっとそれは、マテューにとっては今の生活を生き抜くための目標なのだ。そんなマテューにあのエリクサーが偽物だと伝えれば、ひどくショックを受けることになるだろう。


「……エリクサーは、誰から買ってるの?」


 ミラルがそう問うと、マテューはしばらく難しそうな顔をしていたが、やがてミラルを手招きする。


「こっそり教えてやる。どうせお前買わないだろ」


 身をかがめてミラルが耳を預けると、マテューは少し上ずりながらも小声でこう言った。


「ロブ兄ちゃんだよ」

「えっ……」

「盗みも全部ロブ兄ちゃんが教えてくれたんだ。それで少しずつ金を出せば、少しずつエリクサーを分けてくれるんだぜ。誰にも言うなよ? 俺のエリクサーがなくなっちまうからな」


 マテューのその言葉に、ミラルは愕然とした。


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