episode68「猫チャンになりませんか?-Cave Of Unum-」
「あッ! ルベルちゃんッ!? ルベルちゃんですねッ!?」
マーカスが奇声を上げた瞬間、チリーは全身に怖気が走るのを感じた。
「触らせてッ! なでなでさせてくださいよォッ!」
「ふざけんじゃねえよ気持ちわりーなテメエはッ!」
怒声で返しながらも、微妙にマーカスから距離を取るチリーを見て、ミラルは苦笑する。
チリー達は、ウヌムの洞窟へ向かう前に捕らえた三人のエリクシアンの様子を見ることに決めた。
戦闘後、改めてミラルによって魔力を根こそぎ奪われた三人は、チリーからすれば完全にただの人間だ。もう、魔力を一切感じられなかった。
チリー同様ある程度魔力が探知出来るサイダも、この三人は現状人間だと判断している。
場所は、里の片隅で、ほとんど何もない空き地のような場所だ。ゲルビア兵達はこの場所で縛られて適当に転がされている。サイダ曰く、殺されてないだけマシと思え、とのことである。
「やあ、会いに来てくれて嬉しいよ。約束通り一杯奢ろうか?」
「いらねーわよ。顔だけの男に用はないわ」
「そう思われているのは心外だね。ロープを解いてくれたら、この手で君を昇らせてみせるよ」
「セクハラ。死刑」
ピシャリと言い放つシアに、ゲイラは縛られたまま肩だけすくめて見せた。
エトラの方は、相変わらず一言も喋らない。というよりは、傷がひどすぎて喋る余裕がないのだ。最低限の治療だけが施され、今もその場に転がされている。
「……どう? チリー、魔力は回復してる?」
「してねえな……。ただの人間だ」
「それはそうでしょう。我々の魔力は、根本から奪われていますからねぇ」
そう答えたのは、以外にも先程まで奇声を上げていたマーカスだった。
「エリクサーでエリクシアンになった人間は、本来魔力を持ちませんからねぇ。エリクサーは、エリクシアンの体内に物理的には存在しない、魔力を生成するための器官を作り出します。我々の研究所ではこれを”魔力炉”と呼んでいます」
ペラペラと喋り始めるマーカスに、チリー達は呆気に取られている。それでもマーカスは、そのまま話し続けた。
「エリクシアンの魔力炉は恐らく、魔力で作られています。ですので、体内の魔力を根こそぎ奪われるということは、魔力で作られた魔力炉ごと奪われたということになるんですよねぇ」
「……ってことは何よ。アンタらはもう魔力が作れないから、エリクシアンには戻れないってこと?」
シアが問うと、マーカスは満足げに首を縦に振る。
「そうですッ! 賢いッ! 賢いなァ! あなた、猫チャンになりませんかッ!?」
「なんなのこのセクハラ集団」
汚物でも見るかのような視線をマーカスに向け、シアはささっとミラルの後ろに隠れた。
「シア、そいつに他意はねえぞ。本気でただ猫になってほしいっつってる」
「余計キモいわ!」
マーカスについてあまり意味のないフォローをしつつも、チリーはマーカスの話を噛み砕いていく。
エリクシアンと魔力については、わかっていないことが多かった。今マーカスがした話が真実なら、チリー達にとってはかなり貴重かつ重要な情報である。
エリクサーを飲んでエリクシアンになった人間の体内には、魔力炉と呼ばれるものが形成される。それは物理的な器官ではなく、魔力によって形成された擬似的なものだと言う。エリクシアンは、その魔力炉を用いて魔力を生成し、身体能力、生命力の強化を行い、特殊な能力を発現する。
しかしミラルの聖杯は、魔力を完全に奪い取ることが出来る。魔力で作られた魔力炉ごと奪ってしまうため、奪われたエリクシアンは魔力の生成そのものが不可能になり、ただの人間へ強制的に戻されてしまうのだろう。
(……なら、ミラルの体内の魔力は今どうなってんだ……?)
薄々、チリーはミラルから魔力が感じ取れるようになっていることに気づいていた。出会った時は間違いなくただの人間としか思えなかったミラルだが、今はエリクシアンから奪ったことで蓄えられた魔力が感じられる。
(それに聖杯は、ただ魔力を出し入れしてるわけじゃねえ。でなきゃこいつが、俺の魔力を今まで増幅させていたことに説明がつかねえ)
魔力を出し入れしているのなら、誰からも魔力を奪っていなかったミラルが、チリーに魔力を与えることは出来ないハズだ。
だとすれば聖杯は、魔力を与えているというよりは、ただ増幅させている可能性がある。
(……聖杯は得体が知れねえ)
ミラルはこのまま聖杯の力を使い続けるつもりでいるだろうが、それにはどんなリスクが伴うかわからない。
魔力をノーコストで増幅させ、相手から強引に奪い取る聖杯。元々魔法遺産が人間の道理の外にあるとは言え、これは明らかに規格外だ。
「……チリー」
考え込むチリーに、シュエットが真剣な表情を見せる。恐らくシュエットも聖杯や魔力について考えていたのだろう。互いの意見を交換しようとチリーが向き直ると、シュエットは顔をしかめていた。
「つまり……どういうことだ?」
一気に気が抜けて怒鳴りそうになるのを一旦堪え、チリーはシュエットの肩に手を置く。
「あとで説明してやる。静かにしてろ」
「……ああ!」
シュエットがよくわかってなかった一方で、当事者であるミラルはやはり何事か考え込んでいるようだった。
「ミラル……大丈夫か?」
チリーが少し心配げな視線を向けると、ミラルは思考を打ち切って慌てて笑顔を見せる。
「大丈夫、大丈夫よ! ちょっと、驚いただけ……」
聖杯の力はあまりにも強大過ぎる。何か新しい情報が手に入る度に、ミラルが背負った運命の重さを思い知らされてしまうのだった。




