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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season3「The Origins Of The Legend」

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episode67「俺はうさぎじゃねぇ-I'm Not a Rabbit-」

 サイダの占いは翌朝、それもまだ日が出ていないような時間帯に始まる。


 里の更に奥にある祭殿にこもり、魔法遺産オーパーツである占術水晶ヴェールクリスタルを用いて行われる。


 占術水晶ヴェールクリスタルを中心に、ウヌム族の踊り子達が舞を踊る。そして水晶の正面に座り込んだサイダが、自身の魔力と、舞によって水晶の中に流れ込む大自然の魔力を用いて”魔法”に限りなく近い現象を引き起こすのだ。


 サイダの占いは、部外者の立ち入りが禁じられている。故に、孫のシアでさえも祭殿の中には入れない。


 ミラルが目を覚ます頃には、既にサイダは占いの真っ最中だった。家の中にはシアしかいない。


「おはよ。包帯、取ってみたら?」


 起きぬけにシアにそう言われ、ミラルは治癒の秘薬を飲んだことを思い出す。


 あのまずさまで思い出しそうになったところで軽くかぶりを振り、ミラルは恐る恐る左手の包帯に手をかける。


 殲滅巨兵モルスとの戦いの後、ミラルの両手にはほとんど感覚がなかった。定期的に包帯を取り替えなければ膿が溜まってしまう程ひどい火傷だったのだ。


 正直なところ、ミラルは包帯を取った自分の手をなるべく見ないようにしていた。


 包帯を外すのが怖くてしばらく躊躇ったが、ミラルは意を決して包帯を外す。


「あっ……」


 そこにあったのは、殲滅巨兵モルスと戦う前と同じかそれ以上に綺麗な、ミラルの見慣れた左手があった。


 慌てて右手の包帯も外し、ミラルは見るからに完治している両手を見て思わず涙した。


「わ、私の手……治ってる……っ!」


 怪我については、なるべく弱音を吐かないようにしていた。


 シュエットの方が酷い有様だったし、チリーはエリクシアンとは言えいつだって傷だらけになっていた。


 そんな状況で、自分の火傷で弱音を吐くような姿は、なるべくチリー達には見せたくないと思っていた。まして、この傷跡は自分の決断が原因だ。後悔はしていなかったし、後から嘆くような情けない真似はしたくなかった。


 それでも。


 醜く焼け爛れた両手が、十代の少女にはあまりにも惨たらしいことに変わりはない。


 その傷跡が、跡形もなく消えたのだ。


 思わず感涙するミラルに、シアはニッと笑って見せた。


「女の手は芸術よ。ちゃんと大事にしなさいね」

「はい……ありがとうございますっ……!」


 身体を起こし、たまらず飛びついてくるミラルを抱きとめて、シアはその頭に手を乗せる。


(こんなお人好しの、それも恋するお嬢ちゃんの手が、あのままで良いわけないでしょーが)


 そのままそっとミラルを抱き寄せて、シアは目を伏せた。




***



「わぁ……!」


 シアがミラルに用意した朝食は、りんごやナッツを盛り付けたサラダに、パンとジャムだ。パンもジャムもこの里で作られた手作りのもので、その物珍しさが更に食欲を掻き立てる。


「このジャム、何で出来てるんですか?」

「この辺りで採れるベリーで出来てるわ。小さい頃はよく摘みにいかされたわね……」


 甘酸っぱいベリーで出来たジャムは、素朴な味わいのパンと互いに引き立て合う。ラウラの家で食べたはちみつを塗ったパンも贅沢でおいしかったが、こちらはこちらで味わい深い。


 フルーツも野菜も新鮮で瑞々しい。集落から少し離れた位置に、りんごの菜園があるため、ウヌム族の朝食ではりんごは一般的だ。種はエレガンテ家との交易で手に入れたものである。


「これ、盛り付けってシアさんが?」

「他に誰がいんのよ」

「……すごく丁寧ですね」


 ちょっと意外、と言いかけたのをミラルは飲み込んだ。飲み込んだつもりだったのだが、顔に出ていたようでシアはじっとりとした目をミラルに向ける。


「アンタほんっと顔に出るわね……。気をつけたほうが良いわよ……」

「あ、はい……」


 そんな会話を続けながら、ミラルとシアはゆっくりと朝食を楽しむ。シアはなんだかんだで面倒見が良く、旅の間の話も相槌を打ちながら聞いてくれた。


「それでね、ラズリルったらチリーのことうさぎさんとか言うのよ!」

「アレがうさぎぃ? まあ、確かに毛並み白いし似てるわね……」


 シアがそう答えた瞬間、家のドアが勢いよく開く。


「お、俺はうさぎじゃねえッ!」


 中に入ってきたのは、何故か少し怯えた表情のチリーと、後ろで眉をひそめるシュエットだった。


「あ、チリー。おはよう」

「俺は……うさぎじゃねえ……ッ!」

「どうしたの!? なんかごめんね!?」


 チリーにとって、マーカスとの戦いはほとんどトラウマになっているようだった。




***



 シュエットは、あの後再び治癒の秘薬を飲んで一晩眠ることで今度こそ万全の状態になったらしい。


 里に来る前は自分で歩くことも出来なかったシュエットだが、今は堂々たる振る舞いでよくわからないポーズをキメている。


「俺が万全の状態になったからには、もう心配はありませんよミラルさん。後シア」

「おまけみたいに言うんじゃないわよ」

「ついでにチリー」

「俺はうさぎじゃねえ」

「……言ってないぞ……」


 ちょっと青ざめているチリーを、シュエットが揺さぶってどうにか正気に戻す。


 とりあえずチリーが落ち着いたのを確認してから、シュエットは用件を話し始めた。


「チリーと話したんだが、大ババ様の占いを待つ間にウヌム様の洞窟を見に行かないか?」

「ウヌム様の洞窟?」


 ミラルが問い返すと、シュエットは一度頷いてから説明し始める。


「ウヌム様は、この里の近くにある洞窟で最期の眠りにつかれた。その時のご遺体は、まだ洞窟に残っている」


 ウヌム・エル・タヴィトはこの地で眠りについた。彼の遺体は今も洞窟の中で朽ちずに残っている。


「ウヌムが残した碑文があるっつー話だ。解読してェからお前も来い、シア」


 ウヌムが残した碑文は、古代文字で書かれている。現在、ウヌム族で古代文字を解読出来るのはサイダと、直接教えを受けたシアだけだとチリー達は聞いている。


「はぁ? 命令してんじゃないわよ。あんなカビ臭い場所、誰が行くもんですか!」


 と、反射的に応えた後、シアは一度腕を組んで考え込むような仕草を見せた。


「と、言いたいところだけど。アンタ達には恩があるし、しゃーないから付き合ったげるわよ」


 気恥ずかしそうにそう言って、シアはやや躊躇いがちに頭を下げる。


「……里と、おばあちゃんを助けてくれて……ありがと……」


 囁くような小さな声音だったが、シアにとってはそれが精一杯だ。

 それをはっきりと聞き取って、三人は顔を見合わせて微笑む。


「そんじゃ、行くか」


 チリーの言葉に頷いて、四人はすぐに家を出た。


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