episode66「血と魔力-I'm Not a Rabbit-」
ウヌム族の長老、サイダ。彼女には、一族に昔から伝わる占いのノウハウが蓄積されている。
元々ウヌム族における占いとは、原初の魔法使いであるウヌム・エル・タヴィトが用いた未来予知の魔法が形を変えて伝わったものだ。
「ウヌム族は既に魔法を失った一族じゃが、その血の中にはまだわずかに魔力が流れておる」
「血、か……」
サイダの言葉を聞いて、チリーは自身の血のことを思い出す。自身を賢者の石だと名乗った赤い人影。アレは、チリーの中にある賢者の石の魔力が形を成したものだ。
「魔法は使えずとも、魔力を用いて真似事をするくらいのことは出来る。わしの占いもその一つじゃ」
「……おばあちゃんはこの里で一番血の中の魔力が濃い……らしいわよ。よく知らないけど」
適当に補足するシアをチラリと見て、サイダは小さく頷く。
「魔力は血液の中で生成され、体内を循環するとされておる。それは恐らく、エリクシアンも同じじゃろう」
魔法使いの時代、血液の中で魔力を生成出来る者達が魔力を操り、魔法使いとなった。現在、その力を受け継ぐ者はいないとされている。
エリクシアンとは、エリクサーの効力によって、なんらかの形で体内で魔力を生成出来るようになった者のことを言うのだろう。
「血中の魔力の濃度が高ければ高い程強い魔力を持つ。チリーと言ったな、お主の濃度は今の時代では考えられん」
「わかるのか?」
「多少は、な」
今のところ、チリーは自分以外に魔力をはっきりと探知出来た者を知らない。エリクシアンでさえ、誰もが相手の魔力を探知出来るわけではないのだ。
「魔力の探知は技術じゃ。わしらウヌム族の中には、極僅かな魔力を操作するために、魔法遺産を用いて鍛錬を行う。そうして魔力を操作出来るようになったものは魔力に対して敏感になっていく……。もっとも、この境地まで達したウヌム族は、現在じゃとわしだけのようじゃがな」
サイダの言う通りなら、チリーだけが魔力を探知出来た理由にも説明がつく。
チリーが魔力を探知出来るのは、体内の魔力を操作出来るが故に、魔力に対して敏感になっているからなのだ。全てのエリクシアンがそれを出来るわけではない辺り、これはチリー自身の才覚なのかも知れない。
或いは、膨大過ぎる魔力を制御するために、結果的に身についてしまった力なのかも知れなかったが。
そこまで考えて、チリーは口を開く。
「……俺の体内の魔力は、賢者の石の力だ。赤き崩壊が起きたあの日、俺の中に流れ込んできた……。そしてそいつは、意志を持っている」
チリーの言葉に、ミラルが顔色を変えた。
「奴は俺に言った……全て破壊しろってな」
「話が出来たの!?」
「よくわかんねえけどな……。マーカスとの戦いの時、一度だけ奴と話す機会があったんだ」
恐らくアレは、意識の中の世界だろう。あの赤い人影との会話の時間は、現実では数十秒に過ぎなかったのかも知れない。
肉体的には死にかけていながらも、意識を保っていたからこそ偶発的に起こったことだとチリーは解釈している。
「だが俺はこの力を破壊に使うつもりはねえ。奴が何を言おうが、どう暴れようが、俺はこの力でミラル達を守る」
強く拳を握りしめ、チリーは改めて固く決意する。この力を、破壊のためだけに使うわけにはいかない。
チリーの話を聞いて、ミラルは驚きながらもどこか安堵するような気持ちも抱いていた。
あの赤き破壊神と呼ばれる血の力は、チリーの意志ではない。
チリーの中に流れる賢者の石の力が、破壊の意志を持って暴れた結果なのだ。
「……良かった」
思わず小さく呟いて、ミラルは胸をなでおろした。
***
サイダの占いは、明日の朝行われることになった。
占いにかかる時間は長く、サイダによれば今回の場合は半日程かかる見込みとなっている。
ミラルとシアは、ひとまずサイダの家に泊めてもらうことになった。チリーは、シュエットと共に別の家で世話になっている。
しばらく悪天候の中で野宿をしてきたミラルにとって、屋根のある場所、それも布団の中で眠れるというのはあまりにもありがたい話だ。
「はいこれ」
そのまま眠ってしまおうと思っていたミラルだったが、不意にシアから何かを手渡される。
とりあえず受け取ると、シアが蝋燭を近づけてきた。ミラルが手渡されたのは、真っ赤な液体が入った小瓶だ。
「これって……」
「治癒の秘薬よ。アンタの傷も酷いんだから、飲んでおきなさい」
「ありがとうございます……!」
「礼ならおばあちゃんに言ってよね。あたしは持ってきただけだから」
やや気恥ずかしそうにそう言うシアに微笑んでから、ミラルは小瓶の蓋を取る。
中の液体は見るからに粘度が高い。液体というよりはジェル状の何かのような印象を受ける。揺らすとぷるんと揺れるその液体を、本当に口に入れて大丈夫なのか段々不安になってくる。シュエットはこれを問答無用で口の中に流し込まれていたのだ。
「……蝋燭持っとくの疲れたからはやく飲んでくんない?」
「あ、はい……」
諦めてミラルは、血のように赤い液体を口の中に流し込む。入ってきた瞬間、強烈な苦味と臭みを感じたが、なるべく無視して強引に飲み下す。
舌の裏側に苦味が絡みつく。
口の中が気色悪くなり、喉に引っかかるような苦味が最悪だった。
思わず咳き込むミラルを見て、シアはいたずらっぽく笑う。
「……それ、クソまずいわよね」
「……へ、平気です……」
効力はわかっているし、恐らくこれは貴重なものだ。まずいとかくさいとか、そういうことを言いたくなくてミラルはどうにかやせ我慢をして見せる。それが面白かったのか、シアは笑みをこぼす。
「まずい時はまずいって言いなさいよー。作ったおばあちゃんだって、アレよりまずいものは知らないって言うくらいなんだから」
薬効がメインなら、味まで配慮する必要はない。ないのだが、正直もう少しどうにかならなかったのか思ってしまうまずさだ。
「そ、そうなんですね……」
「……コメントよりも顔でリアクションするタイプなのね、アンタ……」
本人は気づいていないが、顔をしかめて顎を引き、なんとか苦味に耐えようとした顔のまま、口元だけで笑みを浮かべているせいでひどい表情になっている。
手段があれば後世まで残したかったが、面倒なのでシアは諦めて寝ることにした。
その後、ミラルは一応水だけもらって口の中をゆすぎ、気絶するように眠りについた。




