episode65「古の伝説-The Origins Of The Legend-」
「テオス・パラケルスス。それが賢者の石を生み出した原初の魔法使いの名じゃ」
テオス・パラケルスス。その名前には、ミラルは勿論、チリーにも一切聞き覚えのない名前だった。
シアは微かに聞き覚えがあるのか、何か思い出そうと顔をしかめているが、思い出すにはもう少し時間がかかるだろう。
「我らが祖先、ウヌム・エル・タヴィト。賢者の石を生み出したテオス・パラケルスス。そしてテイテス王国の初代国王であるシモン・テイテス。彼らがかつて大陸を管理していた三人の原初の魔法使いじゃ」
「シモン・"テイテス"って……!」
ミラルの言葉に、サイダは深く頷く。
「お主がテイテス王家の血筋で間違いないなら、シモン様はお主のご先祖様ということになる」
そこから、サイダはゆっくりと彼らについて語り始める。
遥かな昔、この世界に”魔法”という概念が存在し、それを操る魔法使い達が世界を管理していた時代の話だ。
ウヌム、テオス、シモンの三人はこの大陸で最も古い魔法使いとされている。これらの歴史は既にほとんど失われ、一部の家系やウヌム族のような少数部族の中にだけ残っている歴史だ。
魔法の力は当時の人類の中でも一部の者しか持たず、今の時代の人間と同じ、魔法の使えない人間の方が圧倒的に多かった。彼らを支配し、管理、統括していたのが強大な力を持つ魔法使い達だった。
「争いは絶えなかったと文献には記されておる。特に、魔法使い純血主義のテオスの一派はな……」
テオス・パラケルススは、所謂純血主義者だった。魔法を使える者だけを尊び、魔法使いだけの純血の世界を作り出すことがテオスの思想だったのだ。
「テオスの思想は当然、受け入れられるようなものではなかった。共存を望むウヌム様とシモン様は、テオスとは対立していたと記されている」
ここまで聞けば、チリー達にも賢者の石が何故破壊を目的としているのか、なんとなく察しはついてくる。
純血主義者のテオスが生み出した賢者の石が、破壊を目的としているのなら……それは魔法を持たない人類を殲滅するためのものだ。
「ウヌム様とシモン様は協力し合い、テオスを討ち取った……。じゃがその戦いでウヌム様は深く傷つき力の大半を失い、シモン様は亡くなられたとされている」
そして賢者の石が、この世界に取り残された。
「残った魔法使い達によって賢者の石は封じられ、万が一の時に備えて制御装置が作られた……」
「……」
そっと、ミラルは自身の腹部に手をあてる。果たしてそこに聖杯があるのか確証はなかったが、それでも思わず触れてしまった。
「賢者の石の制御装置――――それが聖杯じゃ。生前、シモン様が考案したものだ。それを生き延びた子孫と弟子が完成させた……」
「聖杯が、制御装置……」
自分の身体の中に、太古の昔に作られた魔法遺産がある。それも、賢者の石という災厄を制御するために。
「……待てよ。賢者の石は一度封印されたのか? テオスが死んだ後、壊しゃ良かったじゃねえか」
食い下がるようにチリーが言うと、サイダはかぶりを振る。
「壊せなかったのじゃ。遺された者達の力ではな」
ウヌムやシモン程の力はなかったとしても、聖杯を完成させる程の力を持った魔法使い達が残っていたハズだ。それなのに、賢者の石は破壊出来なかった。
(……破壊出来るのか……? そんなモンを……ッ)
歯を軋ませながら、チリーは拳を握りしめる。魔法使いに破壊出来ないものを、今の人類が破壊出来る道理は恐らくない。殲滅巨兵ですら、ミラルの力なしでは破壊することが出来なかったのだ。
殲滅巨兵の場合はオーバーヒートさせることが出来たが、賢者の石はどうなるかわからない。更に力を増して暴走すれば、それこそ本当に人類は殲滅される。
「……だったら私が、制御すればいい」
そんなチリーの隣で、ミラルは静かに言い放つ。
不安げなチリーの拳をそっと右手で包み込んで、ミラルは決意を口にした。
「賢者の石は、私が制御する。それがきっと、聖杯を持つ私の責任だわ」
「ミラル、お前――――」
「チリー、もうこれはあなただけの贖罪じゃない。私がやらなくちゃいけないことでもあるのよ」
シモン・テイテスの子孫であり、聖杯の継承者であるのならば……これは自分のやるべきことだ。少なくともミラルにはそう思えた。
賢者の石を制御することが、具体的にはどういうことなのかまだわからない。しかしそれでも、二度と赤き崩壊のような悲劇を繰り返させないためにやらなければならないことだ。
それにミラルはもう、覚悟は出来ている。
聖杯の力を知り、チリーと共に進むことを決めた時からずっと。
「……」
ミラルの真っ直ぐな瞳の中に、チリーは彼女の深く強い覚悟を見た。
出会った時はまだ何も知らない少女だったミラルが、いつの間にかこんな目をするようになっていた。これは、自身を犠牲にしてでも何かを成し遂げようとする強い意志だ。
そしてチリーは、そんなミラルと共に背負うと決めたのだ。
責任も、運命も。
「その責任、俺の背中にも乗せな。俺は……」
言葉の続きを紡ぐのに、一瞬の躊躇があった。
この先を口にするということは、あの日と同じ誓いを立てるということだ。
守れなかった、失われた誓いを。
――――同じ過ちを繰り返すつもりか?
青蘭の言葉が、まざまざと脳裏に蘇る。
(……繰り返さねえよ)
そう心の内で応えて、チリーは誓いを立てる。
「俺はお前を守り続ける。お前が責任を果たすってンなら、俺は最後まで傍で守り続ける」
「……ありがとう」
高鳴る鼓動を落ち着けるように、ミラルは静かに言った。
「……お主らの旅に、どうかウヌム様のご加護があらんことを……」
互いに見つめ合う二人に、サイダは祈りを捧げる。この二人が背負う過酷な運命に、一筋の光が指すことを願って……。
「…………」
そしてそんな三人の様子を、気まずそうに見つめているのがシア・ホリミオンであった。
テオス・パラケルススってなんだっけ? という部分で躓いたままサイダの話についていけず、気がつけばシア以外の三人で盛り上がってしまって置いてけぼりの状態なのだ。
「あのー……盛り上がってるとこ悪いんだけどさ……」
恐る恐るシアが声をかけると、ミラルもチリーも一瞬驚いたような顔を見せる。そしてやや気恥ずかしそうにシアから少しだけ目を背けた。
「結局、賢者の石がどこにあるのかわかんないわけでしょ? どーすんのよ」
賢者の石と聖杯、その経緯と意図はサイダの話でわかった。
しかし肝心の在り処は結局まだわからずじまいなのだ。
「それを今から探すンだろーが」
「計画性のない男は愛想つかされるわよ」
意味深に視線を向けてくるシアに、ミラルはとりあえず苦笑いで返した。
「ふむ……それについてなんじゃが、一つ考えがある」
そう言い出したのは、先程まで二人に祈りを捧げていたサイダである。
「わしが占おう!」
そう力強く宣言して、サイダは腕を組みながら大きく頷いた。




