episode64「大ババ様-The Origins Of The Legend-」
ウヌム族の里の被害は大きく、死傷者も出ている。しかしチリー達が駆けつけたことで、大ババ様を含むほとんどの者が救出された。
余力のあるチリー、ミラル、シアと、里に残っていた動ける者を総動員して救助を行い、一段落する頃には完全に日が暮れていた。
ウヌム族は少数民族だ。総数は百に満たない。そのため、少ない人数でも一通り救助することが可能だった。
ゲルビア兵は全員が囚われ、現在は里の片隅で夜空の下、捕虜扱いされている。
そして問題のエリクシアン達だが――――
「参ったな……まるで力が入らない」
「動物ッ! 動物触らせてッ! ねッ!? お願いッ!」
「…………」
全員が他の兵同様に縛られていた。
それもそのハズ、三人共ミラルによって根こそぎ魔力を奪い取られているからである。
こうなってしまえば、彼らは人間と全く変わらない。能力もなければ、超人的な身体能力もない。そのため、致命傷を負ったまま魔力を吸われたエトラは、手当がなければそのまま死んでいた可能性が高い。
彼らの魔力は、本当に空っぽになっている。チリーによれば、全く人間と見分けがつかない程だという。
わずかでも魔力が復活すれば、チリーが探知出来る。ひとまず人間と同じ状態でいる内は、こうして念入りに縛って動けなくしておけば大丈夫だろうという判断だ。
「死にたくなければ静かにしていろ。本当はお前ら全員首をはねて里の入り口に晒してやりたいくらいなんだ」
数の暴力に圧倒されて敗北したウヌム族だったが、屈強な男は多い。その内の一人であり、ゲルビア兵を見張る役目を任されたバルゴは、やかましい二人を見下ろして槍の刃先を向けた。
「な、なんて野蛮なんだッ! これだから人間は嫌ですねぇッ!」
マーカスが悲鳴じみた声を上げると、即座に槍が突き出される。
「あーーーーーッ!?」
槍が貫いたのは、マーカスの右耳だった。
今まで耳があった場所から血を垂れ流しながら、マーカスは震えながら上目遣いにバルゴを見つめた。
「その野蛮な俺を、これ以上怒らせるな。耳で良かったな。手が滑れば頭だった」
バルゴはそれだけ言ってマーカスに背を向ける。
「一応手当してやれ」
そばに控えている里の女にそう伝え、バルゴは腕を組んで考え込む。
(……本当に人間になっているな……)
聖杯の効力の説明は、バルゴも持ち主であるミラル自身から聞いている。マーカス達がエリクシアンなら、とっくの昔に抜け出して反撃されているだろう。
疑っていたわけではなかったが、それでも驚かずにはいられなかった。
「あ、痛いッ優しくッ優しく手当してッ! 駄目ですかッ!? すいませェ~~~んッ!!」
マーカスの奇声を背に受けながら、バルゴは里を救った者達に思いを馳せる。
赤き破壊神と呼ばれた少年、チリー。聖杯の少女、ミラル。ウヌム族と交流の深い、エレガンテ家のシュエット。そしてかつて里を抜け出したハズのシア。
「……妙な取り合わせの連中だ……」
重症のシュエット以外は大ババ様の家に集まっている。明日、改めて礼を言おう。彼らが現れなければ、里はあのまま蹂躙されていた。
そのためにもまずは今夜一晩、交代が来るまで見張りの仕事に耐えなければならない。
「け、毛皮とかないですかァ……!? 触らせてェ……ッ」
まるで懲りないマーカスに、バルゴは人道を投げ捨てて本当に蛮族になりそうな思いだったが。
***
里での救助活動や片付けの手伝いを終えたチリー達は、大ババ様の家へ集まっていた。現在、シュエットは眠っており集まっているのはチリー、ミラル、シアの三人だ。
大ババ様は深い緑色のローブをまとった小柄な老婆で、顔つきはかなり厳しい。チリーはいつもと変わらない様子だったが、ミラルはどこか緊張した面持ちで、シアは相当気まずそうに目をそらしている。
蝋燭の火を明かりにして、四人は毛皮の絨毯の上に座り込む。
大ババ様は、三人を前にすると座ったまま深々と頭を下げた。
「お主らがここを訪れなければ、里は壊滅していたであろう。改めて礼を言わせてほしい」
そんな大ババ様の様子に、既視感があってチリーは歎息する。
「……なんかこんなんばっかだな。偉い奴は意外と頭下げたいのか?」
「チリーなんてこと言うの!」
とは言いつつも、ミラルも既視感はあった。
クリフ殿下にヴァレンタイン公爵、そして大ババ様と行く先々で立場のある人間に頭を下げられている気はする。
だがそれは、チリーが守るために力を使い続けている証拠だ。むしろこれは、誇るべきことなのかも知れない。
「里長にまでなれば頭を下げる機会は少ないのでな……。最早貴重な経験じゃて」
頭を上げると、大ババ様は茶目っ気のある笑みを見せる。それを見てチリーもわずかに口角を上げた。
「特に、そこの馬鹿孫にまで頭を下げることになるとは思わんかったわい」
と、大ババ様が口にした瞬間、一気に視線がシアに集まる。
なんとなくわかっていたミラルはともかくとして、知らなかったチリーは目を丸くしていた。
「た、ただいま~……」
空気を誤魔化すように笑うシアだったが、大ババ様の顔は先程とは打って変わって険しい。
「改めて自己紹介させてもらおうかの。わしの名はサイダ、シアの祖母じゃ」
やや色黒で小柄な大ババ様――サイダと、色白で上背のあるシアはあまり似ていない。思わず見比べるチリーに、サイダはくく、と音を立てて笑う。
「似ておらんじゃろう。わしも正直血縁かどうか疑っておる」
「ちょ、ちょっとおばあちゃん! それはひど――――」
「勝手に里を飛び出して何年も帰って来なかったようなバカタレがわしの血縁であってたまるか! 危うく再会する前にぽっくり逝くとこじゃったわこのアホンダラがッ!」
突然怒号を飛ばすサイダに、シアは怯えながら縮こまってしまう。そんな二人の様子を見ながら、ミラルは軽く苦笑いする。
「……シアの件はあとで聞くとしよう。その前に、お主らの話を聞かせてくれんだろうか? 聖杯の少女と……かつて赤き破壊神と呼ばれた少年よ」
サイダはそう言いながら、真剣な面持ちで二人を交互に見る。
ミラルはコクリと頷くと、そのまま旅の事情と、この里を訪れた理由を話し始めた。
***
サイダは、ミラルの話をずっと黙ったまま聞いていた。時折頷いて相槌を打っていたが、それ以外には一切口を挟まなかった。
「……なるほどな」
一通り聞き終わり、サイダは頷きながらそう呟く。
サイダの面持ちは異様なまでに真剣で、周囲の空気はどこか張り詰めているように感じられた。
「賢者の石は赤き崩壊で失われたものと思っておったが……ゲルビアの様子から察するに、まだ現存しておるのだろうな」
「……俺は、あの事件は膨大な力の塊が暴走した結果だと思っていた」
「それは……否じゃ」
サイダがはっきりと断言するとミラルもシアも目を丸くした。チリーだけが、黙ってサイダの言葉を待っていた。
「賢者の石は、ただの力の塊ではない。破壊の意志を持って作られた魔法遺産じゃ」
――――俺は全てを破壊するために生まれた。
あの時、賢者の石を名乗る謎の存在からチリーが聞いた話は、恐らく真実だ。
赤き崩壊はただの事故ではない。起動させたのがチリーであることに違いはないが、その破壊は暴走ではなく”何らかの意志”によるものだった。




