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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode6「ようこそフェキタスシティへ-The Song of the Mouse-」

 ゲルビア帝国皇帝、ハーデン・ガイウス・ゲルビアが即位してから約三十年。ゲルビア帝国はその様相を大きく変えた。


 先代皇帝であるバーガス・バルク・ゲルビアが統治していた頃に比べ、領土はほとんど倍になったと言っても良い程に拡大されている。


 エリクシアンを中心とした七つの部隊、イモータル・セブンはわずか一部隊で敵国の戦力をほとんど壊滅状態へ陥らせる程の力を持っており、戦争においてゲルビア帝国にかなうような国は少なくともこのアルモニア大陸には存在しなかった。


 そんな大帝国を統治するハーデンの元に、宰相ニコラス・ヒュプリスからとある報告が入った。


「……捕らえ損なったか」

「いかが致しましょう」

「しばらく泳がせておけ」


 表情一つ変えずに答えるハーデンに、ニコラスは僅かに驚いたような顔を見せる。


「私は手段にこだわるつもりはない。万一ミラル・ペリドットがアレを見つけ出すようなら、その時奪えば良い」

「……それともう一つ。ルベル・Cチリー・ガーネットが現れた、と」


 その名前を聞いた瞬間、ハーデンが目を見開く。


「……生きていたか」


 ルベル・C・ガーネット。


 赤き崩壊(レッドブレイクダウン)の生き残りであり、引き起こした張本人とされる少年。三十年前の時点で指名手配がかけられていたが、消息を絶ったことで死亡扱いとなり、取り下げられている。


 赤き破壊神。そのような仇名がつけられる程の力を持ち、エリクサーを使わずにエリクシアンになったとされる極めて希少な存在である。


 彼の生存を知り、ハーデンの口元に僅かな笑みが浮かぶ。


 その真意は、ニコラスには掴みきれなかった。



***



 ペルディーンタウンからフェキタスシティまでの道のりは、道のりだけで言えば険しいものではなかった。


 目立った山や河もなく、天候にも恵まれたため野営にもあまり苦労せずすんだ。チリーはあまり睡眠を必要としなかったため、夜間は基本的にチリーが警戒し、ミラルは夜の間は完全に休ませてもらえていたのだ。


 交代を申し出ても「うっせえ寝てろ」の一点張りで、結局チリーは一睡もしないままフェキタスシティへ到着した。


 現在ミラル達がいるのは、アルモニア大陸の最南東に位置するアギエナ国の中だ。やや内陸側にあったペルディーンタウンとは違い、フェキタスシティは海に面しているため、他国との貿易の中継地点として栄えている。そのため、非常に活気のある街並みが広がっており、ミラルは息を呑んだ。


「さっさとラウラ探して休もーぜ。飯くらいくれるだろ」

「……それもそうね」


 ミラルもチリーも、道中の食事はほとんど取れていない。時折食べられそうな木の実や野草をチリーが見つけてくれるくらいで、それ以外の食事は取っていない。


 それに旅の道中、二人は常に気を張り続けていた。特にチリーは、常時ピリピリとした緊張感を持っており、周囲を警戒しながら行動していた。


 エトラこそ追い払ったものの、ミラルがゲルビアに追われていることに代わりはない。仮眠中でも何かあればすぐに起き出せる自信はあったが、少しでも対応が遅れてミラルが攫われれば元も子もない。そのため、夜間は常にチリーが警戒しておく必要があったのだ。


 現在地であるフェキタスシティは王都にかなり近い。ペルディーンタウンやエリニアシティのような田舎よりは治安が維持されている。ゲルビア帝国の人間も、他国の都市部で好き勝手動くのはあまり容易ではないだろう。


「ラウラの具体的な場所はわかんねえのか?」


 チリーの問いに、ミラルは首を左右に振る。


 羊皮紙に書かれた目印は非常に大まかなもので、目的地がフェキタスシティであること以外は書かれていないのだ。恐らく父がこの羊皮紙に地図を書いたのは、エトラが現れてからすぐのことなのだろう。細かく書き記す余裕はなかったのだ。


「この町のどこかにいる……それしかわからないわ」

「まあいい。虱潰しに探すとするか」


 嘆息しつつ、チリーは露天市場を適当に眺める。


 フェキタスシティは三十年前にも訪れたことのある町だ。位置の関係上元々少し栄えた町ではあったが、今は以前の数倍は活気があるように感じられた。


「……変わるモンだな。三十年もありゃ」


 通り抜けるような僅かな寂寞感に、チリーはらしくないなと溜息をつく。


 感傷に浸ることは、意味がないことのように思えた。

 既に過ぎ去ったものは、もう戻りはしないのだから。


「来たことあるの?」

「一度だけな。昔からそれなりにデカい街だったが……まあ随分と栄えたモンだ」


 そう言って嘆息し、チリーは言葉を続ける。


「ここをくまなく捜すのは骨が折れるぞ」


 チリーの言う通り、なんの取っ掛かりもなく一人の人間を捜すのは難しいだろう。小さな田舎町ならまだしも、ある程度栄えた街なら余程有名人でもなければすぐには見つからない。


 何かないかと考え、ミラルははたと気づいてブローチを取り出す。


「このブローチでわかる人がいないかしら」


 何度見ても息を呑むような美しさの宝石だ。ちょっとやそっとの宝石ではない。これがどこかの王族の持ち物だと言われても違和感がない程だ。


 ミラルがその美しさに魅入られた――その僅かな一瞬だった。


「……えっ?」


 背後から、薄汚れた少年がぶつかってくる。その瞬間、少年はミラルの持っていたブローチを素早くひったくった。


「……この馬鹿」


 小さく舌打ちして、チリーは困惑するミラルをその場に放置してすぐに少年を追いかけた。


 チリーが少年に追いつくまで、ほとんど時間はかからない。


 そのまま追い越して先回りしてチリーが立ちはだかると、少年はチリーに正面から勢いよくぶつかった。


「俺達からひったくろうなんていい度胸してんじゃねえか」


 尻もちをつく少年を、チリーは見下ろしながら両手を組んで見せる。


「さっさとそいつを置いて消えな。痛い目に遭いたくなかったら――――」


 しかし言葉を言い終わらない内に、少年の投げつけた砂がチリーの目の中に飛び込んでくる。


「な゛ッ……!?」

「うっせーばーか!」


 この少年、咄嗟に地面の砂を掴んでチリーに投げつけたのだ。


 いかにエリクシアンと言えど、感覚器官を直接狙われれば完全には無視出来ない。


 チリーが怯んだ隙に逃げ出していく少年の背中を見て、チリーは静かに笑った。


「……ふっ」


 そして次の瞬間には、顔を引き攣らせながら怒りを露わにしていた。


「上等だクソガキ! 俺を怒らせるとどうなるか教えてやらァーーーーッ!」


 少年がチリーによって捕らえられたのは、それからわずか数秒後のことであった。



***



 ミラルがチリー達に追いついたのは、丁度少年がチリーに捕らえられた頃だった。


 チリーに首根っこを捕まえられ、少年の身体はプラプラと揺れている。必死でもがいているようだったが、そう簡単には逃げられないだろう。


「さて、ぶっ飛ばされる覚悟はあるんだろうなァ?」

「クソ! 離せ!」


 少年の手にはしっかりとブローチが握られたままだ。ひとまずミラルは、奪われたブローチを取り返す。


「ダメじゃない。人のもの盗ったりしちゃ」

「うるせえな! 関係ねえだろ説教すんな!」


 年の頃はまだ十もいかないくらいだろうか。身なりはあまり良くなく、着ているシャツやズボンは薄汚れている。腰には、小さな布の袋が提げられていた。

 くしゃくしゃの黒い短髪は自分で切っているのか、かなり乱れているように見えた。


「子供相手に本気になりやがって! 大人げねーんだよ!」

「おーおー悪かったな、大人げなくってよー」


 そんなことを言いつつも、チリーは首根っこを掴んだまま少年を片手で振り回す。流石に加減はしているようだったが、その光景の大人気なさにミラルは頭を抱えた。


「チリー、やめてあげて」

「へいへい。……ったく、金がねーなら他を当たりなクソガキ」

「どこもダメよ」


 ひとまず揺れと回転から解放された少年は、チリーをキッと睨みつける。


「お前ら覚えてろよ! お前らなんか、俺がエリクシアンになったらボコボコにして丸めて井戸に詰めてやるからな!」

「こら! 井戸が詰まったらみんなが困るのよ!」

「そこじゃねえだろ……」


 ミラルのズレたコメントの方に一度気を取られるチリーだったが、少年の”エリクシアン”という言葉を聞き逃してはいない。


「……お前、今エリクシアンっつったか?」


 チリーが問い返すと、少年は口角を釣り上げて見せながらチリーを鼻で笑う。


「なんだお前、そんなことも知らないのか?」

「自分の状況がまだよくわかんねえらしいな」


 再びチリーに振り回される少年の、哀れな叫び声が周囲に響き渡った。

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