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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season3「The Origins Of The Legend」

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episode55「絶対にNo!-Absolutely No!-」

 チリーとゲルビア兵達との戦いの騒音は、裏門に近づくにつれてシア達にも聞こえるようになった。


 相当派手に暴れているのか、兵士達の野太い悲鳴が頻繁に聞こえてくる。


 アレに挑んで無傷ですんだことに感謝しつつ、シアは裏門まで辿り着く。周囲を警戒しながらここまで来たが、今のところ気配はない。


 裏門も既に開放されている辺り、この辺りももうゲルビア兵に荒らされた後なのだろうことが窺える。三人で息を潜め、シア達は里の中へ裏門から入っていった。


 チリーの陽動がうまくいっているのか、この辺りにも気配はない。シアはミラルへ目配せしつつ、慎重に大ババ様の家へと向かっていく。


 シア達はすぐに、一軒の木造建築へ辿り着く。丸太を重ねて作られたその家は、もう何百年も前から、修復しながら使われ続けている家だ。この里にある家はどれも同じようなもので、長い年月の中、破損と修復を繰り返しながら常に里の人間に寄り添ってきた建築物なのである。


 思わず気が急いて、シアは家へ駆け寄る。両手が塞がっていてドアを開けられないのを見越して、慌ててミラルがついてきて、ドアを開いた。


「おばあちゃん!」


 開口一番、悲鳴じみた声を上げたシアは、家の奥で縛られている老婆を見て目を潤ませる。


 慌てて駆け寄り、かがみ込んで様子を見ると気を失っているだけなのがわかって安堵した。


「シュエットを寝かせるわよ。手伝って」

「はい!」


 普段大ババ様の使っている布団にシュエットを寝かせると、シアはすぐに近くの棚から小瓶を取り出す。


 血のように赤い液体の入ったその小瓶が、恐らく治癒の秘薬なのだろう。シアは乱暴にコルクを抜いて封を開けると、仰向けに倒れているシュエットに強引に飲ませた。


「げっ……ゲホッゲホッ!」

「ちょ、ちょっとシアさん!」


 突然秘薬を飲まされて咳き込むシュエットだったが、吐き出さずにどうにか飲み込んだようだ。しばらくはむせたままだったが、やがて静かに意識を失った。


「このまま安静にしてないとダメよ。この傷だとどれだけかかるか……」


 治癒の秘薬は、飲んだものの回復力を急激に上昇させて強引に回復させる秘薬だ。人間の持つ自然治癒能力を、最大限に高めるものである。そのためには本来あり得ない速度での急速な代謝が必要になる。そのためにも、睡眠は必要不可欠な要素なのだ。


「あとはおばあちゃんを……」


 言いかけ、シアは異様な気配を感じ取る。


 そして次の瞬間、シアの頬のすぐ横を正体不明のロープ状の何かが高速で通り過ぎていった。


「――――っ!?」


 そこにあったのは、薄っすらと淡い光を放つ光線状のロープだ。家の入り口から伸びたソレが、ミラルの身体を縛り付けているのだ。


「これは……っ!?」


 驚愕するミラルを引き寄せながら、ロープが縮む。そしてミラルを抱き寄せつつ、一人の男が家の中へ入ってきた。


 ゲルビア帝国の軍服を身に纏ったその男は、ミラルと変わらない背丈の小柄な男だった。白い、不気味な仮面を身につけたその男に、ミラルは既視感を覚えて怖気だつ。


「あ、あなたは……っ!」

「久しぶりだね? そうだね? ミラル・ペリドット……!」


 その男の名は、エトラ・グランヴィル。

 かつて賢者の石の情報を求めてペリドット家を襲い、ペルディーンタウンでミラルを捕らえようとしたエリクシアンである。


 エトラは以前、チリーに敗北して消息不明になっていたが、死んではいなかったらしい。


 ミラルは即座に、エトラの腕に噛み付いた。


 仮面の裏でエトラが顔をしかめている隙に、聖杯の力でエトラの能力を奪おうとした……が、その土手っ腹にエトラの拳が叩き込まれる。


「うっ……!」

「油断も隙もないね? そうだね? ミラル・ペリドット?」


 捕らえられてもすぐに対応しようとする胆力は、ミラルにも身についた。しかしエリクシアンに直接殴られても尚まともに動ける程の力は、一朝一夕では身に付けられない。


 うずくまるミラルの身体には、エトラのロープが巻き付いたままだった。


「君は……シア・ホリミオンだね? そうだね?」

「なんでそれをっ……!」

「賞金稼ぎのシア・ホリミオン? 君は、誰にも気づかれずに荷馬車に侵入出来たと思っていたんだね? そうだね?」


 語尾に嘲笑が混じる。


 シアが忍び込んでいたことは、少なくともこのエトラには気づかれていたのだ。

 その上で、相手にされずに泳がされていたのである。


「報償金は……君にあげてもいいよ? シア・ホリミオン?」

「は…………?」

「我々の目的はあくまでミラル・ペリドットだからね? ルベル・C(チリー)・ガーネットはいずれ潰すべきだけど、今優先すべきは聖杯だね? わかるね?」


 シアは、聖杯については何も知らない。そもそも、チリーやミラルのような子供の手配書を、ゲルビア帝国が破格の報償金をつけて発行していること自体不思議だった。


「報償金があれば、君が賭けで負けた借金は全て返済出来るね? ディナー分のお釣りくらいはもらえるハズだね? そうだね? シア・ホリミオン?」


 これは……交渉だ。シアはすぐにそれに気づく。


 エトラは、シアに関する情報は既に調べ尽くしているらしい。


 里を抜け、ゲルビア帝国でふらついていたシアはギャンブルで大負けし、その借金の返済のために賞金稼ぎを始めたのだ。こんな場所まで来たのも、チリーとミラルの報償金目当てである。


「勿論君の出自も知っているよ? 里からは手を引いてあげるね?」


 このままミラルを差し出せば、金を渡して里から手を引く。それがエトラの出した条件だ。


 誰が聞いても即座にうなずく好条件だ。相手がゲルビア帝国ならなおのこと。逆らった場合のデメリットも考えれば、飲み込む以外にない。


「…………そうね」


 自分に言い聞かせるように、シアはうなずく。


 これを飲み込めば、シアの目的は全て達成される。あとはゲルビア帝国で金を受け取って、借金を返して適当に生きればいいだけだ。


「考えるまでもないね?」

「……ええ、その通りよ。帝国に楯突くつもりなんてないわ」


 そう言って両手を小さく上げるシアに、エトラは深くうなずく。


 ミラルはかなりの強さで殴られたせいか、既に意識を失っている。そんな彼女を半ば引きずるようにして、エトラは家から出ていく。


「また会おうね? シア・ホリミオン?」

「ええ、また……」


 そう返して、シアはスカートの裾をギュッと掴む。


 これでいい。


 何も間違ってはいない。


 エトラの背中を見送りながら、シアは歯を食いしばる。


「これで、全部……」


 ――――別に。ただ、どうしてほしいか顔に書いてあるぜ。化粧より濃くな。


 ――――絶対大ババ様も、里も助けましょうね!


「ああ、クソっ……!」


 一度地団駄を踏んでから、シアはミラルが置いていった自分の木箱を持ち上げた。



***



 悠然と歩くエトラ・グランヴィルは、背後で足音を聞き取った。


 そしてただならぬ殺気を感じ取って、仮面の裏でため息をつく。


「思ったより頭が悪いね? そうだね? ……シア・ホリミオン?」


 振り返ったエトラが見たのは、怒りに打ち震えるシア・ホリミオンの姿だった。


「一度だけチャンスをあげるね? 今引けば、見なかったことにしてあげるよ? シア・ホリミオン?」


 しかし音がする程歯を軋ませ、シアはエトラをにらみつけた。


「うるっせえのよボケがっ! 実家荒らされて、目の前でガキ攫われてっ! 黙ってられるかってのよっ!」


 瞬間、シアの持っていた箱が勢いよく一人でに開く。


 中から関節の折りたたまれた人形が飛び出し、関節を伸ばしながらゆらりとシアの前に立つ。そのサイズは、大体十代前半の少女くらいだろうか。シアよりも頭二つ分程小さい。


 その人形は、あまりにも精巧に作られた球体関節人形だった。パッと見では人間の少女とほとんど変わらない。真紅のドレスとヘッドドレスは如何にも人形然としているが、赤の中に色味の違う濃く毒々しい赤が飛沫のように混じっている。


 人形の手足から、一人でに糸が伸びると、それらがシアの指先に張り付いた。


「それが君の答えだね?」


 問いかけるエトラに、一瞬シアは迷いかける。


 だがそれを振り切り、エトラを睨みつけた。


「アンタの要求への答えは、全部”ノー”よっ! アンタをぶっ殺してでも、その子は取り返させてもらうわ!」


 ああ、なんて愚かなんだろう。


 人生何度目ともわからない後悔を感じつつも、シアはそれでも”今”を誇りに思う。


 今日のこの選択を、恥じることは一生ない。



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