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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season3「The Origins Of The Legend」

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53/112

episode53「言わんでいい-Bounty Huntress-」

(なんだ……?)


 ゲルビア帝国の兵隊にしては格好が華美だ。


 黒い、すらりとしたラインのワンピースだがレースやフリルなどドレスのような装飾が多い。化粧にアクセサリー、黒い薔薇の髪飾りと、とにかく森の中に似つかわしくない女だ。おまけに、その細い背中に年頃の子供と同じくらいのサイズの箱なんぞ背負っているのだから珍妙だ。


 女はブロンドのウェーブヘアを揺らしながら、青い瞳でチリーを睨んでショートソードを振るう。


 動きが直線的だ。すぐに剣に関しては素人なのだとわかる。


 だが、その珍妙な格好と重そうな箱からは想像も出来ないくらいに動きは速い。チリーがただの人間だったら、とてもじゃないがシュエットを背負ったままでは回避出来ない速度だ。


「チリー! 最悪の場合俺を降ろせ!」

「おう!」


 女の剣をかわしつつ、チリーは即座にシュエットを地面におろす。ドサリと音はしたが、傷口が開く程の衝撃はないだろう。恐らく。


 両手が自由になったチリーは、剣を避けつつ女の腕を掴む。細い腕だったが、振りほどこうと反発する力は予想よりも強い。


「つっ……!」


 握りしめると、女はうめき声を上げた。緩んだ右腕から剣を奪い取り、チリーは適当に遠くへ放り投げる。


「その辺にしとけ」


 女はしばらくチリーを睨みつけていたが、やがて戦意をなくしたのか小さく息をつく。それを確認してから、チリーはミラルの方を向いた。


「ミラル、ロープ頼む」

「あ、うん……」

「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ! 今のは放してくれる流れでしょうが!」

「ンなわけねえだろ! オラ大人しくしやがれ!」


 暴れる女は最終的にチリーに強引に捕らえられ、両手をロープできつめに縛られた。



***



 捕らえられた女は、そこから少し進んだ先の大木の傍まで連行された。尋問ついでに、チリー達も一休みしようという魂胆である。女は移動中もぶつくさと文句を言っていたが、チリーは取り合わず、ミラルも苦笑いするばかりだ。シュエットはチリーに背負い直された状態で、女をまじまじと見つめていた。


 余談だが、シュエットの名前が彫られている目印の木はその大木だった。


「アンタ、エリクシアンでしょ。動きが人間じゃなかったわ。手配書のルベルとかいうやつで間違いないわね」

「立場を弁えろ。今から質問するのは俺だ」


 凄んで見せるチリーだったが、女はそれを鼻で笑う。


「カッコつけてんじゃないわよ。欠片も殺気出さないで何言ってんだか」

「ンだとォ!?」


 女の言う通り、別にチリーは今からこの女をどうこうしようというつもりはない。追っ手だと過程した場合、いるなら他にどのくらいいるのか、どうやってこの付近に辿り着いたのか、等最低限回収しておきたい情報があるだけだった。


「あの、まずは名前から教えてもらえませんか?」


 どの道両手を縛られていてはどうしようもない。運良く隙をついて逃げられたとしても、この状態では獣の餌食だ。


 諦めて質問に応じることにした女は、深くため息をついた。


「シアよ。シア・ホリミオン。ゲルビアではてきとーに賞金稼ぎやってんの」

「まあ、大方俺とミラルに懸賞金でもかかってんだろうな。一人か?」

「あらお誘い? 悪いけどタイプじゃないわ。アンタお酒飲めるの?」

「他に仲間はいるのかって聞いてンだよ!」


 うんざりして頭を抱えるチリーを見て、シアは小さく笑みをこぼす。ペースはもうほとんどシアのものだ。


「あたしは一人よ。でも、ゲルビア兵の荷馬車に忍び込んできたから、連中がすぐ近くにいるわよ」


 シア自身は単独行動のようだが、既にゲルビア兵はチリー達を探してこの辺りまできているようだ。


 出発地点がヘルテュラシティなのはゲルビア帝国側にも伝わっている。その周辺に兵が送り込まれるのは自然なことだろう。


「……あー!」


 と、そこで突然シュエットが大声を上げる。


「ど、どうしたのシュエット……!」


 驚くミラルだったが、それには答えずシュエットはシアを指さした。


「シア! シアじゃないか!」

「だからさっきもそー言って……げ、もしかしてシュエット!?」


 シュエットに気づいた瞬間、シアは顔をしかめて後じさる。


「知り合いなの?」


 問うミラルに、シュエットは強く頷く。


「ああ! 聞き慣れない名字がついていて中々ピンと来なかったが、シアは俺の友人だ」

「違うわよ!」

「懐かしいなぁ。今までどこに行っていたんだ? 数年前から里にいないから心配したんだぞ」

「げぇ……」


 シュエットに、シアは心底嫌そうな顔を見せて辟易する。


「あんななんにもない閉鎖的な里、いつまでもいるわけないでしょーが! 冗談じゃないわよあんなクソ集落!」

「そうか? 俺は良いところだと思うが……」


 とぼけた調子でそう答えるシュエットだったが、不意に顔つきが真剣になる。


「……ちょっと待て。ゲルビア兵はすぐ近くまで来ていると言ったな、里は無事なのか!?」


 シュエットの言葉に、チリーもミラルもハッとなる。


 そしてシアは、一瞬だけ辛そうに顔を歪めた。

 しかしすぐに平然とした態度で笑って見せる。


「無事も何も、もうとっくに入り込まれてるわよ。手配書の二人が匿われてるんじゃないか、ってね」

「なんだとォ!?」


 語気を荒げるシュエットを茶化すように笑うシアだったが、そこに先程までの余裕はない。


 それに気づいたのか、ミラルは心配そうにシアを見つめていた。


「ま、ざまあないわよねー。むしろ今までほったらかしだったこと自体不思議なくらいだし、遅かれ早かれこうなったわよあんな場所」


 どこか自嘲気味に笑いながら、シアはそのまま続ける。


「部隊にはエリクシアンが編成されてる。里の連中は一般人よりは強いけど、それでも数とエリクシアンにはかなわないわね。ババアもお気の毒様」

「おいシア! そんな言い方はないだろう! お前の故郷だぞ! それに大ババ様はお前の――――」

「うるさいわねぇ! あんなクソ田舎とクソババア、どうなっても知らないわよ! あんな小汚くて、時代遅れで、何もない…………」


 そこまで言って、シアは口ごもる。


 しばらくその場に重たい沈黙が訪れたが、やがてそれをミラルが破った。


「シアさんは……私達を捕まえてゲルビアに差し出そうとしたんですよね?」

「そうよ。それが?」

「……そうしたら、ゲルビア兵が引き上げて、里が助かるから……ですか?」


 ミラルは、まっすぐにシアを見つめていた。


 その目に魅入られていると、まるで自分が見透かされているような気がしてシアは居心地が悪かった。


 すぐには答えられず、逃げるようにしてシアは目をそらす。


「憶測で勝手なこと言わないでよね……」


 シアは、まさか行き先がここだとは思ってもいなかった。


 手配書の噂を聞き、捜索に向かうゲルビア兵を付け回し、荷馬車に勝手に潜り込んだ。ヘルテュラシティの付近だというのはわかっていたが、まさかウヌム族の里が発見されるとは思っていなかったのである。


 里が見つかったのも、単なる偶然だ。手配書の二人を探して街道を外れ、森の中を捜索している時に痕跡が見つかり、里が攻め込まれたのだ。


 感情がこぼれだしそうになるのをグッとこらえて、シアは顔をうつむかせる。


 ルベル・C(チリー)・ガーネットは、赤き破壊神とまで呼ばれたエリクシアンだ。あのサイラス・ブリッツを退け、噂では殲滅巨兵モルスと呼ばれる巨大な魔法遺産オーパーツを破壊したという話もある。


 もしこの少年が味方だったら……と考えてしまうのを、シアはかぶりを振って振り払う。あくまで彼はゲルビア帝国の敵、というだけであり、シアの味方でもなければ里の味方でもない。


 そんなシアの顔を、いつの間にか屈んでチリーが覗き込んでいた。


「……何よ」

「別に。ただ、どうしてほしいか顔に書いてあるぜ。化粧より濃くな」


 そう言って、チリーは不敵に笑う。


 それが妙に頼もしく見えて、シアは抑えていた言葉を吐き出しそうになる。


 しかしチリーは、それを遮えるようにして立ち上がって口を開いた。


「言わんでいい。俺は里とババアに用があンだよ……勝手にやらせてもらうぜ」


 どこか怒りの色を映したチリーの双眸が、先を見据える。


 ミラルもシュエットも、一切異論はなかった。


「どうせ行き先は一緒だ。案内しな」


 チリーの言葉に、シアは恐る恐る頷いた。

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