episode52「強襲する女-Bounty Huntress-」
かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産……賢者の石。
三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊と呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。
制御出来ない膨大な力を持つ賢者の石だったが、ソレを制御する方法が一つだけあった。それが、ミラル・ペリドットの持つ魔法遺産、聖杯である。
テイテス王国での悲劇の引き金の一つとなった少年、ルベル・C・ガーネットは、ミラルと出会い、賢者の石を破壊するための旅を始める。
賢者の石の手がかりを見つけ出すため、テイテス王国へ向かう道中、二人はラズリル・ラズライトと共にヘルテュラシティを訪れた。
しかし、ヘルテュラシティに眠る破壊兵器、殲滅巨兵を狙うゲルビア帝国は、自国における最強の部隊、イモータル・セブンからサイラス・ブリッツ達を送り込んでいた。
殲滅巨兵を巡ってサイラス達と戦ったチリー達は、目覚めた殲滅巨兵をミラルの聖杯の力によって破壊することに成功する。
ヘルテュラシティを守るヴァレンタイン騎士団。そのメンバーであるシュエット・エレガンテや、団長のレクス・ヴァレンタインと共に戦うことで、チリーは守るために戦う生き方を知る。
破壊と精算のためだけに戦うのではなく、ミラルや、賢者の石の被害者になり得る人達を守るために賢者の石を壊す旅を続ける。そう決めたチリーは、シュエットの案内で、ミラルと共に”ウヌム族の里”へ向かうことになった。
ヘルテュラシティとテイテス王国の中間にあるその小さな里は、かつて世界を支配していた原初の魔法使いの血を引く一族である。賢者の石、聖杯、原初の魔法使い、それらの謎を紐解くため、一行はウヌム族の里へ向かった。
***
ヘルテュラシティから出発した一行は、ローブを目深に被って顔を隠し、街道は避けて歩いていた。理由は簡単で、既にチリーとミラルはゲルビア帝国にマークされているのが明白だったからだ。
サイラスはミラルの聖杯の力も、チリーのエリクシアンとしての力も両方見ている。報告は必ず本国まで届いているだろう。
それに、ウヌム族の里は街道を普通に歩いていても見つかることはない。整備されていない森の奥に、ウヌム族はひっそりと住んでいるのだ。
シュエットをおぶっていることもあって、三人の姿はどうしても目立つ。休む時間は最低限に抑え、なるべくはやく里に辿り着けるように急いだ。
「シュエットソード、聖剣エレガンテ、シュエットブレード、アダマンタイトシュエット……ぬあー! 決まらん! チリー、なにか思いつかんのか?」
「うるっせえな! どーでもいいだろーが剣の名前なんぞ!」
「いいわけあるか! 伝説の騎士の剣には固有の名前がついているものだろう!」
「だったらもうちょっと真面目に考えろよ! 大体なんだアダマンタイトシュエットって! お前がアダマンタイトで出来てンのか!?」
「……そうかも知れん」
ふっ、などと笑みを見せつつそんなことをのたまうシュエットに、チリーは呆れ果ててため息をつく。
このシュエットという男、実際に怪我は酷いのだが精神の方はやたらとピンピンしている。こうしてチリーにおぶさった状態でも、元気に騒げる程の余力があるらしい。
「普通にアダマンタイトソード……とかじゃダメなの?」
剣の話題は今までスルーしていたミラルだったが、チリーとシュエットがこの言い合いをするのも大体三度目だ。ここらで適当な落とし所が必要だと思ったのか、やや控えめに提案する。
最初こそ敬語を使っていたミラルだったが、ラズリル同様シュエットもやめるように頼んできたので今は使わないようにしている。ミラルとしても、この方が話しやすくて楽なのだ。
「ああ、もうそれでいいだろ」
適当に答えるチリーだったが、その上でシュエットは小さく唸って悩んでいる。
レクスが持っていた金剛鉄剣は、身の丈程もある片刃の大剣だ。それに対してシュエットが持つのは、アダマンタイトで打たれていること以外は一般的なロングソードである。形状的にもアダマンタイトソードが丁度いい落とし所だろう。
「良い案だがもう一押し欲しいところだな……! よし、保留にしよう!」
通算三度目の保留である。
「アホくせー……こいつ降ろしていいか?」
「ダメよ……里に辿り着けなくなるわ」
「そうだぞ。困るのはお前だチリー」
思わず放り投げたくなるのをグッとこらえて、チリーはシュエットを背負い直す。
ヘルテュラシティを出てから、既に二日が経過している。
初日から悪天候が続き、三日目の今日になってようやく満足に歩ける天候に落ち着いたのだ。今のうちに歩を進めておかなければならない。
時刻は大体正午過ぎと言ったところだろうか。街道を避けていることもあってか、追っ手の気配はまだない。
辺りは鬱蒼と草木が生い茂り、それなりに深い森の中、と言った様子だ。獣の気配も多く、夜中はチリーが警戒し続けていなければかなり危険な程だ。普通ならとっくの昔に遭難するなり獣の餌食になるなりしている。
雨上がりの森は独特の臭いが立ち込めている。濡れた地面や雑草を踏みしめながら歩く感覚は、あまり気持ちの良いものではない。
「おいシュエット、これほんとに里に向かってんだろうな?」
というかもう既に遭難しているのではないか、と言う不安はチリーの中でつきない。言わずもがな、ミラルも一抹の不安を覚えているところである。
「ハッハッハ、俺が何度里を訪れたと思っている。年に一度は父上と一緒に来ていたんだぞ」
「もしマジで地形覚えてるってンなら後で褒めてやるよ」
「遠慮するな、今褒めろ」
言いつつ、シュエットは近くの木を指差す。
「あの木なんてもう少し小さい時から何度も見ている木だ。立派に育ったな、まるで俺のようだ」
「ああそーかい」
「根本を見てくれ、俺の名前が彫ってあるハズだぞ」
適当に聞き流していたチリーも、それを聞いてなるほど、と頷く。目印があると言われれば説得力も高まる。
すぐにミラルが木の根本を覗き込んだが、しばらく眺めた後眉をひそめて戻ってきた。
「……なかったわよ……」
「……そうか。そーゆーこともあるな、うん」
「おいこいつマジで降ろしていいか?」
「よせ。俺が死んだらどうする? 悲しいぞ……待て揺らすな傷口が開く!」
ほんとにこの状態で里まで辿り着けるのだろうか……。そろそろ頭が痛くなってきそうなチリーだったが、不意になにかの気配を感じて真剣な顔つきになる。
「……チリー?」
「……俺から離れるな。追っ手だ」
チリーは、気配だけですぐに理解する。これは獣の気配ではなく、人間の気配だと。
数は一人。恐らくエリクシアンではないだろう。
そこまで判断して、チリーは訝しむ。追っ手なら、こちらの正体をわかった上でたった一人で追いかけてくるだろうか? それとも、シュエットを背負っている今なら隙をつけると判断したのだろうか。
しばらく動きを止めて様子を伺ったが、特に動きはない。
(……カマでもかけるか)
「気のせいだ。先を急ぐぜ」
チリーが一言そう呟くと、隣でミラルがほっと胸をなでおろす。振り返るとシュエットが顔をしかめていたが、チリーは目で合図して見せた。
「おいチリー、まだいるぞ」
(……なんっも伝わっとらん)
気配に気付ける程の鋭さはあるが、アイコンタクトは全然わかってくれないシュエットであった。
ため息をつきかけるチリーだったが、そこで隠れていた追っ手の気配が動く。
木の陰から飛び出し、全速力でこちらに向かってきた黒い影は、背後からチリー目掛けてショートソードを振り上げる。
即座に、チリーはシュエットを背負ったまま高く跳躍した。
チリーは体内の魔力を高い精度でコントロール出来る。全身をゆっくりと巡っていた魔力を、瞬間的に両足へ集中させ、わずかな屈伸運動から高く跳躍した。
「――っ!?」
驚いた追っ手の頭上を飛び越え、追っ手の背後に着地する。すぐに振り返った追っ手は、美しいブロンドのウェーブヘアの女だった。




