episode50「次の手がかり-Next Start-」
そもそも倒れていたシュエットは、チリーがエリクシアンだったことくらいしか聞かされていない。旅の事情など知る由もなかったので、いきなり賢者の石がどうこうと言われてもわかりようがない。
ひとまず一から事情を説明すると、シュエットは口をあんぐりと開けたまま一度硬直してしまった。
そして数秒後に一言。
「な、何故教えてくれなかった……」
と大げさに肩を落とす。
「何故ってそりゃ、お前に言っても仕方ねえと思ってたしな……」
「もっと! はやく! 教えてくれたら! もっとはやく力になれたかも知れんだろーがー!」
「え? あ、すまん……」
シュエットの妙な勢いに気圧されて、思わず謝ってしまうチリーがおかしくて、ミラルはクスリと笑みをこぼした。
「チリーくん、やっぱり少し丸くなった感じがするね」
「……うん。そうみたい」
ラズリルとそんなことを話しつつ、ミラルはチリーの横顔を見つめる。
運命も、責任も、一緒に背負うと決めたからなのだろうか。
少しだけ肩の荷が下りて、前より余裕が持てたのかも知れない。
だとすれば、こんなにうれしい変化はない。
「まあ、俺自身はなんも知らんのだが……。その手の事情をある程度知っていそうな人物なら知っているぞ」
「本当か!?」
「本当だとも! シュエット・エレガンテの名にかけて、不要な嘘はつかん! 特に、恩のある人間にはな」
わざとらしいシュエットのウインクを避けつつ、チリーは食い気味にシュエットへ問いを重ねる。
「で、誰だそいつは?」
「うむ。大ババ様だ」
「…………?」
「誇り高きウヌム族の大ババ様だ。聞いたことないか?」
シュエットがそう言うと、チリーやミラルよりも先にラズリルがピクリと反応を示す。
「シュエットくん! ウヌム族に知り合いがいるのかい!?」
大声を上げるラズリルの隣で、思わずミラルが肩をびくつかせる。チリーも”ウヌム族”という言葉には聞き覚えがあるのか、真剣な表情で腕を組んでいた。
「あの……ウヌム族って?」
「ウヌム族っていうのは、アルモニア大陸に昔からいる少数部族のことだよ。ラズ達が生まれるよりずっと昔、伝承で魔法使いと呼ばれる者達が存在したことは知っているね?」
かつてこの世界は、人知を超えた力を操る魔法使い達の支配する世界だった。賢者の石や聖杯、殲滅巨兵等は彼らの遺した魔法の遺物、魔法遺産である。
それ故に魔法遺産は人知を超えた力を宿しているのだ。
この辺りはミラルもある程度は知っている。ミラルが頷くと、ラズリルは説明を続ける。
「ウヌム族と言うのは、古の魔法使い……”原初の魔法使い”の血を引く一族のことなんだよ。正直、まだ生き残っているとは思っていなかった」
血を引く、という意味では今生きている人間も原初の魔法使いの遠い子孫であることには違いない。しかしウヌム族の場合は、彼らの信仰するたった一人の原初の魔法使いの血を濃く残すために純血の者だけが集まり、部族として残り続けている者達だ。
その存在は広くは知られておらず、現代においては実在すら疑われている民族である。
「ウヌム・エル・タヴィト。ウヌム族が信仰しているとされる原初の魔法使いだ。ウヌム族という名前もそこから来ている」
詳しいことまでは知らなかったようで、途中からはチリーも興味深げにラズリルの話を真面目に聞いている。
しかしその一方で、シュエットの方は悔しそうにプルプルと震えていた。
「ら、ラズリルさん……」
「どうしたシュエットくん」
「……俺に説明させてほしかった……ッ!」
「あ、ごめん……」
気まずく目をそらすラズリルだったが、シュエットはすぐに気を取り直す。
「とまあそういうことだ。エレガンテ家は古くからウヌム族と交流があるのだよ」
「交流があるということは……まさか彼らは近くに住んでいるのかい?」
「そうとも。ウヌム族の里は地図にないが、アギエナ国とテイテス王国の中間に実在する」
「わーお……」
灯台下暗し、と言ったところだろうか。別にラズリルはウヌム族を探していたわけではないし、知識として知っていただけなのだが、幻の部族の里が意外と近場にあると知れば流石に言葉を失う。
シュエットとラズリルはこうして盛り上がっているのだが、ウヌム族自体にはそこまで興味のないチリーと、そもそも知らなかったミラルはなんとなく温度差を感じていた。
「要は、ウヌム族の連中なら色々知ってるかもって話だろ? よし、行こうぜ」
「聖杯についてもなにかわかると良いんだけど……」
ウヌム族は閉じた部族で、遥か古代の文献や知識が部族内に残っている可能性が高い。
そもそも賢者の石も聖杯も、不明な点が多過ぎるのだ。聖杯がミラルの中にある以上、それらの謎は紐解かねばならない。
「……俺が案内しよう。エレガンテ家の人間でなければ門前払いを受ける」
「怪我の方はいいのかよ? 相当ひどかったハズだぜ」
「ああ、怪我は本当に酷い。だが、恩を返さなければエレガンテの名に泥を塗ることになる。何よりそれでは俺が俺を許せん」
「別にお前じゃなくても良いんじゃねえか……?」
「それは駄目だ。老体の父上や母上にそんなことをさせるわけにはいかん……それに、恩は俺自身が返さなければ意味がない!」
出来ればシュエットに無理をさせたくなかったが、サイラスがゲルビア帝国に戻った以上、ミラルの聖杯に関しては既にゲルビア帝国に伝わっているだろう。アギエナ国に長居している余裕はない。出来ることなら今すぐにでも出発した方がいいくらいなのだ。
それに、今の口ぶりからするとどうやらシュエットには兄弟はいないようだった。
「……老体と大怪我した奴なら後者の方を労るべきじゃねえか……?」
「それに、ウヌム族の里には治癒の秘薬がある。そいつを分けてもらいに行こう」
思わず真顔でツッコミを入れるチリーだったが、シュエットはもうあまり聞いていなかった。
「治癒の秘薬か……。一応聞くんだけどシュエットくん、見たことあるのかい?」
シュエットの言葉に、すぐに反応したのはラズリルだ。
「あるともさ。そもそもエレガンテ家とウヌム族の交流は、その治癒の秘薬から始まったようなものだ」
治癒の秘薬。これはチリーも知らなかったようで、ミラルと一緒に話から置いていかれている。
治癒の秘薬は、ウヌム族の里に伝わる秘伝の万能薬だ。原初の魔法使いの時代に作られたその秘薬は、あらゆる傷や病をたちどころに治すと言われている。
数百年前、当時のエレガンテ家の男が、大雨の日に森で倒れていたウヌム族を助けた。しかし土砂崩れに遭って致命傷を負ってしまった。彼はウヌム族によって里まで運ばれ、治癒の秘薬によって息を吹き返した……。というのがエレガンテ家で語られる交流のルーツだ。
以来、エレガンテ家とウヌム族は交流を持ち、秘薬を食料、酒を含む嗜好品等と交換するようになったのだという。
「ミラルさん、あなたの両手の傷も、治癒の秘薬で治せるハズだ」
「この傷を……?」
ミラルの両手は、火傷によって酷くただれており、感覚もあまりない。包帯を外せるようになっても、酷い傷跡が残ることは間違いない程の傷だ。
「……なら尚の事頼む。俺達をウヌム族の里へ連れて行ってくれ」
「連れて行くと言っているだろう! 心配するな、この俺に任せておけ! ハッハッハッハッハッ……げほっ」
高笑いする程の身体的余裕は、まだないようだった。




