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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode5「赤き過去と、 旅の始まり-The Past Destiny,New Journey-」

 ミラルの目は、あまりにも澄んだ決意に満ちている。

 濁りのない宝石のような瞳はどこか怯えるように揺れていた。


 そこに何かの面影を見たのか、チリーは一度どこか遠くを見るようにミラルから視線を外す。


「私は真実を知りたい。賢者の石が何なのか、どうして私の家が襲われなくちゃならなかったのか」


 そしてそのためなら、プライドを捨ててでも生き延びなければならない。

 そのための力を、ミラルは何としてでも借りなければならなかった。


 しばしの間、沈黙が訪れる。


 やがてチリーが沈黙を破り、不敵に笑いながら口を開く。


「テメエのお守りなんざ冗談じゃねえが……今のところ手がかりはテメエだけだ。いいぜ、乗ってやる」


 交渉成立を示すチリーの言葉に、ミラルは胸をなでおろしかけてしまう。しかしまだ安心するには早い。口約束が成立したからと言ってその場で油断するのは三流、というのは父アルドの言葉だ。


「他に手がかりはねえのか? 親父は何か言わなかったのか?」


 チリーの問いに、ミラルはすぐに折りたたんだ羊皮紙を取り出す。この中身は、ミラルもまだ知らない。


「……これは」


 羊皮紙に描かれていたのは、簡単な地図だった。


 ミラル住んでいた町はエリニアシティと言う。そこからしばらく西に進んで、今いる場所がペルディーンタウンだ。

 更にそこから西へ進むと、フェキタスシティという都に辿り着く。


 地図は、その道のりを簡単に描いたものだった。フェキタスシティを示す部分には大きく丸がつけてある。


 恐らくフェキタスシティを目指せ、という意味だろう。


「ここにあんのか?」


 羊皮紙を覗き込むチリーに、ミラルはかぶりを振る。


「わからないわ。父の最後の伝言は”ラウラ・クレインに会え”だったのよ。知ってる?」

「……知らねえな。お前の親父、もっと色々教えてくれても良かったんじゃねえか?」

「無理よ。お父様からこれを渡されてからすぐだったのよ、エトラ達が私の家を襲撃したのは……」


 話している内に、ミラルは昨日のことを思い出す。


 あれからペリドット家がどうなったのか、ミラルにはわからない。引き返して確認したかったが、それでは父がミラルを逃した意味がなくなる。


 それ以上に、ミラルはペリドット家の悲惨な末路を目の当たりにしたくなかった。


 父から賢者の石の情報がわかっているなら、わざわざエトラがミラルを追ってくる必要はない。そう考えれば、父はもう既にこの世にはいないのかも知れない。


「いや……待てよ」


 陰鬱とした思考に埋没しかけたミラルを、チリーの一言が引き上げる。


「ラウラ・クレインは知らねえが、ヴィオラ・クレインなら知ってるぜ」

「ヴィオラ・クレイン?」

「ああ。名字が同じってだけで関係あるかわかんねえけどな。ヴィオラ・クレインは、霊薬エリクサーを発見した研究者だ」

「え!?」


 霊薬エリクサーとエリクシアンは、その存在こそ認知されているものの、世間的には明らかになっていない。


 特にエリクサーが発見された経緯や、どのようにして生成されているかなどは知っている者はほとんどいないのだ。


 かつて古代人類が用いていた魔法を再現しようとした結果、偶発的に生み出された液体、というのが通説だが、真相は少なくとも一般市民や町の一貴族くらいでは知る由もない。


 霊薬エリクサーを摂取すれば、人間を越えた身体能力と特異な能力を持つ超人、エリクシアンになれる。そしてエリクシアンは、戦時中たった一人で戦況を覆すことが出来たと言い伝えられている。一般的に知られているのはこれだけだ。


 それ故に、ペルディーンタウンの人達はチリーやエトラを恐れたのだ。


「……俺はエリクサーを、賢者の石由来の何かだと踏んでいる。もしラウラ・クレインがヴィオラ・クレインと関係あんなら、お前の親父がラウラに会えっつったのも賢者の石と関係あるハズだぜ」

「エリクサーと賢者の石は、関係があるの?」

「ああ。……俺がエリクシアンになったのは、賢者の石に触れたせいだからな」


 チリーの言葉に、ミラルは目を見開く。


「アンタ、一体何者なのよ……! 賢者の石って一体……!」

「けっ、俺が何者なのか、むしろ俺が聞きてェくらいだぜ」


 吐き捨てるようにそう言って、チリーは言葉を続ける。


「……賢者の石は……俺が思うにバカでかい魔力の塊だ。あんなモンは人間の手の中にあっちゃいけねえ」


 あまりにも強過ぎる力。それが人の手にあるべきではないという考え方は、理屈ではミラルにもわかる。しかしどうにも現実味がなかった。


 それを表情から察したのか、チリーは言葉を続ける。


赤き崩壊(レッドブレイクダウン)を知ってるか?」

「――――っ!」


 赤き崩壊(レッドブレイクダウン)


 それは三十年前、ここより遥か北にあるテイテス王国で起こった正体不明の大惨事だ。

 突如国全体を真っ赤な光が包み込み、一瞬にして国一つが瓦礫の山へと変貌した惨劇である。


「……アレを引き起こしたのは、賢者の石だ」

「……っ!」


 チリーの言葉に、ミラルは息を呑む。


「俺は以前……賢者の石を求めて旅をしていた。何人かの仲間とな」


 過去を懐かしむように、チリーは静かに語る。


「賢者の石はあらゆる願いを叶える。万能の力をもたらす。そんな伝説を俺達は真に受けた。孤児院育ちのガキ共が、分際もわきまえずに伝説を追った……」


 自嘲気味に話すチリーに、ミラルはかける言葉が見つからなかった。

 その話の向こうに、悲劇的な結末がチラついているような、そんな話し方だった。


「俺達がテイテス王国で賢者の石を見つけ出し、それに触れた時、賢者の石は一切制御が出来なかった。全てを破壊するまで止まらなかった……そばにいた俺達を除いてな」

「まさかそれが……」

「……ああ、赤き崩壊(レッドブレイクダウン)だ」


 そこで一呼吸置いて、チリーはそのまま言葉を続ける。


「その後賢者の石がどこに行ったのかはわからない。俺はあのまま消えたんだと思い込んでいた。残っていたのは……凄惨な瓦礫の山ばかりだったからな」


 エリクシアンは人間を超越した存在だ。年もほとんど取らず、生命力も遥かに強い。

 チリーの話していることが真実なら、チリーはそもそも三十年前の人間だ。見た目の年齢がミラルと変わらないのは、エリクシアンであるが故なのだろう。


「俺は赤き破壊神としてゲルビア帝国に追われ、身を隠した先で長い眠りについた。二度とこの力を使わないためにな」


 だが、破壊神は目覚めた。


 ミラルと出会い、そして賢者の石がまだ現存するかも知れないと知ったから。


「……俺は賢者の石がまだ人の手にあるなら、破壊しなきゃならねえ。あの惨劇を起こした人間の一人としての責任だと思ってる」


 チリーの口から責任、という言葉が出てきたことに、ミラルは少し驚いてしまう。


 重きを置く場所が違うだけで、チリーにはチリーなりの正義と、誇りと、責務があるのだ。


「……」


 もう少し聞きたいこともあったが、チリーはそのまま一度口を閉じる。赤き崩壊(レッドブレイクダウン)の一因が彼にあるのなら、あまり曝け出したくない過去なのだろう。問い詰めて、関係を壊すのは得策ではないという打算もあったが、辛そうに語るチリーを見ていられなかった。


 多少のを開けた後、ミラルは話題を少し切り替える


「私、ゲルビアには賢者の石を渡しちゃいけないと思う。あいつらに渡せば、きっと惨劇が繰り返されるわ」

「……恐らくな」


 エトラの所属するゲルビア帝国は、今もなお大陸内を制圧せんとして軍を動かす侵略国家だ。巷ではエリクシアンを量産して最強の軍隊を作っているという噂もあるくらいだ。エトラがエリクシアンであったことを考えると、この噂もかなりの信憑性を持つ。


 賢者の石を破壊するべきかどうか、正直に言えばミラルにはわからない。

 だが確実に言えるのは、ゲルビア帝国のように力を悪用しかねない者達にだけは渡してはならないということだ。


「……きっと、目的は同じね」


 恐る恐る、ミラルはチリーへ手を差し出す。


 もしかしたら、これは長い旅になるかも知れない。ただ利害が一致しているだけの関係でも構わなかったが、それでは息が詰まる。

 チリーはしばらくその手を見つめていたが、やがてしっかりと握り込んだ。


「足引っ張んじゃねえぞ、ミラル」

「わかってるわよ、チリー」


 こうして、二人の旅は始まりを告げる。


 これは、過去の運命がもう一度歩き出す物語。

 そして、新たな旅の物語。


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