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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season2「The Rebirth Of The Mors」

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episode47「少しだけ、おやすみ-Be With You-」

 ミラルが深い眠りから目を覚ました時、真っ先に見えたのはひどく不安そうなチリーの顔だった。


「え……?」


 思わず声を上げるミラルを見て、チリーは一瞬だけ泣き出しそうな表情になる。しかしすぐにいつもの仏頂面になると、ミラルから視線をそらした。


「……目が覚めたか」

「あ、うん……。ここは……?」


 ミラルが目覚めた場所は、どこかの部屋の中だった。ベッドの毛布が心地よい。時間は夜のようで、部屋の中の明かりは蝋燭だけだ。


「ヴァレンタイン家の別荘だ。本邸は滅茶苦茶になっちまったからな……」


 薄暗い視界の中で、浮かび上がるようにしてチリーの銀髪がよく見える。それがなんだか、不安を和らげるような気がしてミラルは静かに息を吐いた。


 ……が、すぐに気を失う直前のことを思い出して跳ねるようにして上半身を起こした。


「つっ……」


 身体の節々が痛む。どうにか動かして確認すると、両手には包帯が巻かれていた。


 両手は痛みがない、というよりはあまり感覚がなかった。取り替えられたばかりなのか、包帯は新品同然に見える。


「無理に起きるな。心配しなくても全部終わった後だ」

「全部って……」

殲滅巨兵モルスは破壊出来た……お前のおかげでな」


 あの時、ミラルは殲滅巨兵モルスを止めるために聖杯の力を最大限に使った。殲滅巨兵モルスの中の魔力を操作し、必要以上に増幅させることでオーバーヒートさせようとしたのだ。


 その瞬間からの記憶がない。恐らくその時点で意識を失ってしまったのだろう。


「私……どのくらい寝てたの……?」

「……三日だ」


 チリーの言葉に、ミラルは息を呑む。


 あれから丸々三日、ミラルは一度も目を覚まさなかったのだ。


(……あれ? でも、一度だけ……)


 記憶は朧げだったが、その前に一度だけチリーの顔を見たような気がする。


 必死で何かを叫んでいて、見たこともない顔で泣きながら。


「……ミラル」


 その時のことを思い出そうとしていると、チリーはまっすぐにミラルを見つめて口を開く。


「俺は、怖かった」


 そして振り絞るような声音で、チリーはそう呟いた。


「怖かったって……チリーが?」


 頷き、チリーは続ける。


「お前を傷つけちまったってわかった時と、お前がもう目覚めねェかも知れねェと思った時だ。……俺は、怖かったんだ」

「チリー……」

「……だから、お前が目覚めてよかった」


 普段、まるで本音を隠すようにぶっきらぼうに振る舞ったり、飄々として見せることがあるチリーが、包み隠さずに本音を話している。少なくともミラルにはそう見えた。


 自分が思っていた以上に心配をかけていたのだと知り、申し訳なく思うのと同時に嬉しくもあった。


 ミラルがチリーを心配していた気持ちが、一方通行ではなかったとわかったから。


「……ありがとう」


 ミラルの言葉に、チリーは一瞬だけ照れくさそうな表情を見せる。だがすぐに、その顔が陰った。


「あの時、何もわからないまま傷つけちまって、悪かった」


 サイラスとの戦いの途中、チリーは力が一切制御出来なくなり、身に纏った血と魔力に突き動かされるままに暴走していた。あの時のことは、チリー自身にも詳しいことはわかっていない。


 三十年前にも、命の危機に瀕した時、チリーはあの状態に陥ったことがある。自身を捕らえようと襲いかかるゲルビア兵を相手に、破壊の限りを尽くした。


 あれこそが、赤き破壊神の姿なのだ。


「私の怪我は気にしないで。それに……何度でも止めるわ。私がもう二度と、チリーを壊すだけの存在になんかさせない」


 あれは、チリーが瀕死の重傷を負ったことで起きた現象だ。チリー自身に制御出来るものではない可能性が高い。それなら、何度起きようとも止めて見せる。それがミラルの答えだ。


 チリーは以前、自分のことを破壊者だと言っていた。英雄でも、破壊神でもないと。それが少しだけ、ミラルの中でずっと引っかかっていた。


「……あなたは破壊者じゃない。二度と破壊者なんかにさせないわ」


 ミラルの言葉に、チリーは完全に虚をつかれたのか硬直する。


 目を丸くしたままミラルを見つめて、黙り込んだ。


 すぐには言っていることが飲み込めなかったのかも知れない。


 じわじわと染み込むようにして理解して、チリーの表情が少しだけ緩んだ。


「力も責任も、一人で背負わないで。私が手を貸すから」


 一人で制御出来ない力なら、二人で制御すれば良い。


 一人で背負えない責任は、二人で背負えば良い。


「一緒に背負えば良いのよ。責任も、運命も」

「……重てェぞ」

「わかってる。だから言ってるの。それに、私だって聖杯のこと、一人でなんて背負い切れない」


 賢者の石を制御し得る唯一の魔法遺産オーパーツ。エリクシアンの魔力を増幅することも、奪うことも出来るこの力は、ミラル一人で背負い切れるものではない。


「ああ。それこそ、お前一人にゃ背負わせねェよ」


 力強く頷くチリーに、ミラルはホッと安心して微笑む。お互いに受け入れ合えたのだと、なんとなく確信出来たからだ。


「……お前に会えて良かった」


 そう言って、チリーは見たこともない程穏やかな笑みをこぼす。そして――


「えっ?」


 そのままミラルの胸の中にふらりと倒れ込んできたのだ。


「え!? え!?」


 突然のことに困惑しつつも、心臓の鼓動が止まらない。


 全身が熱を帯びて、耳まで赤くなったような気がしてきたところで、ミラルはチリーの寝息を聞いた。


「あっ……」


 穏やかな寝顔だった。


 ただの少年が見せる無防備な寝顔が無性に愛おしくなって、ミラルはそっと頬をなでる。


「お疲れ様、チリー」


 もう少しだけ、このままで。


 きっとこれからまた、いくつもの苦難が降りかかる。


 だからせめて今日くらいは、このまま……。



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