episode46「手負いの獣達-Death and Awakening-」
ミラルが息を吹き返した直後、既に動きを止めていた殲滅巨兵から再び轟音が鳴り響く。
慌ててチリーとレクスが殲滅巨兵の方へ視線を向けると、そこにはリッキーを抱えて飛ぶサイラスの姿があった。
殲滅巨兵の方はもうピクリとも動かず、身体の中心から破裂するような形で壊れている。その場に膝をついたまま微動だにしないその姿は、最初からそこにあった銅像かなにかのようだった。
殲滅巨兵の周囲はかなり酷い有様だったが、幸い町への被害は少ない。爆風による影響はある程度あるだろうが、少なくとも激しい二次災害には繋がっていないだろう。
「まだあんな余力があんのかよあいつは……!」
チリーに一度敗れ、殲滅巨兵の爆発の渦中にいたハズのサイラスだが、まだ飛び回る程の余力があるらしい。
まだ意識がはっきりとしないミラルを近くに寝かせ、チリーとレクスはこちらへ向かってくるサイラスを見据えて身構えた。
感傷に浸る余裕もないまま、チリーの意識は戦いへと引き戻される。
(俺もレクスもいい加減限界だ……! それに、今はミラルを安全な場所に移してェ!)
サイラスがゆっくりとチリー達の前に降りてくる。その右肩には、リッキーが乱雑に抱えられていた。
「……よう」
チリーとレクスに視線を向け、サイラスは小さく息をつく。
既にチリーは身にまとっていた鎧も失い満身創痍の状態だが、サイラスもかなり魔力を消耗しているのか、翼以外はほとんど人間の状態だ。
その上でどこまでやれるかわからない。
チリーがミラルを一瞥してから目で合図すると、レクスはすぐに頷いた。
(ミラルを頼む……!)
レクスもかなりボロボロだったが、それでもなんとかミラルを抱きかかえると、その場を離れていく。
サイラスはそれを、追おうとはしなかった。
ただ黙ったまま、その場に残ったチリーを見つめていた。
「やるんだろ……? 相手してやるよ」
サイラスは必ず再戦を望む。そう考えて身構えるチリーだったが、意外にもサイラスはかぶりを振った。
「今日はもうやらねえよガキ、俺の負けだ。殲滅巨兵がアレじゃもうここに用もねえ……帰るぜ」
「何……?」
「それより名前を教えろよ」
そう告げるサイラスからは、戦闘中の異様な熱気はもう感じられなかった。
「……チリーだ」
「よし、覚えたぜ。じゃあな、また闘ろうやチリー」
それだけ言うと、サイラスは踵を返してチリーに背を向けた。真意がわからず戸惑うチリーに、サイラスは背を向けたまま振り返らなかった。
「それと……」
一度だけ立ち止まり、サイラスは振り返らないまま告げる。
「アホのシュエットに伝えとけ、もっと強くなってからまた来いやってな」
言い残すと、チリーの返事を待たずにそのままサイラスは去って行く。いつの間にか背中の翼は消えており、サイラスは歩いてその場を立ち去っていった。
張り詰めていた緊張がじわじわととけて、チリーは膝をつきかける。
「……また命拾いか。ムカつく野郎だぜ……」
口をついて出る憎まれ口だったが、今は何よりも無事にミラル達を逃がせたことへの安堵感が強い。
ふらつく身体をなんとか立たせて、チリーはレクスの後を追い始めた。
***
チリーに背を向け、サイラスはリッキーを抱えたまま悠然と歩く。
しかしその足取りは妙に重く、歩幅も狭い。どこか引きずるような歩き方だ。
やがて、サイラスの身体はわずかによろめく。リッキーを抱えたままどうにか踏みとどまり、サイラスは血の混じった唾を吐き捨てた。
リッキーを適当に地面におろし、サイラスは近くの木にもたれかかる。
「相手してやるよ、か……冗談じゃねえや」
自嘲気味に笑い、サイラスはこちらを真っ直ぐに見据えるチリーの目を思い出す。
アレは手負いの獣の目だ。
あの少女がチリーにとってどれほど大切なのか、推察する以上のことは出来ない。しかし間違いなく、チリーはあの少女を守るために命を賭けるだろう。
先程対峙したあの一瞬、チリーが見せた殺気はこれまで彼が向けたきたものの中で最も強烈だった。いくら負傷していたとは言え、サイラスがわずかに気圧される程には。
「守るためか……。なるほど、あいつにとっちゃその理由が一番燃えるってワケだ」
ひとりごちて、サイラスは立ち上がる。生きているのか死んでいるのかわからないリッキーを再び担ぎ上げ、サイラスは再び歩き出す。
「また万全の状態で闘ろうぜ。次は俺が勝つ」
チリーに告げた言葉に嘘はない。サイラスはあの時、間違いなく負けていた。勝敗の着いた闘いに、後から泥をかけるのはサイラスの流儀に反する。命を拾ったのはサイラスにとっても計算外だったが、次があるというのも案外悪くない気持ちだった。
殲滅巨兵の件、リッキーの件、チリーの件、そして妙な力を持つ少女の件。報告せねばならないことがいくつもある。
熱が冷めれば顔を出してしまう軍人としての責任に、サイラスは心底うんざりした。




