episode45「祈り-Death and Awakening-」
殲滅巨兵の爆発は大きく、チリーやレクス、サイラスまでもがその爆風に吹き飛ばされた。
爆風を自分の背中で受け止め、チリーは必死にミラルを抱きかかえる。
チリーは空中で身体を強引に捻って背中から地面に落下して転がり、血反吐を撒き散らす。いくらエリクシアンとは言え、受けたダメージが多過ぎる。苦痛に耐えながらも、チリーはミラルの安否を確認した。
今の爆風による外傷はない。しかし意識を失った状態だ。
「ッ……クソ!」
酷い有様だった。
腕や首筋、見える地肌はほとんど傷だらけだ。顔にも細かい傷が複数あり、血や土埃で服や髪が汚れている。
極めつけは手のひらだ。高熱を発していた殲滅巨兵に直接触れたせいで、ひどく焼けただれている。その傷跡は見られたものではない。
細く小さな少女の手が負うべき傷ではない。
「ミラル! おい! 目ェ覚ませ!」
揺さぶっても反応はなく、チリーは否応なく思い出してしまう。
自分の目の前で息絶えたティアナ・カロルの姿を。
「死ぬな……死ぬんじゃねえ!」
まるで、泣き喚くような声だった。
もう虚勢も何もない。今のチリーは、目の前の惨状に泣き叫ぶだけのただの少年だった。
「……チリー!」
そんなチリーの元に、金剛鉄剣を杖にしたレクスがふらふらと歩み寄る。
レクスの存在は認知しつつも、チリーはミラルから一切目が離せなかった。
「ミラルが……ミラルが目を覚まさねェ!」
一切思考がまとまらない。
言語化することさえ難しい速度で、感情だけが頭の中を駆け巡っていく。
呼吸の音が聞こえない。ミラルはピクリとも動かなかった。
「ふざけんじゃねェ……ッ! こんなこと、あっていいわけがねェ!」
決定的な言葉が思い浮かぶ度に、チリーはそれを必死で振り払う。
そうだ。こんなことがあっていいわけがないのだ。
「こいつは巻き込まれただけだッ! 何の責任も咎もありゃしねえだろうがッ!」
賢者の石も、聖杯も、殲滅巨兵も、ミラルの意志とは本来何の関係もない。こんな場所でこんな目に遭う理由は、ミラルにはないハズなのだ。
それを彼女は、聖杯の力が自分にあるなら、守るために使うべきだと、そう言ったのだ。そしてそれだけを理由に、命を賭けたのだ。
「俺は……俺は情けなくて仕方ねえよッ……!」
チリーにとってこの旅は、負うべき責任を果たすためだけのものだった。
自分の力を壊すものだと決めつけて、ただ破壊だけを目的に歩み始めた。
そこに崇高な意志などありはしない。言ってしまえば、自分の罪を少しでも洗い流すためだけの旅をしようとしていた。
それが、少しだけ変わろうとしていた。
ミラルや、シュエットやレクスを見て、守るために使える力なんじゃないかと思えてきたのだ。
それなのに――――
「青蘭の言う通りだ……俺はッ……俺はいつだって口だけじゃねえかッ!」
今度こそ守ると決めた相手すら、満足に守れない。
これでは何も変わらない。今までと同じだ。
青蘭の言うように、もう一度繰り返すだけだ。
「なんでこんなに……俺は守れねえんだッ……!」
チリーの手が、力なく垂れ下がる。
一向に目を覚まさないミラルを呆然と見つめて、チリーは一筋の涙をこぼした。
「……諦めるな……!」
そんなチリーを半ば突き飛ばすようにして、レクスは倒れているミラルの前に膝をつく。
「まだ、やれることはある……」
言いながら、レクスは両手でミラルの胸元を抑え込む。
「何をする気だ……!?」
「騎士団の仕事は戦いだけじゃない。救助活動もその一つだ!」
レクスの言う通り、騎士団の活動には戦闘だけでなく救助活動も含まれる。近隣で事故や災害があった際、救助のために駆けつけるのもまたヴァレンタイン騎士団なのである。
そう言った場合、被害者がショックで呼吸が停止しているパターンは少なくない。そのため、騎士団のメンバーは心肺蘇生の方法もある程度叩き込まれているのだ。
「くッ……!」
レクスが現在行っているのは胸骨圧迫だ。一時的に停止した心臓をマッサージで再び動かさなければならない。
しかし負傷しているのはレクスも同じだ。いつも通りには力が入らず、レクスの身体にも激痛が走っている。
「手を貸してくれ! チリー!」
やや呆気に取られていたチリーだったが、レクスの言葉でハッとなる。
レクスと同じようにミラルの胸元を両手で抑え、ミラルの呼吸が戻ることを祈った。
「頼む……ッ! 死ぬんじゃねえッ……!」
こんなところで、彼女の命を終わらせるわけにはいかない。何もかもが終われば、ミラルには平和に生きる権利があるべきなのだ。
それを、こんな場所で失わせてはいけない。
(何より俺が……お前と、もう一度話がしてェ……ッ!)
伝えたいことがある。礼も謝罪も、まだ出来ていない。
自分のことよりも先に、チリーの未来を案じた彼女の未来を、絶対に失いたくない。
「お前は生きてなきゃダメだッ! こんなところで、こんな理由で死ぬんじゃねえ!」
必死に叫ぶチリーの目元から、もう一度涙が落ちる。
(俺があの日を許せなかったのは……こんな死で溢れていたからだ!)
赤き崩壊は、あの日いくつもの命を奪い去った。失われるべきではなかった命が、理由もなく失われていった。
それは同時に、ルベル・C・ガーネットの死でもあった。
或いは青蘭の。
そんなチリーを、もう一度目覚めさせたのがミラルだ。
破壊のためでなく、守るために力を使うべきだと、そう思わせてくれた。
赤き破壊神は、ミラルと出会ったあの日から守護者に変わり始めていたのだ。
「頼む……死ぬなッ……!」
縋りつきながら咽ぶチリーの声は、どこか掠れかけていた。
そして次の瞬間、チリーは微かな呼吸の音を聞き取った。
「かっ……!」
咳込みながらミラルの身体が跳ねる。そのまま咽るミラルの姿を見て、チリーは思わずポロポロと涙をこぼした。溢れ出す感情を一切隠せず、チリーはミラルの身体を抱き寄せた。
「起きるのが遅ェンだよ……ッ! 心配かけやがって……ッ!」
チリーの言葉に、ミラルは答えることが出来なかった。
意識はまだ曖昧で、言葉もほとんど聞き取れていない。
ただそれでも、どんなことを言われているのかはなんとなく理解出来たし、チリーがどんな思いでいたのかもわかるような気がした。
「あり……がと……」
小さく答えたミラルの身体を強く抱きしめて、チリーは誓う。
この命を絶対に放しはしない、と。




