episode39「力の意味-The Rebirth Of The Mors-」
サイラスの繰り出す爪を金剛鉄剣で受けながら、レクスは背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
サイラスは明らかに消耗している様子で、竜人の姿を保てていない。
しかしそれでも尚、凄まじいプレッシャーを放ちながら目にも止まらぬ速度で攻撃を続けている。
(シュエット……お前は……! お前は、こんな男に何度も立ち向かっていたんだな)
金剛鉄剣の強度がなければ、とっくの昔にレクスの身体も引き裂かれていたことだろう。
もう弾き返すことが出来ない。五体満足でいられているだけでも運が良いのかも知れない。
焦るレクスとは裏腹に、サイラスは笑みを浮かべたまま両腕を振るっている。
「もうお前如きじゃ満足出来ねえんだよッ! 退けェッ!」
サイラスが右腕を大振りに薙ぎ、レクスの金剛鉄剣が弾かれる。そしてその瞬間、サイラスは体内で魔力を練り上げた。
「――――ッ!」
金剛鉄剣でのガードが間に合わない。サイラスは既に、レクス目掛けて火炎を放っていた。
万事休すか。
そう思った瞬間、目の前に赤い閃光が駆ける。
ソレは真紅の右腕で火炎を払い、眼前のサイラスを見据えた。
「チリー……なのか……?」
纏う雰囲気はチリーのものだったが、その身体は真紅の鎧に包まれている。フルフェイスのマスクで顔は見えなかったが、現状この場でこんな真似が出来るとしたらチリーしかいない。
「……世話かけたな。悪い」
「……気にするな。こっちの台詞だ」
答えるレクスに、チリーはマスクの裏で僅かに微笑む。
そんな二人を見据えて――否、チリーだけを見て、サイラスは声高に笑った。
「最高だぜッ! お前、本当にたまんねえなァッ!? こんなに楽しませてくれるのはお前だけだ……ッ!」
「けっ、こっちはお前なんか冗談じゃねえよ!」
悪態をついて、チリーは身構える。
「闘ろうッ! 闘ろうぜッ! 心ゆくまで! 俺かお前の、どちらかが死ぬまでッ!」
サイラスの速度は、その半端な姿に反して変化がない。むしろ今までよりも勢いを感じる程だ。
チリーの拳と、サイラスの爪。互いに猛攻を繰り出し、目にも止まらぬ応酬がその場で展開された。
ミラルの力を受けて万全な状態になったチリーに対して、サイラスは既に消耗している状態だ。それでようやく互角に近いという事実は、チリーを戦慄させる。
「ハハハハハッ! やっと会えたんだッ! 俺をここまで昂らせる奴にッ! 数千の敵兵よりも俺を昂らせる、たった一人の男だッ!」
互いの拳が交錯する。
所謂”クロスカウンター”の形になり、チリーとサイラスはお互い頬に一撃を受けて吹っ飛んだ。
砕けたフェイスプレートの中から、チリーの顔の右半分が覗く。闘志のこもったその右目を見て、起き上がったサイラスは打ち震えた。
「なァ……お前も最高だろォ!? それだけの力があるんだ……俺と同じハズだ! その力を振り回したくてたまんねえよなァ!?」
チリーの言葉を待たず、サイラスは尚も続ける。
「ここがその場だ! 俺達の間だけで出来る最高の闘いだッ! 思う存分楽しもうぜッッッ!」
闘うために戦う。それがサイラスの全てだ。
全ては闘争のためだけにある。同じレベルで闘えるこの瞬間のために全てがあったと、そう思える程にサイラスは昂ぶっていた。
チリーが何者であろうともうどうでも良い。人間でも、エリクシアンでも、怪物でも何でも構わなかった。サイラスはもう、そんなものに興味はなかった。
「これが俺達の”幸福”だ……ッッ!」
至福に浸るサイラスだったが、チリーはわざとらしく口内の血を吐き捨てる。
「一緒にすんじゃねえ」
「あ……?」
急に冷水でもかけられたかのように、サイラスが低く、呻くような声を発した。
「俺はお前とは違う……!」
「いいや違わねえ! 力は闘いのためにある! お前のその力は、闘いのためのものだッ!」
しびれを切らしたのか、再びサイラスがチリーへと肉薄する。
その爪を右腕で受け止めて、チリーはギロリとサイラスを睨みつけた。
「力はただの力だッ! 本来そこに意味なんざねえッ!」
「だったら俺が意味を与える! 力とは闘いだッ!」
「そうかよ! 話の合わねえ奴だなッ!」
はっきりと拒絶し、チリーはサイラスの爪を振り払いながら左でボディブローを叩き込む。そしてよろめくサイラスに対して軽く跳躍し、斜め上から突き下ろすようにして右拳を打ち込んだ。
モロに打撃を受けつつも、サイラスは倒れない。チリーから一度距離を取り、そこで体内の魔力を練り上げる。
火炎が来る。
理解して、チリーはその場で身構えた。
「だったら答えろッ! お前はその力に、闘い以外のどんな意味を与えるってんだよッ!?」
サイラスの体内で膨れ上がった魔力が、巨大な火炎となってチリーへ迫る。屋敷ごと飲み込んでしまうかのような火炎だ。間違いなく今までで最も大きい。
チリーは、自身の魔力を拳と背中に集中させた。
一撃に全てを込めるために、サイラス同様チリーも魔力を練り上げる。
背中から魔力を一気に放出し、それを推進力にしてチリーは高速でサイラスへと接近する。
チリーを覆う高密度の魔力が、行く手を阻む火炎をかき消していく。練り上げられたチリーの魔力が、サイラスの火炎を上回ったのだ。
「――――ッ!?」
思い切り引いた右拳には、更に高密度の魔力を込める。この一撃で、サイラスを終わらせるために。
「――――教えてやるよ」
火炎をぶち抜き、サイラスに肉薄したチリーの目が、サイラスと合う。
瞠目するサイラス目掛けて、チリーはありったけの魔力を込めた右拳を突き出した。
「守るためだッ!」
チリーの一撃が、サイラスの身体に直撃する。
尋常ならざる威力の込められた拳は、サイラスを覆う鱗を粉々に打ち砕いた。
「かッ……!」
うめき声を上げながらふっ飛ばされていくサイラスを見やりながら、チリーは肩で息をする。
「……俺は、お前のようにはならねえ。壊すだけの存在にはな……」
サイラスは、ある意味チリーにとってはあり得た未来なのかも知れない。
力を振るい、破壊するために生きる道はチリーにもあったのだ。
(……だけど俺は守りたい。守るための力であると……そう、信じたくなっちまった)
ミラル達を。
そのために戦う生き方を、チリーはシュエットとレクスの中に見た。
守るために戦う。
それがきっと、この忌まわしき力に意味を与える唯一の手段だった。




