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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season2「The Rebirth Of The Mors」

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episode36「それは鮮血の如く-Like a Blood-」

 激しい闘争だけがこの渇きを満たす。

 一滴の水もない砂漠を歩き続けるような日々に、サイラス・ブリッツは事実上の死さえも見ていた。


「俺はしばらくぶりに見つけたぜ……満足のいく獲物をな。思わずゲルビアを抜けちまう前に出会えて良かったぜ」


 退屈に甘んじ、ゲルビア帝国の軍人として生きる人間としての自分と、闘争を求める獣としての自分の間で板挟みになっていた。そんなサイラスがようやく、獣性を取り戻すことが出来た。ゲルビア帝国が大陸を半分以上を領土にして以来、取り戻したくても取り戻し切れなかった獣性だ。


「ありがとよ……ガキ。……おい、聞こえてるか?」


 サイラスは問う。


 己の右手に首を掴み上げられたまま、ぐったりとうなだれるルベル・C(チリー)・ガーネットへと。


 チリーの両腕の籠手は、既に粉砕されていた。


「終いにするにゃ惜しいぜ、お前は」


 茫漠たる意識の中、チリーはどうにかサイラスを睨めつける。


(何だ今のは……! あり得ねえ……ッ!)


 なんとか意識を繋ぎ止めながら、チリーは歯を軋ませた。


 先程見た光景は本当に現実のものなのか? そう何度も胸の内で問い直してしまう程、チリーにとっては信じがたい光景だった。


「わけがわからねえって顔だな」


 チリーは応えない。応える余裕さえない。

 僅かに残った余力で必死に抜け出そうともがいていたが、首を掴むサイラスの右腕は一切緩まなかった。


「今度はゆっくり見せてやるよ」


 言って、サイラスはチリーの身体を投げ捨てる。


 床に叩きつけられ、血反吐を吐きながらチリーは這いつくばるような態勢でサイラスへ視線を向けた。


 本来なら今ので殺されていてもおかしくない。見逃されたという事実は屈辱的だったが、そんなことに憤慨出来る程の余裕はなかった。


「ゲルビアで初期に作られたエリクシアンには、研究所ラボの連中が識別名コードネームをつけている」


 語りながら、サイラスがゆっくりと歩み寄る。


(――――来る!)


 再び、サイラスの魔力が膨れ上がった。


 それに呼応するかのように、サイラス自身の身体が幾度も隆起と沈降を繰り返す。まるで煮えたぎるマグマのように忙しなく流動し、サイラスの身体が一回り巨大化する。


 紅く、硬い鱗がサイラス体表に出現し、全身を包み込んでいく。爪は鋭く長く、頭部には二本の角が生えていた。


 顔は獰猛なトカゲのように変質していき、その口元からは鋭利な牙が覗く。黄色い虹彩に囲まれた真っ黒な瞳孔が、ギョロリと動いてチリーを見据える。


 激しい音を立てて床が揺れる。床を叩いたのは、サイラスに生えた太い尾だ。そしてそれと同時に、背中で真っ赤な翼膜が広げられた。


 その光景に、チリーは瞠目する。


 エリクシアンは人間ではない。超常の力を持った怪物である。それをわかっていて尚、今のサイラスの姿には驚愕を隠せない。


「俺の識別名コードネームは――――竜化ドラゴアウトだったな」


 識別名コードネーム竜化ドラゴアウト


 伝承でのみ語られ続ける存在、ドラゴンの力を備えた竜人への変化を可能にする能力である。


 チリーにとって、いや、この世界の大部分の人間にとって竜は伝承どころか虚構フィクションの存在だ。絵画や戯曲、小説の中にしか存在しない怪物である。


 だが目の前で翼を広げるサイラスの姿を、竜以外の何と形容したものか。翼を持つトカゲなど存在しない。


 虚構フィクション現実リアルに具現化させる。見ているだけで目眩がするような現象が、今まさに眼の前で起きているのだ。


(クソが……ッ! 次元が違うッ……!)


 これがイモータル・セブンの隊長である最たる理由なのだ。


 エリクシアンの中でも、更に突出して強力な戦闘力を持つ存在。たった一人で戦局を完全に覆す程の怪物。その想像を絶する魔力と圧迫感は、まるで押し潰すかのようにチリーに降りかかる。


「うおおおおおッ!」


 このまま押し切られるわけにはいかない。


 チリーは身体を起こすと、今出せるありったけの魔力を込めて両手をサイラスへ向ける。

 真っ赤な閃光が熱線となってサイラスへ飛来する。チリーの渾身の一撃は、サイラスの身体へと見事に直撃した。


 が……


「良い足掻きだ。まさか今ので終わりか?」


 サイラスの身体には傷一つついていなかった。


 装甲が硬過ぎるのだ。

 振り絞ったチリーの魔力では、貫通は愚か鱗に傷さえつけられない。


 圧倒的強者。


 それがイモータル・セブンの隊長、サイラス・ブリッツの真の姿だった。


 驚愕するチリーに、サイラスはニヤリと笑む。


「まあ、俺をこの姿にさせてくれただけで十分だ……楽しかったぜ」


 巨躯からは想像もつかない程の速度で、怪物サイラスが接近した。


 チリーの頭部を掴み上げ、乱暴に投げ飛ばす。掴まれた時に背中に食い込んだ爪が、チリーの身体を深く切り裂いた。


 鮮血を舞わせながら投げ飛ばされたチリーは、べしゃりと音を立てて床にもう一度叩きつけられた。


 高く舞った血液が、倒れたチリーへ降り注ぐ。真っ赤に染められた凄惨な姿になり果てて、チリーはもうピクリとも動かなかった。


 サイラスはすぐに、チリーから背を向ける。


 動かぬ相手にもう用はない。


 竜化した状態で二撃も耐えたのはチリーが初めてだった。それだけでもサイラスは心が躍るような思いだ。これ以上を望むのは最早贅沢とさえ思える程に。


「嘘……でしょ……?」


 サイラスの耳に、少女の声が届く。視線を向けると、血溜まりに沈むチリーを見つめて愕然とするミラルとラズリルの姿があった。


「……ザップを片付けたのか。どうやった?」

「ねえ……チリー! 嘘でしょ! そんな……!」


 悲痛な叫び声を上げながら、ミラルはすぐにチリーへ駆け寄ろうとする。しかしそれを、ラズリルが制した。


「放して! チリーが!」

「……だ、ダメだ……近づいちゃダメだ……」


 勝てるわけがない。逃げられるわけがない。ラズリルはサイラスを見て一瞬でソレを悟った。


「もしかしたら助けられるかも知れない! ねえラズリル放して! お願い!」


 聖杯の力を使って魔力を増幅させれば、チリーの回復力を上昇させられるかも知れない。そうすれば、最悪の事態だけは免れる可能性がある。


 ミラルのそんな考えは、ラズリルにだってわかっている。わかっていてもなお、ミラルをチリーに……サイラスに近づけるわけにはいかなかった。


「なあ嬢ちゃん達……結構、れるクチか……?」


 サイラスは既に、ミラル達を獲物として認識しているのだから。


「聞き分けてくれっ! 絶対に近づくなっ!」


 ほとんど絶叫に近いラズリルの声に、ミラルの鼓膜がビリビリと震える。


「だけ……ど……チリーが……っ!」


 泣き崩れそうになるミラルを抱き止めて、ラズリルは必死で身体の震えを抑えた。


「そうつれないこと言うなよ。なあ、ザップをどうやって始末した? あいつはエリクシアンだ。まさか嬢ちゃん達までエリクシアンってワケじゃねえよなァ?」


 普段はいくらでも回るラズリルの舌が、今はほとんど動かせない。サイラスの問いにどう答えるべきなのか、考えがまるでまとまらない。


 認識が甘かったのだ。


 イモータル・セブンの隊長という異次元の相手を、見誤っていた。


 この状況を打開出来るとすればミラルの力だけだが、ザップに対してミラルは触れることで聖杯の力を発動していた。


(こんな奴に……どう触れるって言うんだ……?)


 不意打ち以外では絶対に倒せない。そしてそんな不意は、きっとない。


 絶望した瞬間、ラズリルは頭が真っ白になっていくのを、どこか他人事のように感じていた。


「答えろよ」


 サイラスが歩み寄る。


 もう何も出来ない、思いつかないラズリルは、気がつけばミラルを抱き止めているというよりはしがみついているような態勢になっていた。


「まあ……りゃわかるか」


 サイラスは呟き、口元に笑みを浮かべた――――が、突如その足をピタリと止める。


「……あ?」


 何を感じ取ったのか、サイラスは振り向いて血溜まりへ視線を向けていた。

 つられるようにして同じ方向に視線を向けたミラルとラズリルは、そこで起こっている現象に目を見開く。


「なに……あれ……?」


 血が、動いている。


 チリーを包み込む真っ赤な血が、まるで生き物のように激しく蠢いていた。


 表情の読み取りづらい今のサイラスの顔が、一目でわかる程笑みで歪む。


「最高じゃねえかッッッ!!」


 血溜まりの中から、亡霊のようにチリーが立ち上がった。


 その身体からは止め処なく血が流れ出し、チリーの全身を包み込み始めている。


 真っ赤な血が被膜のように全身を包み込み、顔すらも覆い隠した。

 顔の上部で部分的に血が黒く凝固し、まるで目のような二つの黒い塊が出来上がり……ソレはその目をサイラスへ向けた。


「チリーじゃ……ない……?」


 そこに佇む正体不明の怪物を見て、ミラルはその場に膝から崩れ落ちた。


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