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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season2「The Rebirth Of The Mors」

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30/112

episode30「腑抜けに用はない-Pride and Mud-」

 ヴァレンタイン邸の庭では、ゲルビア帝国兵と騎士団員が今まさに戦っている状態だった。


 ゲルビア帝国兵の数は多くなかったが、そのわりには倒れている騎士団員の数が多い。その光景に、シュエットは目を疑った。


 屋敷の警備を任されている騎士団員はヴァレンタイン騎士団の中でも精鋭揃いだ。いくらゲルビア帝国兵が強いとは言え、そう簡単に負けるハズがない。


 戦いの脇をくぐり抜け、シュエットは屋敷の中へと入り込んでいく。


 玄関ホールへ入ると、戦闘の音が遠のき、しんと静まり返った。しかしそれとは裏腹に、緊張感は高まるばかりだった。


 背中に厭な汗が流れるのを感じつつ、シュエットが警戒していると、奥から一人の男が悠然と歩いてくる。


「……なんだお前か」


 そこにいたのは、燃え上がるような赤髪の男、サイラス・ブリッツだった。

 シュエットはサイラスを睨みつけ、腰に下げた剣の柄に手をかける。


「サイラス! 貴様……許さんぞ!」

「お前に用はねェ。レクスを連れてこいよ。それに、その台詞は聞き飽きた」


 吐き捨てるようにそう言うサイラスだったが、シュエットはそれをわざとらしく鼻で笑った。


「……あんな腑抜けと戦って何になる!」


 そう口にしてから、シュエットは歯噛みする。


 団長、レクス・ヴァレンタインは腑抜けている。そんなこと、シュエット自身が一番信じたくないのだ。


 しかし現状、レクスはサイラス達と戦うつもりがない。こんな事態になっても尚、モルスを明け渡してでも戦いを避けようと考えている。


 それなら、もうシュエットが戦うしかない。

 レクスが誇りを捨てるなら、代わりにシュエットがそれを貫く。


 そう覚悟して、シュエットは勢いよく剣を引き抜いた。


「この俺と戦うがいい!」

「腑抜けか……確かにな」


 決意を秘めた眼差しを向けるシュエットとは対照的に、サイラスの目は冷ややかだ。


 こちらを真っ直ぐに見ないサイラスに、シュエットが苛立ちを覚えていると、追いついたレクスが玄関ホールへ駆け込んできた。


「サイラス……! これはどういうことだ!?」


 レクスの姿を見た瞬間、サイラスの態度が一変する。

 すぐさま身構え、歓喜に震えながらレクスへ視線を向けた。


「どうもこうもねえよ……めんどくさくなっちまってな。それより、俺とやろうぜレクス・ヴァレンタイン! 正直俺にとっちゃ他のことはどうだっていいんだよ!」


 サイラスにとって殲滅巨兵モルスは、あくまでゲルビア帝国からの指令で求めているだけに過ぎない。ただの退屈な任務だった。しかしこの町で英雄視されているレクス・ヴァレンタインと出会った時、サイラスの目的は”英雄と戦うこと”にすり替わっていた。


 この瞬間を、誰よりもサイラスが待っていた。


「来いよヘルテュラの英雄さんよ! 今日まで我慢してたんだぜェ!」


 かつてゲルビア帝国の侵略に対して、たった一人になっても戦い続けていた国境の英雄。

 アギエナ国で高い戦力を持つヴァレンタイン騎士団の現団長、レクス・ヴァレンタイン。


 エリクシアンであるサイラスにとって、戦っていて歯ごたえのある相手というのはそう多くない。人間が相手なら尚更だ。正直なところ、イモータル・セブンとしての戦いにもひどく退屈していたところだった。


 しかし、レクスなら。

 サイラスの餓えを少しは満たしてくれるかも知れない。


 期待すればするほど震えが止まらなかった。


「さあ!!」


 ここまでやればレクスも応えるハズだ。


 しかしサイラスの期待は裏切られる。

 レクスは、構える様子を見せなかった。


「……頼む。これ以上、この町を傷つけないでくれ」

「……あん?」

「モルスが必要なら明け渡す。戦えというのなら……後でいくらでもやってやる」


 期待外れの言葉に、サイラスは眉をひそめる。


 そしてレクスは、あろうことかその場で腰を折り、サイラスに対して頭を下げて見せた。


「だから頼む……これ以上は……町も、人も、傷つけないでくれ……!」


 その瞬間、サイラスは呆気にとられて言葉を失う。


「おい……何をやっているんだ……」


 わなわなと震えるシュエットが、レクスの元へゆっくりと歩み寄る。


 今ここで。

 敵に頭を下げる男が。

 シュエット・エレガンテの憧れた団長なのか。


「やめてくれ……! そんな姿は見たくない……! 団長ッ!」


 今にも膝を折りそうになるのを堪えて、シュエットはレクスを見つめる。


 そんな様子をしばらく眺めた後、サイラスは深くため息をついて見せた。


「……はぁ」


 サイラスの中で高ぶっていた熱が急速に冷めていく。いきなり冷水をかけられたような気分になって、サイラスは舌打ちする。


 頭を下げたままでいるレクスを、サイラスはつまらなさそうに眺める。つい先程までとはまるで真逆の、冷めた視線で。


「確かにそこの馬鹿の言う通りだな。腑抜けと戦っても何にもならねえ……失せろ」


 サイラスがそう口にした瞬間、不意にサイラスの背後から一人の男が現れた。

 男は素早くレクスへ近づき、剣を振り上げる。


「――――ッ!?」


 咄嗟に反応して回避するレクスだったが、男の顔を見るとその顔を驚愕に染め上げた。


「ジェイン……!?」


 そこにいたのは、虚ろな表情のジェイン・ウェストサイドだった。

 ヴァレンタイン騎士団の副団長にして、レクスの師でもあるその男は、レクスに対して剣を構えたまま虚空を見つめていた。


「戦わねえ奴には興味ねえよ。人形と遊んでな」

「人形だと……!?」


 再び振り下ろされる剣を回避し、レクスはジェインの懐に潜り込む。


「おい! しっかりしろ! どうした!?」


 ジェインは、レクスの言葉には一切反応しなかった。

 虚ろな表情のまま、ジェインはレクスを蹴り飛ばす。


「団長!」


 そのままレクスへ襲いかかるジェインを止めようとするシュエットだったが、それを引き止めるように強烈な殺気が放たれる。


「そんじゃ……やろうや」


 振り返り、シュエットは身構えたサイラスを見据えた。


 今までのサイラスは、シュエットと戦う時はどこか遊ぶような態度を見せていた。

 しかし今回は今までのソレとは違う。

 ビリビリとした錯覚がシュエットの身体を走る。


 シュエットはここでようやく思い知ったのだ。


 サイラスと自分の間には、天と地ほどの戦力差があるということを。


「言っとくが今日は加減してやらねえぞ……。俺は今、死ぬほど機嫌が悪いんだ」


 思わず後じさりそうになる足をどうにか押さえつけ、シュエットは剣を構え直した。


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