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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode3「始まりの夜明け-The Long Night is Over-」

 エリクシアン。

 神秘の霊薬、エリクサーを取り込むことでその身に魔力を宿し、人間を越え、自然の摂理を無視した超常なる力を操りし者。


 そういう異能の存在を、ミラルも知ってはいたが実物を見たことはなかった。

 恐らくこのルベル・C(チリー)・ガーネットという少年は、そのエリクシアンなのだろう。


 そしてエトラが口にした”赤き破壊神”。その名が示す意味を、ミラルは知らない。破壊神という仰々しい響きと今のチリーの姿だけが、妙な説得力を伴ってミラルを驚愕させていた。


(じゃあ、あの鎖は……!)


 ミラルは思い至る。あの鎖は、赤き破壊神であるチリーを封じるためにあったのではないかと。


 しかしそう結論づけるには不可解な点がある。


 エリクシアンの身体能力は、人間のソレを遥かに凌駕すると言われている。そんなチリーを封じ込めるのに、あの程度の鎖を打ち付けるだけで事足りるのだろうか?

 現にチリーは今、老朽化していたとは言え鎖を難なく破壊して見せたのだ。


(もしかして、こいつ……)


 封じられていたのではなく、自らの意志でここにいたのだとしたら……?


「俺の傍を離れるな」


 そう、一言だけ告げると、チリーは拳を握りしめ、エトラ目掛けて突き出す。


 空気の爆ぜる音がした頃にはもう、真っ赤な衝撃波が洞窟ごとエトラを巻き込んでいた。


「え、うそ……!?」


 爆音と共に洞窟が崩壊する。

 闇が崩れ去り、薄っすらと白み始めた空が視界に広がった。


 チリーは即座にミラルを抱きかかえると、崩壊する洞窟の中から跳躍する。

 まるで飛ぶように跳ねたチリーは、崩壊する洞窟から少し離れた位置に着地すると、すぐにミラルをその場に下ろした。


 信じられない光景だった。


 たった一撃で、巨大な洞窟が瓦礫の山へと変貌したのだ。

 チリーが”赤き破壊神”と呼ばれる所以の一端を、ミラルは思い知った。


「無事か?」

「い、一応……」


 そう答えた後、ミラルにはなんとなくチリーがマスクの向こうで笑った気がした。

 一体どんな顔で笑ったのかと少し考えてみるミラルだったが、不意にチリーがその場に膝をつく。


「ちょ、ちょっと大丈夫!?

 そして彼の全身を覆っていた鎧は瞬く間に消滅していき、元の姿へと戻ってしまう。


「大丈夫に決まってんだろ。ちょっと気ィ抜けただけだ!」


 肩を上下させながら荒い呼吸を吐き出すチリーは、どう見ても大丈夫ではない。


 そんなチリーの身体を、突如正体不明のロープ状の何かが縛り付ける。


「ッ……!?」


 このロープは魔力のロープだろうか。薄っすらと淡い光を放つ、ソレが実体を持っているのか視覚的には判断出来ない。小さな穴から伸びた月明かりのような光線状のロープだ。便宜上ロープと呼ぶが、ロープと呼べる理由は実際にチリーを縛っているからに過ぎない。


 簡単には抜け出せないのか、チリーは小さく舌打ちする。


 そして伸びたロープの先には、瓦礫に埋もれたハズのエトラの姿があった。

 魔力のロープは、エトラの右手から伸びている。


 エリクシアンは、高い身体能力の他に超常的な能力を持つとされている。恐らくこれが、エトラの持つエリクシアンとしての能力なのだろう。


 エトラは、洞窟の中でチリーの放った赤い衝撃波の直撃だけは避けていた。洞窟の天井が高かったのが幸いし、エリクシアンの跳躍力ならギリギリ回避出来る範囲だったのだ。


 しかし決してエトラも無傷ではない。洞窟の崩壊に巻き込まれ、所々に傷を負い、軍服も擦り切れている。

 それでも生きて、瓦礫の山から自力で脱出出来るのが人を越えたエリクシアンの生命力と身体能力なのだ。


「派手なだけで大したことなかったね? そうだね? チリー君?」


 嫌味っぽくわざわざ”チリー君”と呼ぶエトラを、チリーは睨みつける。


「運のいい野郎だな。次はその顔面にぶち込んでやるよ」

「構わないよ? この後君が無事だったらね? チリー君?」


 チリーを縛るロープが、薄っすらと光を放つ。すると、縛られているチリーの身体に無数の刺すような痛みが走った。


「ぐッ……!」


 その衝撃とダメージに耐えられず、チリーはうめき声を上げる。


 それを横目で見て勝ち誇ると、エトラは右腕を力強く振るう。


 魔力のロープがしなり、チリーの身体を洞窟の瓦礫へと勢いよく叩きつけた。

 背中から派手に激突し、その衝撃でチリーは血を吐きながらぐったりとうなだれる。それを確認してから、エトラはほとんど一瞬でミラルとの距離を詰めた。


「っ……!」


 逃げる暇もない。ここまで肉薄されれば、もうミラルは蛇に睨まれた蛙と同じだ。


「そ、そんな芸当が出来るなら……どうしてさっさと私を捕まえなかったのよ!」

「獲物は完全に弱らせてから捕まえた方が良いね? 完全に絶望させておかないと、尋問や拷問に手間がかかるからね?」

「……ずっと泳がされてたのね……!」


 一歩、エトラがミラルへ詰め寄る。ミラルは逃げ出そうと後じさったが、体力の限界なのか、その場で足をもつれさせて倒れ込んだ。


「でも、これに懲りて次からは速度重視にした方が良いね? 時間を与えると何が起こるかわからない、そうだね?」


 しかしその足が、それ以上進むことはなかった。


「何勝ったつもりになってンだ」

「何ッ……!?」


 驚いてエトラが振り返った先にいたのは……チリーであった。


 血を流しながらもしっかりと両足で立っているチリーが、エトラを見据えて不敵な笑みを浮かべている。


 すぐにエトラはチリーを叩きつけようと右腕をしならせたが、どういうわけか全く動かない。これではまるで、巨大な岩山を引っ張っているかのようだった。


「きちっと追い詰めろよ……俺はまだピンピンしてるぜ」


 そしてチリーは、そのまま強引に腰をひねり、”縛られたまま逆にエトラの身体を”近くの大木に叩きつけたのだ。


「かッ……!?」


 その出鱈目でたらめなパワーと行動に、エトラは困惑する。エリクシアンは人間の腕力を超越しているが、これ程の力はエトラも想像出来なかった。

 血を吐きながらも、それでも魔力のロープを維持するエトラだったが、それが限界だった。


「約束通り、顔面にぶち込んでやるよッ!」


 その時にはもう既に、チリーはエトラの眼前まで接近していたのだ。そして即座に、ふらつくエトラの顔面に渾身の頭突きを叩き込む。


 その威力たるや、落下する瓦礫の比ではない。


 頭蓋骨をかち割られたかのような衝撃で、エトラの視界は一瞬で真っ白になった。


 そして視界を取り戻した時にはもう、握りしめられたチリーの拳が眼前にあった。


「しまっ――――」


 あの、意識を失いかけたわずかな一瞬。

 エトラが維持していた魔力のロープは消えてしまっていたのだ。


 チリーの拳が、エトラの顔面にめり込む。その威力でふっ飛ばされたエトラは、周囲の木々をへし折りながら遥か数メートル先まで飛ばされていく。


 それを一瞥してから、チリーはすぐにミラルの方へ歩き始めた。


 ゆっくりと歩み寄ってくるチリーの背を、夜明けのグラデーションが照らす。その光景を、ミラルはチリーが近くに来るまでのほんの少しの間だけ呆然と見つめていた。


「怪我はねェか?」

「ない……けど……」


 差し伸べられたチリーの手を、ミラルは恐る恐る取る。チリーに引き寄せられるまま立ち上がると、チリーはまっすぐにミラルを見つめた。


「賢者の石の在り処を教えろ」

「……! アンタまでそんなこと言うのね! 一体賢者の石って何なのよ!? アンタ達は何をするつもりなのよ!」


 まるで裏切られたような気分だった。

 助けてくれたと思っていたチリーの目的が、エトラ達ゲルビア帝国と同じ”賢者の石”で、ミラル自身を助けてくれたわけではなかったように感じられた。


 睨みつけるミラルに、チリーは一瞬だけ悲しげに目を伏せる。

 そしてやがて、はっきりとこう言った。


「賢者の石は……俺が破壊する」


 長い長い夜が明ける。

 止まっていた何かが、動き始めるような予感がした。


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