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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season2「The Rebirth Of The Mors」

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episode29「泥を被ってでも-Pride and Mud-」

 ヴァレンタイン邸が現在襲撃されている。犯人は案の定、サイラス達だった。


 そもそも今日ヴァレンタイン邸に客として訪れているのはサイラス達で、三度目の殲滅巨兵モルス引き渡しの交渉だった。


 ミラル達にわざわざ観光をさせたのは、このためだったのだ。


 それはミラル達を厄介事に巻き込まないためでもあり、サイラスとのやり取りをこれ以上厄介にしないためでもある。ミラル達の外出への懸念がサイラスであったことを考えると、これ程適切な判断もあるまい。


「……これは俺達の問題だ。お前らを巻き込むつもりはない」


 暗についてくるなと告げ、レクスはシュエットと共に立ち上がる。しかしその背中は、すぐにチリーによって引き止められた。


「相手はエリクシアンだぞ」

「わかっている。正面からぶつかるつもりはない。まずは状況を確認してから、サイラスに直接掛け合ってみるさ」

「交渉がどうなったかは知らねえが、襲撃してくるような連中だぞ。掛け合ってどうにかなるとは思えねえな」

「……ゲルビアから本気で襲撃されれば民にまで被害が出る。最悪の場合、モルスを明け渡す必要がある」


 その言葉を聞いた瞬間、勢いよく机を叩いたのはシュエットだった。シュエットの勢いに若干気圧され、何か言いかけていたチリーは口をつぐんだ。


「団長……本気で言っているのか!?」


 シュエットは、見た目ですぐわかる程怒りに震えていた。


 勢いよくレクスの胸ぐらを掴み、シュエットはレクスと顔を突き合わせる。


 激怒したシュエットの鋭い視線が、まっすぐにレクスを射抜いた。


「掛け合う? 明け渡す? それが……それが誇り高きヴァレンタイン騎士団の団長、レクス・ヴァレンタインの言葉なのか!?」


 殲滅巨兵モルスを明け渡すということは、大量殺戮兵器をゲルビア帝国に与えるということだ。


 ただでさえ各地に攻め込み、領土を広げているゲルビア帝国だ。危険な兵器を与えれば、その勢いは更に苛烈になるだろう。


 そして殲滅巨兵モルスの力は、何百何千という人々の命を奪う。


「アレは動かせない」

「そういう問題じゃないだろう!? 今度という今度こそ……見損なったぞ!」


 吐き捨てるようにそう言って、シュエットはレクスを突き飛ばす。


 呆気にとられてその場に尻もちをついたレクスは、黙り込んだままシュエットを見つめていた。


「何を怯えているんだ! 団長!」


 レクスは、言葉を返さなかった。


「もう、言い返すことすら出来ないのか……!?」


 シュエットの瞳が、わずかに潤む。

 こぼれだしそうになる失望を、シュエットはぎゅっと目を閉じて抑え込もうとしていた。


 その姿を見上げながら、レクスは立ち上がる。


「……そうだよ。俺は団長だ……」


 低く、くぐもった声だ。絞り出すような声音に、シュエットは僅かに動揺したが、態度には出さずに抑え込む。


「この町を! この国を! 守らなければならない、ヴァレンタイン騎士団の団長なんだよ! 俺は!」


 気がつけば、レクスもまたシュエットの胸ぐらを掴んでいた。


「わかっているのか? 俺が……何人の命を背負わなければならないのか!」


 殲滅巨兵モルスを明け渡してはならない。

 そんなことは、レクスにだってわかり切っている。


 だがそれでも、レクス・ヴァレンタインはヴァレンタイン騎士団の団長なのだ。民を、町を、国を、守らなければならない。


 このヘルテュラシティに生きる人々の命を、守らなければならないのだ。


「俺はもう二度と……この町が戦場になる姿なんざ見たくねェ! そのためなら、誇りなんざ捨ててやらァ! 泥でも何でも被ってやる!」


 かつての戦いで、レクスは見てしまった。


 攻め込んでくるゲルビア兵との戦いで傷つき倒れていく騎士団員達を。


 当時騎士団を率いていたジェイン・ウェストサイドが団長職を退いたのも、その時の怪我が原因だ。


 次々と仲間が倒れ、四方を囲まれ、それでもレクスは戦い続けた。


 そして残った戦いの痕に、レクスは呆然とした。


 二度とこの地で、こんなことを繰り返してはならないと、そう誓った。


 そのためなら、誰に蔑まれようと、どれだけ屈辱を受けようと構わないと。


「…………」


 レクスの言葉に、シュエットは返す言葉がなかった。

 しかしそれでも、そのまま飲み込めるわけでもない。


 シュエットは強引にレクスの手を振り払うと、そのまま訓練所を飛び出していく。


「おい、待て!」


 逃げるように走り去るシュエットを、レクスはそのまま追いかけた。


 その背中が見えなくなるよりも早く、チリーは立ち上がる。


「……ラズリル」

「あいよ」

「ミラルを頼むぜ。俺はあいつらを追う」


 いくらラズリルと訓練していたとは言え、わざわざ戦闘が起こっている場所に連れていけるような力はない。自身にもその自覚があり、ミラルはラズリルより先に頷いて見せる。


殲滅巨兵モルスはゲルビアには渡さねえ……レクスがどう言おうがな」


 サイラス達はアレを動かせてしまう可能性がある。動かせないと高をくくって明け渡すのはあまりにも危険だ。


 シュエット同様、チリーもレクスの考えには違和感を覚えていた。

 シュエットの言う通り、まるで怯えて殲滅巨兵モルスを差し出そうとしているように思える。


「うーん、ダメ」


 しかしラズリルは、妙にあっけらかんとした表情でチリーの提案を却下する。


「あァ!?」


 語気を荒げるチリーだったが、ラズリルは両手でバツマークを作って却下を激しく主張。おまけに、眉間にしわを寄せ始めたチリーにそのまま軽いクロスチョップを叩き込んだ。


「何しやがる!」

「勝手な推察で悪いんだが、チリーくんの力ってまだ不完全な状態なんじゃないか?」


 ラズリルがそう問うと、チリーはうっ……と言葉に詰まる。


「ラズは直接見たわけじゃないけど、君の力はミラルくんの助けを得て初めて全開になったそうじゃないか」


 ラズリルの言う通りだ。

 あの時、城の地下で青蘭と戦ったチリーは圧倒的に不利だった。

 万全の力で襲いかかる青蘭に、チリーは一方的な攻撃を受け続けていたのだ。


 ミラルに触れ、聖杯の力がチリーの力を増幅して初めてチリーの力は青蘭と互角になったのだ。その後、チリーはそのまま元の力を取り戻したわけではない。それはチリー自身が一番わかっている。三十年のブランクは、決して軽くない。


「そしてここは断言させてもらうぜ……君一人では三人のエリクシアンを倒せない」


 きっぱりと言い切って、ラズリルは真剣な面持ちでチリーを見据えた。


「恐らく、レクスくんやシュエットくんの力を借りた上で、ね」


 ミラルは、チリーは何か言い返すものだと予想していたが、意外にもチリーは小さく嘆息して腕組みをするだけだった。


 完全に諭されてあまり面白くはなさそうだったが、とりあえずラズリルの言うことには納得しているように見える。


「更にもう一つ。仮に殲滅巨兵モルスを破壊するとして、本当に今の君は破壊出来るのかい?」


 容赦なく詰めてくるラズリルに、チリーは言い返すことが出来ない。やがてチリーは、降参とでも言わんばかりに乱暴に数度頷いた。


「けっ……全くかわいげのねえピエロだぜ」

「いや、かわいいが?」

「お前の推察は間違っちゃいねえよ。だが、他にどうする?」


 ラズリルの真顔の反論は無視しつつ、チリーがそう問うと、ラズリルはニヤリを笑みを作って見せた。


「すっごく簡単な話だよ。みんなで行こうぜ」

「え……?」


 不意にラズリルから視線を向けられて、ミラルは少し戸惑う。


 みんなで、とはミラルを含めた全員、ということだ。てっきりラズリルは、サイラスにはこのまま関わるなと言うものだとミラルは思っていたくらいだ。


「君にはミラルくんの力が必要だよ」


 ラズリルの言葉には答えず、チリーはジッとミラルを見つめる。

 どこか憂いを帯びた、不安げな視線だった。


 しかしやがて、チリーはかぶりを振ってミラルを見つめ直す。今度は真っ直ぐに、力強く。


 それがもう、答えだった。


「ミラル、なるべく俺から離れるな」

「……うん!」


 強くうなずいたミラルを連れて、チリーは走り出した。



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