episode27「殲滅巨兵の伝説-The Legend Of Annihilation Giant-」
魔法遺産。現在の文明よりも遥か昔、魔法使いと呼ばれる存在が生み出し、今もなお各地に残っている遺物。魔法と呼ばれる超常の力を宿し、現在の技術では再現不可能な奇跡を起こすアイテムだ。
ミラル達が追う賢者の石は、魔法遺産のその最たる例である。
場所は変わり、ミラル達はレクスとシュエットに連れられてヴァレンタイン騎士団の訓練所を訪れていた。
訓練所は木造の古い建物で、門を開けて庭に入ると、何人もの訓練生が教官から指導を受けている姿が見える。訓練生達も教官も、団長であるレクスが通れば手を止めて頭を下げていた。
建物の中に入ると、ミラル達は食堂へと案内された。
「……ヴァレンタイン家は、遥か昔からこの土地で一つの魔法遺産を守り続けている……それが”殲滅巨兵”だ」
レクスは重々しくそう言って、言葉を続ける。
「殲滅巨兵は魔法遺産の中でも危険な部類に入る。記録では何百年も前に一度だけ起動したことがあったらしいが……その時は辺り一体を滅茶苦茶にするまで止まらなかったと書かれていた」
魔法遺産、殲滅巨兵は破滅をもたらす兵器である。ヴァレンタイン家ではそう言い伝えられており、実際に起動してしまった際の記録も残っているようだ。
殲滅巨兵は鋼鉄で出来た巨大な人形であり、その巨躯を乱暴に振り回し、辺り一体を壊し尽くしたのだという。
「……」
チリーの脳裏に、テイテス王国での悲劇が蘇る。
あの日、起動した賢者の石は一切制御が効かず、テイテス王国の王都が物理的に崩壊するまで止まらなかった。それと近い悲劇をもたらす魔法遺産が、この土地にある。そう考えると、自然とチリーは拳を握りしめていた。
「どうしてそんなものが……」
ミラルがそう呟くと、レクスは肩をすくめて見せる。
「さあな。だが、人間同士争いが絶えなかったのは、今も昔も変わらなかったんだろう……」
「ということは、サイラス達の目的はその殲滅巨兵ってことであってるかな?」
ラズリルの問いに、レクスは小さくうなずいた。
「……一応ラズ達は部外者なわけだけど……話しちゃって大丈夫なのかい?」
「もし隠してお前らが本気で調べ始めれば、そっちの方が面倒だろ?」
半ば冗談交じりに返すレクスに、ラズリルは笑みをこぼす。
「……なら、そいつの場所を教えな」
そう、低く口にしたのはチリーだ。
「どうするつもりだ?」
「……破壊する」
どこか憤りの含まれた短い返答。思わずレクスはチリーを見つめる。
透き通るような赤い双眸の奥で、何かが燃え盛っている。その全容が、レクスには掴めなかった。
とても十代の少年がする目つきではない。その異様な凄味に、レクスは言葉を失った。
「ゲルビアが手に入れる前に破壊する。ンな兵器、存在していいわけがねェ」
「……それが出来るなら、とっくの昔にやっているさ」
「ああ、アレはこのシュエット・エレガンテの実力を持ってしても破壊出来なかった……!」
くっ……! などとわざとらしくこぼしつつ、拳をぷるぷると震わせるシュエットを見て、チリーは毒気を抜かれてため息をつく。
「お前にゃ元々出来ねえだろ」
「こいつは後ろから見ていただけだぞ……」
呆れてそう付け足して、レクスは殲滅巨兵の破壊を試みた時の話を始めた。
「アレの破壊は、俺が団長になるもっと前から何度も行われていた。だが一度足りとも成功しなかった……俺達も、表面に傷をつけるのが精一杯だった」
レクスは平静を装ってはいたが、その拳は強く握り込まれていた。その時のことを思い出しているのか、レクスの言葉に悔恨を帯びた熱が込められる。
「剣は当然ダメだった。火や熱も通らなかった……。殲滅巨兵に僅かに傷がついたのは、城や塔に向かって撃つような大砲をわざわざ持ち出して撃ち込んだ時だけだった……!」
「大砲でもダメなの……?」
驚くミラルに、レクスは頷く。
「どんな攻撃も受け付けなかった。俺達人間には、アレは壊せない」
モルスの装甲は、通常では考えられない程に重厚だったのだ。ただの人間では、束になってかかっても話にならない。
「本来、町の安全のために真っ先に廃棄しなければならないような代物だ。それなのに、アレは伝承になってしまうくらい前からこの地に残り続けている」
「……ちなみに聞くけど、起動方法はわかっているのかい?」
「わからないことだけが唯一の救いだ」
どれだけ危険なものでも、動かせなければ意味はない。だが”動くかも知れない”怪物は、それだけで恐怖足り得る。
(動かせない魔法遺産か……。ルーツが賢者の石や聖杯と同じものだと考えれば、魔力で動く可能性があるな)
そう考え、チリーは顔をしかめる。
魔力で動く可能性があるということは、エリクサーの力で魔力を操るエリクシアンは、殲滅巨兵を起動出来る可能性があるということだ。それはつまり、エリクシアンであるサイラス達には、動かせてしまうかも知れないということである。
チリーにとっては、一刻も早く破壊したいことに変わりはなかった。
「まあ、何があろうと最終的には俺が破壊してみせるがな!」
そんなチリーの思いも知らず、シュエットは平然とそんなことをのたまうのだった。
「そのよーわからん自信はどっから出てくンだよ……」
シュエットの言葉にチリーが呆れていると、不意に団員達がレクスの元へ集まってくる。それもかなり慌てた様子だ。
「団長、大変です! ヴァレンタイン邸が襲撃されているとの報告が……!」
「なんだと……!?」
団員達の報告に、レクスは血相を変えた。




