episode21「ミラル特訓中-The Elegant Intruder-」
かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産……賢者の石。
三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊と呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。
赤き崩壊発生から三十年。
ゲルビア帝国は、賢者の石の力を手に入れるため、それを複製しようと試みた。
その結果、研究者であるヴィオラ・クレインはその副産物として霊薬、エリクサーを発見した。
エリクサーを接種した人間は低確率で適合し、異能力を持つ超人――――エリクシアンとなり、たった一人で戦局を覆す程の戦力となる。
ゲルビア帝国はエリクシアンを量産し、不死身の部隊、イモータル・セブンを結成。瞬く間にアルモニア大陸の大半を侵略していった。
それだけの力を手にしても尚、ゲルビア帝国は力を求める。
賢者の石を手中に納めるため、ゲルビア帝国は手がかりを持つと思しきペリドット家を襲撃した。
ペリドット家の娘、ミラル・ペリドットは襲撃を逃れ、一人のエリクシアンと出会う。
そのエリクシアンの名はルベル・C・ガーネット。かつて賢者の石に触れ、赤き崩壊の引き金となり、例外的にエリクシアンとなった少年である。
二人はヴィオラの娘、ラウラ・クレインと出会い、ミラルがテイテス王家の血筋であり、その身体の中には賢者の石の魔力を制御するための魔法遺産、聖杯が眠っていることを知った。
そして二人は賢者の石の手がかりと、ミラル出生の秘密を探るためにテイテス王国を目指す。
悲劇を二度と繰り返さないため、賢者の石を破壊し、清算しようとするチリー。
その身に聖杯を宿し、チリーと志を同じくするミラル。
二人の旅は、やがて赤き石の新たな伝説となる。
***
アギエナ国王都、ウォルフデンを出発したミラル、チリー、ラズリルの三人は徒歩で国境の町、ヘルテュラシティに向かっていた。
いつゲルビア帝国からの襲撃があるかわからないため、三人は馬車での移動は避け、地道に自分達の足で歩いて行く。
チリーが一人で夜の見張りをしていた頃に比べると、ラズリルがいるおかげで順番に休むことが出来るようになっている。
ミラルとラズリルは二人で夜の見張りをしつつ、ラズリルから戦闘の手ほどきを受けていた。
受けていたのだが……。
「うむ……その……」
恐らく次の日の夜までにはヘルテュラシティに着くだろう。そんな日の夕方、ラズリルはミラルを見つめて言葉を濁していた。
草地に野営の拠点を置き、そこでミラルとラズリルは戦闘の訓練を行っている。その訓練の最中、ラズリルはなんとも言えない表情でミラルを見つめていた。
「光るものは……ないではないが……ね」
ややミラルから目をそらすラズリルに、ミラルはナイフを振っていた手を止める。
「た、例えば……?」
そして恐る恐る問うと、近くで寝転がっていたチリーが鼻で笑った。
「光ってるのはナイフの刃、以上」
「チリーくん!!」
容赦なく言い放つチリーを、ラズリルは慌てて制止したがチリーはそのまま言葉を続ける。
「もうやめとけやめとけ。そいつてんでダメだぞ」
「何よ! そんな言い方しなくていいじゃない!」
「やっぱ戦い方より逃げ方を教えた方がいいぜ」
それなりに真剣な声音で言うチリーに、ラズリルは小さく頷いた。
「一理ある……。ミラルくんにとって大事なのは、敵を倒すことではなく生き延びることだからね」
「そーゆーこった」
敵を倒せる程の実力というものは、基本的に一朝一夕では身につかない。リスクがある代わりに一朝一夕で強くなれるからこそ、エリクサーには価値があるのだ。
元々ミラル自身も、身につけるべきなのは技術よりも知恵の方だと割り切ってはいた。
しかし一応基礎から学びたい、ということで手ほどきを受けていたのである。
「まあ、戦い方自体は少しずつ頑張ろうぜ。いやなに、ちょっと惜しいだけだよほんと」
「……やめてラズ、気遣いが逆に辛いわ……」
最初こそラズリルに対して敬語を使っていたミラルだったが、今では愛称で呼ぶくらいには打ち解けている。
年齢はラズリルの方が上だが、ある程度年の近い同性の話し相手がいるというのはミラルが思っていた以上に喜ばしいことだった。
「縛られた時の縄の解き方とか、簡単な鍵の開け方、隠密行動の基礎、後は人体の主な急所とか、こういうのを改めてしっかり覚えていこうじゃないか」
ミラルは、これらの座学的な部分も道中で少しずつ教わっている。しかし鍵や縄に関しては実践的な訓練も必要なため、習得までまだ時間がかかるだろう。
「勿論基礎体力訓練は続ける前提でね」
「わかったわ! しっかり覚えるから時間が許す限り教えて!」
「まっかせなさ~い! いやあ、頼られるって気持ちいいね~」
このように教えを請われるのは、ラズリルとしてはやぶさかでない。このまま調子に乗って最後まで旅に付き合ってしまいそうになる。
とは言え、ラズリルが同行するのは予定上ヘルテュラシティまでだ。
ミラルとチリーの目的地は、賢者の石と聖杯を管理していたテイテス王国である。
赤き崩壊によって崩壊した後、少しずつだが復興を進めているテイテス王国で、改めて賢者の石と聖杯について調べるのが目的である。
ミラルの母であるシルフィア・ロザリーナ・テイテスの祖国であり、ミラルが父から預かったブローチが国宝とされているのもテイテス王国だ。生き残りの王族と話が出来れば、何らかの手がかりが得られるかも知れない。
その中継地点として、国境の町、ヘルテュラシティを目指している。
アギエナ国の王子であるクリフと、友好的な関係を築いているヴァレンタイン公爵がミラルとチリーの旅を補助してくれる話になっていた。
「出来る限り叩き込んでやるぜ~。ラズリル先生ははちみつのように甘く、パンのような包容力でミラルくんをいい感じにする」
「はい!」
イマイチ何を言っているかわからないラズリルだったが、ミラルの表情は真剣だ。
ラズリルの実力を知っている以上、チリーも彼女の教えなら信頼出来ると判断している。チリーからミラルに教えられることは少ないが、ラズリルからならたくさんのことをミラルに教えられるだろう。
「ラズ公、しっかり頼むぜ。そいつ中々どんくせえし方向音痴らしーからな」
ミラルはやや不可抗力ではあるものの、フェキタスシティに到着してすぐ迷子になった。そして王宮内でも道に迷ったことが原因で青蘭と遭遇することになっている。
ミラル自身もある程度自覚があったし、話を聞いたチリーにはすぐに方向音痴だろと断言されたのである。
「もー……!」
腹は立つが言い返せず、ミラルは少しだけ頬をふくらませる。
しかしいつか必ず、チリーを見返せるようになってやると決意を新たにした。




