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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」
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episode2「赤き破壊神の目覚め-The Long Night is Over-」

 洞窟の中は深い暗闇だった。


 かなり大きな岩の中なのか、上を見上げても天井が見えない。

 獣の気配は不思議となく、蝙蝠こうもりの羽ばたきさえ聞こえなかった。


 鼓動は高鳴り続けている。

 奥へ進めと脈打っている。


 歩き続けていると、奥の方で薄っすらと光が見えた。

 月光の差し込む場所があるなら、そこで一晩明かせるかも知れない。そう思いながら歩を進めて、ミラルはその先の光景に息を呑んだ。


「あっ……」


 思わず声が出る。

 鼓動は、いつの間にか止んでいた。


「人……?」


 そこにいたのは、岩の壁に打ち付けられた鎖に両手を繋がれた一人の少年だった。


 かなり乱れてはいるが、月明かりを反射させるプラチナブロンドは背中に達する程長い。右目は長い前髪で隠れている。

 引き締まった身体つきだが、背格好はミラルより少し大きい程度だ。年もそう違わないだろう。擦り切れた麻のズボン以外は何も身につけておらず、少年はただうなだれていた。


 しかしミラルの気配に気づいたのか、少年はわずかに顔を上げる。


 透き通るような赤い双眸がミラルへ向けられた。

 その一連の所作から、ミラルは目を離せない。


 月光の差し込むこの場所のせいなのか、それとも少年がどこか浮世離れした姿をしているせいなのか。


 とくんと。先程までとは別の鼓動が聞こえる気がした。


「……あの……」


 恐る恐る声をかけると、その赤い瞳は、一気に見開かれた。


「ッ……お前は……!?」

「え、何……!?」

「あれからどれくらい経った!? 何で生きてる!? 無事なのか!?」


 一気にまくし立ててくる少年に、ミラルは何も言葉を返せない。


 洞窟の中で響くような大声だ。ここから漏れれば隠れた意味がなくなってしまう。


 一瞬、少年が今にも泣き出しそうに見えた。

 しかし、その表情は訝しげなものに変わる。


「ん? お前……」


 ミラルが困惑している内に、少年は一人で何かに気づいて顔をしかめた。


「誰だ。何でこんなところにいる?」


 聞きたいのはミラルの方だった。


「……紛らわしい顔しやがって。さっさと帰れ」


 どこか吐き捨てるようにのたまう少年に、ミラルは一度思考が停止する。


 そのまま数秒のがあった後、ミラルの中で沸々と感情が湧き上がってきた。


 勝手にまくし立てたかと思えば紛らわしいだの帰れだの。ミラルの事情も知らないで言うだけ言ってこの態度である。こちらは生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。

 ただでさえ状況を飲み込めていないのに、勝手に勘違いしてぶっきらぼうに対応されればミラルにだって限界が来る。


 気がつけばミラルはその場にへたり込み、薄っすらと涙ぐんでしまっていた。


「さっきからなんなのよ……! わけわかんないわよっ……! 何で私が、アンタみたいなよくわかんないのにまで紛らわしいとか、帰れとか言いたい放題言われなきゃなんないのよっ!」

「なッ……!」


 そしてこれには、少年の方も驚いて硬直してしまう。


「きゅ、急に泣くんじゃねえよ……」

「ほぼアンタのせいでしょうが!」


 生き延びるために必死でこらえたものが溢れ出していた。

 その裏には、敵ではない人間に会えた、という安心感もあったのかも知れない。


「あのなぁ…………」


 ミラルに対して何か言い返そうとする少年だったが、不意に何かに気づいて表情を変える。


「……おい、向こうで天井に張り付いてるテメエ。誰だ?」

「え……?」


 驚いて振り向くミラルの前に、一人の男が降り立つ。

 その容姿に、ミラルは見覚えがあった。


「エトラ・グランヴィル……!」

「目上の人間には敬称をつけた方が良いね? そうだね? ペリドット家のお嬢さん?」


 エトラ・グランヴィル。

 ペリドット家に突然現れ、襲撃したゲルビア帝国の軍人である。


 エトラは小柄な男で、背丈もミラルより少し上背がある程度だ。


 異質なのは、素顔を仮面で隠し続けていることである。白い仮面が、暗闇の中でぼうっと浮き上がるようにミラルを見ていた。


「君は聞いているね? ”賢者の石”の在り処を、アルド・ペリドットから聞いているね? そうだね?」


 その言葉に真っ先に反応したのは、ミラルではなく少年の方だった。

 しかしすぐには口を挟まず、エトラを見据えて静観する。


「そんなの知らないわよ……!」

「あの男は君に敬語の使い方も教えていなかったようだね? 失礼なペリドットのお嬢さん?」

「……失礼なのはアンタの方よ! 急に家に来て、滅茶苦茶にして! 一体何なのよ!」

「それはそうかも知れないね? 最低限の礼儀として、素顔くらいは見せた方がいいね? そうだね?」


 くどい話し方だったが、うんざりしているような余裕はミラルにはない。肌を切りつけるような殺気が、エトラから漏れている。

 これ以上は強がることにも限界が来るだろう。


 そしてエトラが仮面を外すと、その限界は即座に訪れる。


「っ……!?」


 その顔は、夥しいまでの火傷痕に覆われていた。

 何かの事故で火傷したにしては、顔中のそこかしこが火傷痕に覆われている。これは事故によるものというよりは、誰かから意図的につけられた火傷痕のように見えた。

 これは――――拷問の痕だ。


「君もこんな顔になりたくなかったら、はやく賢者の石の在り処を吐いた方が良いね? そうだね? ペリドットのお嬢さん?」


 口角を釣り上げながらじわじわと歩み寄るエトラから、ミラルは後じさっていく。しかしその背中はすぐに、後ろにいた少年にぶつかってしまった。


「臭ェな。”エリクシアン”の臭いがプンプンするぜ」


 少年の言葉に、エトラはピクリと反応を見せる。


「よくわかったね? 一体何者なのか知らないけど、死にたくなかったら大人しくしていた方が良いね? そうだね? 少年?」


 先程よりも強く、エトラの殺気をミラルは感じ取る。しかし少年は、ただ鼻で笑うだけだった。


「賢者の石は”まだ”あるのか」

「君に説明してあげる義理はないね?」


 これ以上の問答に意味はないと悟ったのか、少年は眼前のミラルに目を向ける。


「お前、名前は」

「……ミラル。ミラル・ペリドット」

「ミラル、ちょっと下がってろ」

「これ以上下がれないわよ!」


 そんな当たり前のことに、少年は指摘されて初めて気づく。誰かを守る時は後ろに下げる、それが少年の中の当たり前だった。


 だが後ろは壁だ。これ以上は”下がれない”。


「……だな。悪い」


 小さく笑って、少年は両腕に力を込める。


「なら俺が……前に進むしかねえか」


 少年が力強く両手を前に突き出すと、古びた鎖は粉々に砕け散った。

 いとも容易く砕かれた鎖に、ミラルもエトラも驚きを隠せない。


 そして解き放たれた少年の身体が、赤いオーラに包まれた。

 それを見た瞬間、エトラが息を呑む。


「この魔力……尋常ではないね?」


 言葉の代わりに、具現化した魔力が応と答えた。


 血のように赤く、純度の高い魔力が形を成し、少年の身体を包み込む。それはさながら、鎧のようだった。

 赤き兜が頭部を包み、差し色のようなプラチナブロンドが揺れる。


「赤い姿の、エリクシアンの少年……まさか――」


 変化した少年の姿に、エトラは何かを思い出したようにハッとなる。


「君がかつて禁忌に触れた赤き破壊神――――ルベル・C(チリー)・ガーネットだね……!? そうだね?」


「呼ばれ慣れねえな、フルネームはよ。気安く愛称のチリーで構わねえぜ……この後テメエが無事だったらな……!」


 赤き破壊神が今、目覚める。

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