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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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19/112

episode19「この先のこと-Heir of the Holy Grail-」

 ラズリルの寝室に通され、休むつもりでベッドに横になるミラルだったが、ほとんど落ち着ける気がしなかった。


 ラウラの話が頭から離れない。


 エリクサーの生成方法も、母の正体も、一度に受け止めるには大き過ぎる。

 いきなり王族の血が流れていると言われても、どうすればいいのかわからなかった。


 もう一度ブローチを手に取ると、以前よりも重たいような気がした。


 しばらくそのまま横になっていると、不意に部屋のドアが開く。


 視線を向けると、そこにいたのは意外にもチリーだった。


「よぉ」

「チリー……」


 どこか気まずそうな顔で、チリーは部屋に入ってくるとどっかりとベッドに座り込む。


 そのままチリーは腕を組んで黙り込んでしまったが、視線だけはミラルの方へ向いていた。その顔が声のかけ方に困っているように見えて、思わず笑みをこぼす。


「もしかして、心配してくれてる?」


 冗談めかしてミラルがそう問うと、チリーはすぐに頷いた。


「……ああ」


 いつになくストレートなチリーの態度に、ミラルはどぎまぎするような思いになる。


 よくよく考えれば物理的な意味で距離が近いし、昨晩の会話も段々恥ずかしくなってきた。


 力になりたいだなどと、面と向かって口にしてしまった。勿論嘘はないが、今更恥ずかしくなってきてミラルは顔を赤らめる。


(……そういえば、後でいくらでも聞いてくれるんだっけ)


 そんなことを言っていたような気がするが、むしろ聞きたいのはミラルの方だった。


「悪かったな」


 変にチリーを意識してしまっていたミラルとは裏腹に、チリーは重たい口調で謝罪を述べる。


「どうして謝るの? 私、何も謝られることなんて……」


 むしろ青蘭に捕まってしまい、迷惑をかけた分ミラルの方こそ謝りたいくらいだ。


 チリーは一度ミラルから目をそむけた後、気まずそうにもう一度視線を向ける。


「お前のおふくろの故郷……滅茶苦茶にしたのは俺だ」


 ミラルの母、シルフィアの故郷はテイテス王国だ。


 かつてチリーと青蘭が賢者の石に触れたことで、魔力の暴走に巻き込まれて消滅した国である。


 チリーのせいではない。と言ってもチリーは納得しないだろう。それ以前に、ミラルにとって母の話はまだ受け止めきれていない話だ。

 その母の故郷のことを謝罪されても、ミラルにはどうすればいいのかわからない。


 チリーが部屋に来たことで一度頭の片隅に追いやられていた複雑な感情が、またミラルの頭の中心に居座り始めようとしていた。


「……謝られても、わからないわ。私、お母さんの顔も思い出せない」

「そうか……」


 短く答えて、一度チリーは黙り込む。


 それからしばらくの間、少しだけ重い沈黙が訪れる。


 今度はミラルの方がどう声をかけるべきか決めかねていると、チリーの方から口を開いた。


「お前、これからどうする?」

「どうするって……」


 どうするんだろう。いざ問われると、すぐには答えられなかった。


 父の言葉通り、ラウラとは会った。そして自身の真実を知った。まだ飲み込めていないが、ミラルの中には賢者の石を制御するための魔法遺産オーパーツ、聖杯がある。父がミラルを必死で逃したのは、恐らくそのためだった。


「お前の聖杯は、今のところゲルビアには知られてねェ。だがもしバレれば、お前は今以上に狙われる……下手すりゃもう勘付かれてる可能性もある」


 ミラルは結局、ゲルビアからまた逃げなくてはならない。ラウラのように隠れて生きるのか、それとも必死に逃げ惑うのか。どちらにせよ、このままではミラルに安寧の時は来ない。


「俺はこれからも賢者の石を探す。目的は変わらねェ、今度こそ破壊する」


 青蘭との再会を経ても、チリーの意志は変わらなかった。


 消すべきなのは賢者の石という膨大な力のみ。全てのエリクシアンを消すなどという血に塗れた道を、チリーは選ぶつもりがない。


 それを聞いて改めてミラルが安堵していると、チリーの真っ直ぐな瞳がミラルを射抜いた。


「俺と来い」

「え……?」


 チリーの言葉に、ミラルは目を見開く。


「俺がお前を、ゲルビアには渡さねえ」


 そうはっきりと宣言するチリーの瞳は、今も尚ミラルだけを見据えている。


 その真剣な眼差しに、ミラルは思わず顔を背けそうになる。


 心臓がバクバクと音を立て始める。その僅かな鼓動は、聖杯の反応とはきっと違う。


 あの日とは逆だ。


 力を貸してほしいと、あの日頼み込んだのはミラルの方だった。それを利害が一致するからと受け入れたのがチリーだ。


 それが今は、チリーの方から一緒に来いと申し出ている。


 必要とされているような気がして嬉しかった。だけどそんな気持ちから目を背けるようにして、ミラルは問うてしまいそうになる。


(それは私が、ティアナさんに似てるから……?)


 そう思うと、一気に心臓が冷めてしまいそうだった。


 チリーは言った。ミラルとティアナは関係がないと。


 そうであってほしい。そうであってほしいけれど、そんなに簡単に割り切れる話だとも思えなかった。


 チリーと青蘭の会話を聞いていればわかる。二人にとって、ティアナがどれだけ重要な存在だったのかが。

 そんな彼女とよく似たミラルに、何も重ねるなという方が無理な話なのかも知れない。


「……俺と来るのは嫌か……?」


 チリーの声音が、少しだけ不安げに揺れる。


「そういう、わけじゃないけど……」


 そこから少しだけ間があった。


 しかしやがて、取り繕ったような真顔でチリーが言い放つ。


「言っとくが、お前とティアナは言う程似てねえからな」

「……私そんな話してないんだけど」

「顔でしてンだろーが!」


 図星をつかれてしまうとどうしようもない。恥ずかしくなって、ミラルはチリーから顔を背ける。


「仕方ないでしょ! 昨日あんだけ二人してティアナティアナずっと言ってたんだから!」

「俺は言ってねえ!」

「顔が言ってたのよー!」

「どーゆー顔だそれはッ!」

「聞きたいのはこっちよ!」


 気がつけば二人して声を張り上げて言い合い、先程の重たい空気など微塵も感じられなくなっていた。


 こんな話をしていると、なんだかバカバカしくなってミラルは肩の力が抜ける。


 もっと真面目な話をしているつもりだったのに、いつの間にかこんなくだらない口喧嘩になってしまっていた。


「……ありがとう」

「ああ? 何がだよ」

「なんか、気が紛れたわ。それに、来いって言ってくれてちょっと嬉しかった」


 そう言ってミラルが微笑むと、チリーの頬がほんの少しだけ赤らむ。それを一瞬も見逃さずに見つめた後、ミラルは大きくうなずいた。


「私、行くわ。チリーと。だけど守られるだけじゃ嫌」


 出会ってから今日まで、ミラルはただ守られて、助けられるばかりだった。

 足を引っ張って、チリーが昨日みたいに傷ついて……そんな光景はもう二度と見たくない。


「私もっと強くなりたい。心も、身体も。だから……私に、戦い方を教えてほしい」


 暴力での解決は、好きじゃない。だけど、自分の身を自分で守れないのではいつまでも誰かに迷惑をかけてしまう。


 この先はきっと、ただ守られるだけではいられない。


 ミラルの真剣な眼差しを、チリーはまっすぐに見つめ返す。そして深く頷いて――――


「それはラズリルに頼め」


 平然とそんなことをのたまった。


「えぇ……?」

「あのな、俺はエリクシアンの力を振り回して暴れてるだけなんだよ。人に教えられる戦い方なんて知らねえぞ」

「そ、そうよね……言われてみればそうね……」


 チリーの乱暴な戦い方が成立するのは、一重に彼がエリクシアンだからだ。場数を踏んではいるだろうが、全てが我流の喧嘩殺法なのだ。


 しかしまさかここまで開き直るとは想像もしなかったが。


「……ねえチリー」


 気を取り直して、ミラルは改めて話を切り出す。


「昨日言ったわよね。あとでいくらでも聞いてやるって」

「……言ったか?」


(こ、この男は~~~~~~~~~~~~~っ!)


 怒鳴りそうになるのをどうにか抑え込んで、ミラルはこほんと咳払いをしてみせた。


「チリーは賢者の石を壊したら、その後どうするの?」


 ミラルの問いに、チリーは一度口ごもる。


 だがすぐに、考えてねえよとそっぽを向いた。


「考えてほしい」


 すぐにミラルがそう答えると、チリーはわずかに首を傾げる。


「青蘭って人は、後のことなんて考えてなかった。きっと全てを終わらせたら、死ぬつもりだったんだと思う」


 全てのエリクシアンを殺す。その”全て”という言葉の中には、青蘭自身も入っていたことだろう。あれはそういう目だった。


 己を含めた全てのエリクシアンを消し去る。その覚悟の程は、ミラルにもチリーにもはっきりと感じ取れていた。


「私、チリーにはそうなってほしくない。だから考えてほしいの、その先のこと」


 過去だけじゃない。その先を見てほしい。


 賢者の石を壊して、チリーの思う責任を果たして、それで終わりだなんて言ってほしくない。


 傷があるなら、癒やす時間だって必要だ。

 傷ついた時間の分だけ、癒やされてほしい。報われなかった分だけ、報われてほしい。


「傷ついて戦って、責任を果たして終わりだなんてそんなの……悲しすぎるから」

「お前が悲しむことじゃねーだろ」


 そう言って、チリーはバツが悪そうに後頭を掻きむしる。


「ま、死ぬつもりもねーしな」


 成さねばならないことがある。今はそのことばかり考えているだけで、別に死ぬつもりもなければ何もかも捨てるつもりもない。少なくとも、今はそう思える。チリーは小さく息を吐いて、微笑んで見せた。


「適当に考えといてやらァ」

「……約束よ」


 それだけ聞ければ、もう十分だ。


 ごちゃごちゃしていた気持ちもすっかり落ち着いて、ミラルはホッと胸をなでおろした。


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