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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode13「罵られたって構わない-Destined Re-Encounter-」

 男に抱えられ、ミラルが連れ込まれたのは地下牢だった。


 薄暗い地下牢に半ば乱暴に放り込まれ、そのまま鍵をかけられる。扉に飛びついて男に抗議の目を向けるミラルだったが、男の方は冷えた目で見つけるだけだった。


 この男が王族、或いはその親族やそれに準ずる立場の人間であると仮定すれば、使用人の態度としてミラルの態度はまずかっただろう。それに対する罰だとすれば、納得はいかないがあり得る話だ。


 しかしミラルには、どうもこの男がそういうタイプの貴族であるようには見えなかった。彼が反応したのはミラルの態度ではなく、チリーという名前に対してだ。


 そのことについて問いかけようとするミラルだったが、男はミラルへ背を向けると地下牢を出ていく。


「待ってください! せめて理由を教えてください!」

「……奴をおびき寄せる」


 追いすがるように背中へ叫んだミラルに、男は振り返りもせずにそう答えて去って行く。


 やがて扉の閉まる音がして、薄暗闇の中に厭な沈黙が訪れた。


 地下牢の中は、入り口の燭台にロウソクが二本立てられている以外に明かりはない。


 重苦しい岩壁と錆びた鉄の牢は、早くもミラルの精神を蝕みかけていた。

 その上牢の中には血痕が残っている。一体この地下牢で以前何が行われていたのか、想像するだけでも恐ろしい。


 ミラルが恐怖を堪えて唇を噛み締めていると、正面の牢から声が聞こえてきた。


「……大丈夫? 一体何をしたの?」


 女性の声だ。


 驚きながらも誰かがいることに喜びを隠せず、ミラルは牢に飛びつく。


 そこでハッとなる。今この王宮に囚われている女性を、ミラルは一人だけ知っているからだ。


 そしてミラルは恐る恐る問いかける。


「もしかして……ラウラ・クレインさん……ですか?」


 女性は、ミラルの問いには答えなかった。

 警戒されている。そう感じたミラルは、すぐに自分の名を伝えた。


「私、ミラル・ペリドットです。アルド・ペリドットの娘です」

「あなたが……?」


 薄暗くて顔ははっきりと見えなかったが、女性が反対側の牢からこちらへ視線を向けているのがわかる。


「……ええ、私はラウラ・クレインよ」


 そして静かに、そう名乗った。



***



 ティアナ・カロルは太陽のような女だった。


 賢者の石というあるかどうかもわからない伝説を追いかける旅路の中、偶然出会い、いつの間にかそばでずっと照らし続けていた。


 黒く艷やかなロングヘアで、少しだけ上背がある。長い前髪で片目が隠れた彼女は、そのミステリアスな風貌とは対象的によく笑顔を見せる女だった。


「ずっとこの旅が続けばいいね」


 ああ、そうだ。ずっとこの旅が続けばいい。終わりなんて来なければ良かった。


「……この旅が続く限り、俺はお前を守り続ける」


 そう誓ったあの日、いつもは淀みなく話し続ける彼女が一度だけ口ごもった。

 照れくさそうに笑って、長い髪を忙しなくなでて、ただ一言。


「ありがとう」


 その時の笑顔に、今でも苛まれ続けている。

 いつだってこの記憶は、最後は赤く染まる。

 血に塗れた彼女を救いたくて、あの日願ってしまった。あの力に縋ってしまった。


 何も叶わず、太陽は堕ちたまま、赤き崩壊(レッドブレイクダウン)は全てを奪い去った。




***



 見慣れた悪夢から目を覚まして、チリーは微かに息を荒らげながら額の汗を拭った。


 こんなことなら眠らなければ良かった。眠らずにいられた、フェキタスシティまでの数日間が少しだけ恋しくなる。


「……クソ」


 一人悪態をついて、チリーはベッドから身体を起こす。


 ミラルとラズリルが王宮で潜入調査をしている間、待機中のチリーはラズリルの家で寝泊まりしている。


 スラム地区の中にあるとは思えない程備蓄があり、この二日間チリーは何十年ぶりともわからない普通の食事と睡眠を取っていた。


 それがいけなかったのだろうか。

 忘れるなと言わんばかりに記憶が夢でチリーを苛み始めた。


 胸糞の悪さを吐き出すように深呼吸をして、チリーはベッドを出て立ち上がる。

 安息を求めてはいけないのかも知れない。あの日の元凶を破壊するまでは。


 当て所なく彷徨い歩き、ペルディーンタウンの森で三十年も過去から逃げ続けた。

 エリクシアンであるチリーを排斥しようとする町の人達へ一切の抵抗もせず、チリーは森の片隅の洞窟で鎖に繋がれたまま眠りについた。


「……あいつらは何も変わっちゃいなかったな」


 ペルディーンタウンは貧しい田舎町だった。余所者を嫌い、半ば閉鎖的に暮らす小さな町だ。それ故に、ゲルビア帝国の軍服を着た人間に逆らえないのも、三十年前は人相書きが出回っていたチリーを恐れて排斥するのもある意味自然な話だった。

 当時のチリーには懸賞金がかけられていたが、厄介事を避けた当時の町民達は排斥を選んだ。エリクシアンにもゲルビア帝国にも関わりたくないというのが本音だろう。

 ミラルの件だって、エトラが現れなければ放り出して終わっていた可能性が高い。


 そこまで考えて、チリーはかぶりを振る。今更ペルディーンタウンや三十年前のことを考えても大した意味はない。


 一人で大人しくしていると、考えなくて良いことばかり考えそうになる。出来ればチリーも情報を集めたいのだが、下手に動いてランドルフに勘付かれればラズリル達が動きにくくなる。待機しておけとうんざりする程言いつけられたチリーは、不服ながらも納得して待機に甘んじていた。


 こうしてジッとしていると、さっきの悪夢のように三十年前の惨劇が脳裏に焼き付いて離れない。


 あの日失った何もかもがよぎれば、胸に空いた空白に目を向けなくてはならなくなってしまう。そこに吹く隙間風が嫌いだった。埋める術がないまま、凍えてしまいそうで。


 思考に埋没しかけていると、不意に玄関で音がする。


 ミラル達が戻ったのだと思ったが、足音は一人分しか聞こえなかった。訝しみながらそのまま待っていると、程なくして部屋に入ってきたのはラズリルだった。


「ただいまチリーくん」

「ミラルはどうした?」


 すぐさま問うと、ラズリルは小さくため息をついて見せた。


「それがラズにもよくわからないんだ。謎の男に捕まった」

「はぁ?」


 肩をすくめ、あっけらかんとした様子で答えるラズリルに、チリーは眉をひそめる。


「囚われている場所は恐らくラウラくんと同じだろう。流石に中までは見れなかったけど、地下牢があるのは間違いない。ミラルくんのおかげで場所も確認出来た」


 王宮には、現在使われていない地下牢がある、というのはラズリルが他の使用人から聞き出した情報だ。


 ランドルフとクリフの関係はラズリルの予想通りで、王宮内での評価も概ね予想通りだったと言える。


 それらの情報をチリーと共有し、ラズリルは一息つく。


「王宮内の間取りはある程度把握したよ。簡単な地図も書ける。流石に警備の状態までは調べられなかったが……まあ、君なら問題ないだろ?」


 エリクシアンの身体能力と戦闘力があれば、多少の警備は強引に突破出来る。元々これを前提とした救出作戦だ。


「ただ、ランドルフが新しく護衛を雇ったという話もあった。何者かはわからないが、エリクシアンだという噂もある。一応用心してくれたまえ」


 ラズリルの話を、チリーは腕を組んだまま黙って聞いていた。

 そしてラズリルへ、半ば睨むような視線を向ける。


「……随分と手慣れてやがるじゃねえか。この二日間でよ」

「褒められると照れちゃうね」

「茶化すな。テメエ、ミラルを囮に使っただろ?」


 ラズリルがこれだけ調べられるなら、わざわざミラルまで潜入させる必要はないハズだ。調査だけなら、ラズリルだけでも十分に行える。

 それでもミラルを潜入させたのは、撹乱のためだろう。

 ラズリル一人で潜入すればマークされる可能性が高い。それを少しでも分散させれば、ラズリルが動きやすくなる。


「悪いね。その方が都合が良かったんで……」


 ラズリルがそう言った瞬間、チリーの右手がラズリルの胸ぐらを掴んだ。


「テメエは最初ハナっから気に入らなかったンだ。毎度毎度飄々(ひょうひょう)と茶化しやがって」


 怒気の込められたチリーの言葉に、ラズリルは動じない。二色の眼で、静かにチリーを見つめていた。


「いいか? トンズラこくなよ。ミラルとラウラの救出にはテメエも来い。次妙な真似しやがったらぶちのめす」


 吐き捨てるようにそう言って、チリーはラズリルから手を放す。


「……すまない」


 チリーの予想に反して、ラズリルはすぐに謝罪の言葉を述べる。


 いつもの底の見えないおちゃらけた言い方とは違う。それに気づいて、チリーはわずかに目を見開く。


「ラズは今必死なんだ。ラウラくんを助けるためなら何だってやる。そのためなら罵られたって構わない」


 静かに、ラズリルはチリーの前で膝をつく。


「ミラルくんが囚われたのは計算外だ。本当にすまなかった」


 そのまま頭を垂れ、ラズリルは言葉を続ける。


「君の力はどうしても必要なんだ。ミラルくんの救出にも最大限協力する。だから力を貸してくれ」


 それはまるで祈りのようだった。

 居心地が悪くなって、チリーはラズリルから目をそらす。


「けっ、言われなくてもそのつもりだ」


 元より、チリーにはラウラを助けないという選択肢は持っていない。

 ミラルもラウラも、まとめて助け出す。それだけだ。


「さっさと行くぜ。ガキの相手ばっかで退屈してたところだからな」


 ラズリルに背を向けたチリーに、ラズリルはもう一度改めて頭を下げる。


「……ありがとう」


 小さくそう告げて、ラズリルは立ち上がった。


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