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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」

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episode12「知らない面影-Destined Re-Encounter-」

 フェキタスシティの教会には孤児院があり、マテュー達はそこへ預けられることになった。


 空きがたくさんあるというわけではなかったものの、マテュー達三人くらいは受け入れられる状態で、連れてきたミラル達はお礼を言われる程だった。


 スラム地区に住んでいる子供達については教会側も把握出来ていない部分が多く、今後の課題であるようだ。


 そんな孤児院の中庭で、チリーは木の上に寝そべって下にいるマテュー達と話していた。


「お前暇そーにしてるけどいいのか?」

「うっせーな、今はやることがねえンだよ」


 王宮に関する調査は、現在ミラルとラズリルが行っている。特に今回の作戦はチリーには不向きで、やることがなくなったチリーはラズリルの家で寝泊まりしながら適当に待機している状態だ。


 孤児院に顔を出すのもただの暇つぶしである。


「ま、お前強いだけで調べ物とか向いてなさそうだもんな。掃除や皿洗いも出来なさそーだし」

「うるせーほっとけ」

「チリー兄ちゃん遊ぼう!」


 そんな会話をしていると、中庭で遊んでいた子供達がチリーのいる木の下に集まってくる。


「遊ばねえよ散れ散れ」

「じゃあチリー兄ちゃんが鬼ね!」


 チリーのぶっきらぼうな態度など、子供達は毛ほども気に留めていない。勝手に遊びを始めると、それぞれ勝手気ままに走り出していく。


「日暮れまでに全員捕まえられなかったらチリー兄ちゃんの負けね!」

「あ?」


 負け、という言葉に、チリーはピクリと反応を示す。


 そう、子供達は知っているのだ。

 勝ち負けを引き合いに出せばチリーがわりと簡単に乗せられることを。


「上等だガキ共……この俺に勝てると思うなよ!」


 勢い良く飛び降りるチリーを見て、子供達ははしゃぎながら逃げていく。


 そんな様子を遠巻きに眺めながら、シスター達が微笑ましそうに目を細める。


「あの人、いつも子供達と遊んでくれて助かるわぁ」

「……でも、結局誰なのかしら?」


 なんだかよくわからないが定期的に現れて遊んでくれる謎の男である。



***



 ミラル・ペリドットは本気で頭を抱えていた。


 またしても迷子になったからである。


 ミラル自身、まさかこれ程までに自分に方向感覚が備わっていないとは思っても見なかった。


 場所はアギエナ国の王都ウォルフデンにあるアギエナ城。ミラルは着慣れないメイド服に身を包み、どうしてこうなったのかと深く溜息を吐いた。


 ラズリルが立てた作戦は簡単なもので、王宮へ使用人として雇ってもらい、潜入調査を行うというものだった。


 いくら使用人とは言え、王宮の使用人だ。そう簡単には採用してもらえまいとミラルは思っていたのだが、あれよあれよという間にラズリルが話を進めていつの間にか二人共採用されるに至っている。


 丁度使用人が数人やめて人手不足だったのもあるらしいが、それにしても話が早い。ラズリルは詳しく話してくれなかったが、王宮内にコネでもあるのだろうか。


 ミラルとラズリルが王宮に行く前、チリーは一度だけミラルに「ラズリルに気をつけろ」と注意している。どうもチリーはラズリルを完全には信用していないようで、ミラルも正直半信半疑と言ったところだ。


 持ち場が違うため、ミラルとラズリルは行動を共にしていない。宿舎も部屋が違うので、情報共有はまだほとんど出来ていない状態だ。


 使用人の間でも、ランドルフとクリフのどちらが王位を継ぐかは話題になっており、ほとんどが口をそろえてクリフ殿下が継ぐべきだと言っている。ランドルフの思想に好感を持つのは、一部の貴族くらいのものだろう。


 使用人や平民のような下の階級からすれば、ゲルビア相手に戦争なんぞされればたまったものではない。負け戦を応援する気など誰にもないのだ。


 クリフはアギエナ国最北で国境を守っている公爵家との外交で留守にしたまましばらく戻ってきていない。


 ある程度調査は進んでいるが、結局のところ決定的な情報はほとんど出て来ない。おまけに王宮内で道に迷って途方に暮れる有様である。


「……私ほんっとに方向ダメなのかも知れない……」


 ミラルは元々、家の周辺より外に出ることはほとんどなかったのだ。道に迷うも何も知らない場所をうろつくことがなかったのである。


 ペルディーンタウンまでは無我夢中で走ってきただけで辿り着いたのは偶然だ。その後のフェキタスシティまでの道はほとんどチリーがナビゲートしてくれていた。


 情けないことに、今この状況に至るまでミラルは自身の方向音痴を全く自覚していなかったのだ。


 そうして城内を彷徨う中、不意にミラルは心臓が僅かに脈打つのを感じた。


(えっ……?)


 この感覚は初めてではない。


 異様にハッキリとしたこの鼓動は紛れもなく、あの日チリーに出会った時に感じた時と同じものだ。


 チリーが近くにいるのかとも思ったが、あの日以降ほとんどいつもチリーと一緒にいたがこの感覚になったことは一度もなかった。


 あの日と同じように、ミラルの足を急かすように鼓動が高鳴る。

 不可解な感覚に導かれるままにミラルが歩いていると、反対側から男が歩いてくるのが見えてきた。


 あまり見慣れない風貌の男だった。少なくともこの王宮内では初めて見る。

 やや黄色に近い肌色で、黒い短髪のその男はミラルを見た途端ピタリと足を止めた。


 生気の感じられない、冷めた黒い瞳だ。


 男が近づくと、ミラルの鼓動は止まっていた。


(この人は……?)


 つい、まじまじと見つめかけたが、ミラルは慌てて頭を下げる。今のミラルはこの王宮の使用人だ。王族や貴族、その関係者を前にして突っ立っていたのでは首が飛びかねない。


 王族にしては地味だが、使用人の服装でもない。町を歩いている少し身なりの良い市民と言ったところだろうか。王宮という場所とズレたその姿は、景色の中で浮いているように見える。


 男は、ミラルが頭を下げた後早足で近づくと、その顔を右手で強引に上げさせた。


「ティアナ……?」


 そう呟くと同時に、男の瞳が憂いを帯びた。


 だが呟くその名には、全く聞き覚えがない。


 困惑するミラルをしばらく見つめて、男は落胆したように目を伏せる。


「誰だ、お前は」


 その言葉には、微かに威圧感があった。


 やや気圧されかけるミラルだったが、この男にはどうしても聞かなければならないことがある。


 もしさっきまでこの男に感じていた鼓動が、チリーに感じていたものと同じなのだとしたら。


 チリーとこの男が、二人共ミラルを誰かと誤解したことには何か関係があるのかも知れない。


「……私は、ミラルです。ティアナって、誰なんですか?」


 過去に関して、チリーはほとんど口を閉ざしている。

 踏み入られたくないのは見ればわかったため、ミラルはなるべく過去については詮索しないようにしていた。


 だが気にならないと言えば嘘になる。

 あの日チリーがミラルに向けた目が。

 この男がミラルに向けていた目が。

 どうしようもないくらいに悲しそうだったから。


「君には関係ない」


 しかし案の定、この男もチリーと同じだった。閉ざすだけのチリーと、突き放すこの男。


(……段々ムカついてきたわ……)


 そもそもチリーもこの男も失礼なのだ。

 勝手に誰かと間違えて、勝手に落胆してこの態度である。

 ティアナが彼らにとって何なのかは知らないが、初対面でこのような態度を取られる筋合いはミラルにはない。


「この人もチリーも、何なのよ……」


 思わず、苛立ちが呟きとして漏れてしまう。


「……ッ!」


 しかしそれを、青年は聞き逃さなかった。


「今チリーと言ったか?」


 突如、男の目つきが変わる。


「奴は生きているのか?」


 ミラルの肩を掴み、グイと引き寄せて男はそう問いかけた。


 その問いに答えるべきなのか、ミラルには判断が出来ない。しかし沈黙は男にとって肯定と変わらなかった。


「生きているんだな?」


 瞬間、ミラルは抱きかかえられる。

 当然抜け出そうともがくミラルだったが、抵抗は一切意味をなさなかった。


「放して! 放してください!」


 ミラルの言葉には応じず、男はミラルを抱えたままどこかへ歩いて行く。


 その様子を、物陰から見つめる女がいた。


「……これはまずいね」


 女――ラズリルはそう呟きつつ、男の後を追いかけた。


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