episode113「咎人の旅路-Wandering alone-」
お待たせしました。
ハイペースでの更新は難しく、かなり低速にはなりますが一旦再開します。
かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産……賢者の石。
三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊と呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。
制御出来ない膨大な力を持つ賢者の石だったが、ソレを制御する方法が一つだけあった。それが、ミラル・ペリドットの持つ魔法遺産、聖杯である。
テイテス王国での悲劇の引き金の一つとなった少年、ルベル・Cチリー・ガーネットは、ミラルと出会い、賢者の石を破壊するための旅を始める。
チリーとミラルは、旅の中で出会ったシュエット・エレガンテ、シア・ホリミオンと共に因縁の地、テイテスへと向かう。
そこに現れたのは、チリーの過去の旅で死んだハズの少女――――ティアナ・カロルだった。
ティアナ・カロルの正体は、原初の魔法使いであるテオス・パラケルススの娘であるノア・パラケルススだった。
そしてノアの真の目的は、賢者の石と聖杯の力で世界を壊すことだったのだ。
ノアによって力を奪われたチリーだったが、ミラルの育ての父であり、かつてゲルビアの傭兵だった男アルド・ペリドットの持っていたプロトエリクサーによって再び力を取り戻す。
ゼクスエリクシアン。
通常のエリクシアンを遥かに凌駕する力を手に入れたチリーは、太古の魔法を操る強敵であるノア・パラケルススを退けることに成功する。
原初の魔法使いの一人であるウヌム・エル・タヴィトが遺した予言――――東国に眠りし虹の輝きが、闇を照らす剣となる、を手がかりに、チリー達は次なる目的地を東国へと決める。
しかし東国は、十年以上前に滅んでしまっていた……。
かつてチリーと共に旅をし、赤き崩壊で共に全てを喪失し、故郷である東国を失った男、青蘭。
全てのエリクシアンを殺す。そう決めて彷徨い、チリーと対立した青蘭は、戦いの後に姿を消していた。
その彼が、目指す場所は――――
***
その男は、寂れた酒場の中で一際目立っていた。
特段珍妙な格好をしているわけでもなければ、奇行に走っているわけでもない。ただ静かに席について、神妙な顔つきで安酒を飲んでいる。
彼が人目を引くのは……彼が明らかにこのアルモニア大陸の人間ではなかったからだ。
この大陸の男性の平均的な体格よりやや小柄で、黄色みがかった肌色。彼のような特徴を持つ人種は、大陸の中には存在しない。
彼の出身地は東国。
十数年前、ゲルビア帝国によって滅ぼされた離島の小国だ。その時に、東国人はほとんどが死亡、或いは帝国の捕虜になっている。彼の存在は、単純に物珍しかった。
黒いコートを着た細身のその男は、短い黒髪で端正な顔つきだが、その表情は険しい。
男は酒を飲み終わると、険しい顔立ちのまま席を立ち、店主と会計を始める。
「……一つ聞いていいか」
会計を終えると、店主に対して男は静かにそう問うた。やや驚きつつも、店主が頷く。
「……”ジェノ・クルーガー”を知っているか?」
そう言って男がカウンターへ数枚金貨を置くと、店主は一度目を丸くしてから口角を釣り上げる。
「ああ、それなら…………」
店主の耳打ちに相槌を打ち、小さく礼を告げてから男は酒場を出ていく。
男の名は、青蘭。
三十年前、赤き崩壊の引き金となった”もう一人の咎人”……。
***
時は、チリー達がヘルテュラシティに滞在していた頃まで遡る。
青蘭がこのアシュボーンタウンにたどり着いたのはつい先日のことだった。
アギエナ城の地下牢でチリーと戦った際、青蘭は戦いの影響で崩落する地下牢の中で一度生き埋めになっていた。
しかしエリクシアンである青蘭は、その程度では死なない。自力で地面から這い出し、青蘭は王都ウォルフデンを後にした。
青蘭の目的は、エリクサーの生成方法を知るラウラ・クレインを殺害することだった。
異能を持つ超人、エリクシアンを生み出す霊薬エリクサーは、この世に存在してはならない。エリクシアンの力は人類には必要ない。青蘭自身も含めて、一人残らず抹消しなければならない。
そうしなければ、罪のない人間が死に続けてしまう。
そう、信じていた。
(だが俺はルベルに……敗北した)
あの日、青蘭はチリーに……ルベル・C・ガーネットに敗北した。
聖杯によって力を取り戻したチリーに敗北し、青蘭はしばらく地中で気を失っていたのだ。ラウラにこれ以上手を出さなかったのは、敗北を認めたからだ。
力や強さだけが全てだとまでは思わない。しかしそれでも、あの敗北は青蘭にとって大きな歪みに変わっていた。
――――テメエのやり方は気に食わねえ。俺には俺のやり方ってモンがあんだよ。
あの目は、僅かだが未来を見ていた。
この先を生きようという覚悟が、ほんの少しだけ青蘭にも見えた。それは、今の青蘭にはない。
グッと拳を握りしめ、奥歯を噛み締める。自分の中に生じた迷いが忌まわしかった。
(俺は……俺の成すべきことを成すだけだ……!)
エリクシアンは殺す。殺さなくてはならない。一人残らず。
酒場で仕入れた情報が確かなら、ジェノ・クルーガーが根城にしている小屋は近い。
余計な思考は振り払い、今はただ眼の前のことに集中するべきだ。
ジェノ・クルーガーは、ゲルビア帝国のエリクシアン部隊、イモータル・セブンの隊長だった男だ。
赫灼のジェノ。炎の能力を使い、東国の戦士達を焼き尽くしたとされる凶悪なエリクシアン。
もっとも、こんな場所にジェノがいるとは思えない。アシュボーンタウンはアギエナ国の中でも辺境の町だ。ウォルフデンを出た後、自分がどうやってここにたどり着いたのかさえ判然としない。
青蘭は身体を休めつつ、ふらふらと彷徨いながらアシュボーンタウンに流れ着いた。
ラウラの次に殺すと決めていた、ジェノ・クルーガーを捜しながら。
それが本当にジェノを捜していたのか、残っている目的にすがりついただけなのか、青蘭自身にもよくわからなかったが。
***
ここら一帯の天候は、青蘭が辿り着いた時からずっと芳しくない。日中も雨雲に覆われたままだが、雨は降りそうで降らない。
まるで自分が雨雲を連れてきたかのようだと、青蘭はぼんやり思う。
それでしっかり降れば作物も育つだろうが、曇るだけなら人の心が少し陰るだけだ。さっさと目的を果たして、ここからは立ち去ってしまいたい。
取り留めのない思考を続けている内に、青蘭は町外れの小屋にたどり着く。見張りの男が二人、ここが酒場の店主の言っていた”ジェノを名乗る人物”のアジトだろう。
小屋の中からは、男達の笑い合う声が聞こえてくる。酒でも飲み交わしているのかも知れない。
青蘭には、ある程度魔力の反応がわかる。エリクシアンが近くにいれば察知出来るのだ。
(エリクシアンなのは間違いない、か……)
ジェノ本人かどうかはさておきエリクシアンであるなら殺さねばならない。
青蘭が小屋に近づいていくと、見張りの男達が反応を示す。
だが彼らは何かを言いかける前に、青蘭に鳩尾を強打され、悶絶しながら倒れた。
「すまない。加減はしておいた」
エリクシアンの力は、普通の人間に対して振るうべきではない。かなり加減をしておかないと一撃で致命傷になってしまう。この程度なら死にはしないだろう。
死ぬほど痛いだろうとは思ったが。
小屋の中に入り込むと、中で酒を飲み交わしていた男達が青蘭を睨みつける。一緒にいた何人かの女は、何事かと目を丸くしていた。
散らかった、薄汚い部屋だと青蘭は感じた。
割れた酒瓶や飛び散った食べ物のソースらしきものは、そのまま欲望の発露のようだ。
顔をしかめる青蘭を見て、中心にいた男が静かに口を開く。
「お前、俺が誰だかわかっているのか?」
「その一言で確信した。お前は何者でもない」
即座に青蘭が返すと、男はわざとらしく口笛を吹く。
「こいつを見てもそう思うか?」
男が手をかざすと、その手から青蘭めがけて火球が放たれる。
まっすぐに頭部を狙うその火球を、青蘭は首をひねるだけでかわした。
火球がかすり、青蘭の短い黒髪が極僅かに燃える。
その若干の焦げ臭さを感じ取りながらも、青蘭はまっすぐに男を睨みつけた。
「遺言代わりに一応聞いておいてやろう。名前は?」
「ジェノ・クルーガーだ! ゲルビア帝国最強のエリクシアン部隊、イモータル・セブンの隊長の一人だァ!」
ジェノと名乗った男は、即座に青蘭へ向かってくる。
(ここまで近づけば魔力でわかる……こいつは、ジェノ・クルーガーではない)
イモータル・セブンの隊長は、単騎で戦況をひっくり返す程の怪物だ。この男の魔力からは、それほどのものは感じられない。
男の拳が炎を纏う。燃える拳で殴るより、遠距離から焼き尽くした方が速いのは明白だ。
ならば逆説的に、そのレベルの火力は出せないと考えられる。
冷静に回避して、青蘭は男の腹部に拳を叩き込む。
「ぐッ……!」
普通の人間なら中で内蔵が破裂するような威力だ。頑丈なエリクシアンでも、十分ダメージになる。
しかし次の瞬間、男は青蘭の腕を強く掴んだ。
「――――ッ!」
「へへっ……バカがよ」
男がそうこぼすと同時に、男の身体は燃え盛る……腕を掴まれている青蘭と共に。
「お察しの通り俺はジェノ・クルーガーじゃねえよ! 炎もあいつに比べりゃ大したことはねえ! でもなァ……ここまで密着したお前を焼き殺すくらいは出来るんだぜ……!」
遠距離から焼くことは出来ずとも、近距離でなら不可能ではない。男は今、自身の魔力を限界まで使って青蘭を焼いている。
その上、男の身体は火を纏うだけで燃えていない。能力に適応した身体なのだろう。
つまり今は、この男が自身の安全を確保したまま最大火力を出せる距離なのだ。
「ッ……!」
魔力由来の炎は、エリクシアンの身体でも容赦なく燃やす。エリクシアンは通常の武器や現象ではダメージを受けにくいが、魔力によるものなら話は別だ。
(俺は今……無意識に迷ったのか……!?)
青蘭は今、一撃で男を仕留めるチャンスがあった。
それを無意識に”十分なダメージ”で抑え、相手に逆転のチャンスを与えてしまったのだ。
これを青蘭は、自分が相手を殺すことを躊躇った、と判断した。
「帝国じゃちょろ火のバリーだなんて馬鹿にされてたがよォ~~~ッ! テメエのようなマヌケくらいならどってこたねえぜ! どんな気分だ? ちょろ火に焼かれる気分はよォーーーーッ!」
「舐めるな……ッ!」
動揺はしたものの、この程度で身動きを封じられる青蘭ではない。
力で強引に振りほどき、青蘭はひとまず数歩後退した。
「舐めているのはテメエだ猿野郎! 一度ついた炎は……操れるからよォ~~ッ!」
男――――バリーがニヤリと笑うと同時に、青蘭に纏わりついた炎が一気に燃え盛る。
悲鳴こそ上げなかったものの、全身を焼かれる苦痛に青蘭は膝をつく。
「お仲間のいる場所に送ってやるよ……東国のクソ猿!」
「貴様ッ……!」
バリーの吐き出す侮辱に、青蘭が激怒しかけた――その時だった。
「それは聞き捨てならねえなァ」
青蘭の後ろから、一人の小柄な男が小屋に入り込んでくる。
「なッ……!?」
その出で立ちに、青蘭は驚愕する。
「ちょっくら……成敗」
入ってきた男は、”腰に提げられた刀”を引き抜いた。




