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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode109「いつか交わる道を-Separate Roads,Same Sky-」

 ノアとの激戦の残滓はテイテス城の各地に残ったが、それでも城全体としては奇跡的に無事な部類に入った。


 これはチリーやミラルが被害を最小限に食い止めた結果でもある。とはいっても、一部は暴走したチリーが破壊してしまったものなのだが。


 チリー達を含めて負傷者は多く出たが、死傷者は出ていない。重症者もほとんどおらず、テイテス王国の悲劇は未然に防がれたと言って良いだろう。



 新たな力の影響か、チリーは極度の疲労状態にあり、再びベッドに寝かされている状態だった。


 病室はチリーによって半壊していたため、現在は来客用のベッドで横になっている。


 身体を満足に動かせるようになるまでは時間がかかりそうだったが、チリーの意識ははっきりとしていた。


 チリーのすぐそばではミラルが手を握り、そのすぐ後ろにはアルドが立っている。


 まだどこか不安そうなミラルに、無事だと笑って見せ(不器用な笑顔ではあったが)て、チリーは一息つく。


「……で、なんでまだお前らがここにいるんだよ」


 そう言ってチリーが眉をひそめながら視線を向けたのは、何故かシュエットとシアに混じってチリーを見守っているニシルとトレイズだった。


「……」


 気まずそうに黙り込むニシルと、なんとも言えない表情のシュエットとシア。


 トレイズはチラリと全体の様子を見てから深くため息をつく。


「……ニシルはお前を心配している」

「ちょっとトレイズ!」


 慌てて否定しようとするニシルを、トレイズは呆れた顔で一瞥する。


「難しいかも知れんが、今は警戒しなくて良い。敵意はない」


 静かに告げるトレイズに、チリーは警戒を解かずに視線を向ける。


「どーだかな。テメエがシュエットとシアを氷漬けにしたこと、俺は忘れねえぞ」

「……だけど、彼らの命を守ったのもトレイズだよ」


 ニシルの言葉に、ミラルが頷く。


「ノアの魔法は、辺り一体を破壊する程の威力だったわ。その人が二人を氷で守ってくれたのよ」


 トレイズはあの時、氷漬けで動けなくなっている二人を氷の防護壁でノアの魔法から守ったのだ。


 完全に無傷とまではいかなかったものの、本来ならその場で即死していてもおかしくない状況だった。


「…………その時に魔力を使い果たしている。今敵対するつもりはない」


 ややバツが悪そうに言うトレイズだったが、チリーはまだ顔をしかめていた。


「腑に落ちねえな。あいつらを助けてくれたことには礼を言うが……この状況はお前らからすりゃ好機だろ」


 ゲルビア帝国の目的は聖杯を持つミラルを手に入れることと、赤き破壊神であるチリーを始末することだ。


 チリーからすれば、ここで行動を起こさない理由がわからない。


「状況が変わったんだよ」


 そう言って、ニシルはそのまま言葉を続ける。


「チリー、君が今手にした力は僕達にとっても希望になり得る」


 ニシルの言葉に、チリーが僅かに眉を動かす。


「……チリー、僕らの目的はテオスの使徒を倒すことだ。世界を壊させないために。そして今君が持つ力は……唯一テオスの使徒に対抗出来得る力なんだ」

「なにか知ってる風な口振りだな」


 鋭い視線を向けるチリーに、ニシルは深く頷いた。


「――――ゼクスエリクシアン計画」


 ニシルがそう言うと、誰よりも先にアルドが驚愕の表情を見せる。


「待て……なんだそれは!? そんな話、俺もラウラも知らないぞ!」

「……あなたはともかく、ラウラが知らないのも無理はないよ。これはヴィオラ・クレインの時代に計画され、すぐに白紙になったものなんだ」


 つまりゼクスエリクシアン計画は、ヴィオラからラウラへ”引き継がれなかった”計画ということになる。


「そんな機密を、なんでテメエが知ってる?」

「トレイズの、イモータル・セブンの隊長権限で資料を閲覧させてもらった。エリクシアンについては、きちんと知っておかなければならないと思ったからね」


 ゲルビア帝国において、最強の部隊であるイモータル・セブン。その隊長であるトレイズには、帝国内においてかなりの権限がある。機密とされている資料の閲覧も、その一つだ。


「……計画の概要は簡単だよ。エリクサーの効果が重複すれば、更に強いエリクシアンを生み出せるかも知れない……そういう、単純な発想だ」


 ニシルがそこまで言えば、チリーもアルドもすぐに理解した。


「チリー、君はエリクサー……それも濃度の濃いプロトタイプを飲んだんだね。そして、適合した」


 ノアによって力を奪われた後、チリーはアルドの持っていたプロトエリクサーを飲み、再びエリクシアンになった。一度は失敗したかに思われたが、チリーはエリクシアンとして復活したのである。


 だがその力は、以前とは異なる力だった。


 賢者の石の力の残滓よりも、遥かに強力な魔力がチリーの中を駆け巡っている。今は力を使い果たしているが、体内で脈動する膨大な魔力をチリー自身にも感じ取れる。


 ――――お前の身体はどうあがいても、二度とただの人間には戻らない。そんな身体にエリクサーを流し込んで、ただのエリクシアンで終われると思うか?


 チリーの中に残っていた、賢者の石の残滓。ソレが言っていたことを思い出し、チリーは息を呑む。


「……気付いたみたいだね」


 賢者の石の力は、チリーの身体の中に三十年間残っていた。その力が、長い月日を経てチリーの身体を変えていたのだとしたら――――


「エリクサーは、体内に魔力炉を形成することで人間をエリクシアンに変える……その体内に、既に魔力炉が備わっていて、同時に二つの魔力炉が、体内に存在することが出来たら……?」


 魔力炉は、体内で魔力を生成する器官だ。


 それが二つになるということは……単純な話、出力は二倍になる。


「これは確信に近い仮説だけど……チリー、今君の体内には魔力炉が二つあるんじゃないか?」


 チリー自身には、はっきりした自覚はなかった。


 しかしニシルの理屈はある程度筋が通っている。


 ノアの魔法を相殺出来る程の力……ゼクスエリクシアンの力の理屈として。


「……あるわ」


 今まで黙っていたミラルが、不意に呟く。


「私、感じる。チリーの中に……魔力炉が二つある。今のチリーは、他のエリクシアンとは違う……」


 それは、不安を孕んだ声音だった。


研究所ラボにわずかに残った資料には、二つの魔力炉を持つエリクシアンをゼクスエリクシアンと記述していた。もっとも、成功したなんてことは一つも書いてなかったけどね」

「ゼクス……エリクシアン……」


 ニシルの言葉を繰り返して、チリーは唖然とする。


 まだ自分がどういう状態なのか、飲み込みきれていない様子だった。


 それは当然、チリー以外もそうだ。


 ミラルもアルドも、シュエットとシアも戸惑いを隠せない。


「ゼクスエリクシアン計画は、記録上一度も成功していない。そもそもエリクサーに適合すること自体稀だからね。もう一度飲めば、身体が負荷に耐えられない……普通は」


 恐らくそれが、チリーの特異性なのだろう。


 エリクサーは人間の身体を急激に変化させる。その失敗例が、かつてテイテス王国で暴れた怪物であり、アルドが研究所ラボで目の当たりにした地獄だ。


 だがチリーの場合、エリクサーを飲む前に身体に魔力が馴染んでいたのだろう。そしてチリーの中にあった魔力炉は、ノアによって奪われなかった。


 魔力で作られた疑似的な魔力炉とは違い、チリーの体内に出来ていたのは本物の肉体器官としての魔力炉だったのかも知れない。


 遥か昔、この世界に存在した魔法使い達と同じ。


「だからチリー、君は今存在そのものが”奇跡”なんだ。そして実際に、君はあの女を退けた」


 あの女、と口にしたニシルの言葉の端には僅かな憎悪が灯る。それに気づいて、チリーは一瞬だけニシルから目を背けた。


「チリー……力を貸してくれ。君は、唯一テオスの使徒に対抗できる……僕達の、人間の切り札だ」


 チリーは、ニシルを見据えたまま口ごもった。


 なにかを考え込んでいるようにも見えたし、既に決めた答えを言い淀んでいるようにも見えた。


 言いようのない間があってから、チリーはようやく口を開く。


「断る。ゲルビアとは組まねえ」


 しかしはっきりと、チリーは言い切った。


「俺がぶちのめすと決めたのは、ノアだけじゃねえ。テメエらゲルビアみてえな他人を踏みにじる連中もだ。どんな理由があろうが、テメエらのやり方は認めねえ、加担しねえ」


 あの時、チリーは彼女達に約束した。

 エリクサーの素材として犠牲になり、チリーの中にいる彼女達と。


 彼女達をこんな風にした全てを、チリーがぶっ壊す、と。


 その誓いは変わらない。


 人の命を踏みにじる不条理を、チリーはもう認めない。許さない。


 そしてその答えを、ニシルは予見していた。小さく息をついて、わざとらしく笑って見せる。


「だと思ったよ」


 ニシルは、静かにチリーに背を向けた。


「なら話はここまでだ……いいかな、トレイズ」


 トレイズは微かに逡巡するように目を泳がせたが、やがて小さく頷いた。


 それに対して、シュエットとシアが素早く身構える。だがトレイズは首を左右に振った。


「言っただろう。戦うつもりはない、と」

「……なによ、見逃してくれるワケ?」

「……逆だ。俺達を見逃せ」


 トレイズの言葉に、シアは呆気にとられて目を丸くする。


「お前らにとってゲルビアは敵だが、俺とニシルにとってお前らは敵ではない。戦う意思はもうない」


 はっきりとは口にしないが、恐らくソレは妥協の提案だ。


 その意図を理解して、シアは警戒を解く。


「わかった。オッケー、見逃す」

「おいシア!」


 不服そうに声を荒げるシュエットを、シアが制する。


「停戦協定ってことね。いーわよ。アンタなんかと二度と戦いたくないしね」

「……俺も二度とあの人形は御免だ」


 表情を少しだけ崩して、トレイズは笑みをこぼして見せる。


 シュエットはまだトレイズを睨んでいたが、やがて諦めて嘆息した。


「今回は見逃してやろう……! だが次に俺達の前に現れれば、今度は容赦せんぞ!」


 シュエットを軽く受け流し、トレイズも背を向ける。


「……チリー」


 そしてニシルは、振り返らないまま呟くように言う。


「僕らの目的は同じだ。いつか道は交わる……信じてるよ」

「……だと良いがな」


 茶化すようにチリーが答えると、ニシルは背を向けたまま笑った。


 そのまま、ニシルとトレイズはその場を去っていく。


 去っていくニシルの背に伸ばそうとしたチリーの手は、うまく動いてくれなかった。



***



 テイテス城を後にし、ニシルとトレイズは歩いていく。


 言いようのない寂寞が、ニシルの表情に影を差す。


「……良かったのか?」

「うん、これで良いんだよ」


 短く問うトレイズに、ニシルはすぐにそう答える。


「チリーには今の仲間と、今の旅がある」

「……そうか」


 トレイズは、それ以上詮索しようとはしなかった。


 不器用な気遣いに微笑んで、ニシルは数歩だけトレイズと距離を縮めた。


「それに、僕は君と一緒に行くって決めているからね。君が僕を救った、あの日から」


 赤き崩壊(レッドブレイクダウン)が起きたあの日。


 瓦礫に埋もれて死にかけていたニシルに手を差し伸べたのは――――ゲルビア帝国の兵士として調査を行っていたトレイズだった。


「……死んだ弟に似ていた。それだけだ」


 ニシルから顔を背けて、トレイズは小さな声で呟く。


「そこまで恩義を感じる必要はない」

「理由はなんだって良いんだよ。僕を救ってくれた、その結果だけあれば」


 取り残されたニシルの歩みは、トレイズと共にあった。


 だからこそ、ニシルはこの先もトレイズと歩むと決めた。


 名残惜しさを振り払い、ニシルはトレイズと共に征く。


 その道の先で、旧友の歩く道が交差すると信じて。



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