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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode108「最強の力-The Rise Of Zex-」

 見たこともない姿で立つチリーの姿に、ミラルは言葉を失う。


 チリーは、ノアによって魔力を奪われていたハズだった。


 しかし今のチリーからは、膨大なまでの魔力が感じられる。身体の中に抑え込めず、漏れ出した魔力が黒い稲妻のように迸る程に。


「ミラル……待たせて悪かった」


 振り向かずにそう言って、チリーはノアを見据える。


「俺が必ず守る。誰にも、お前を傷つけさせない」


 その言葉の中に、ミラルは身を委ねてしまいそうになる。あまりにも雄々しく立つチリーの姿に、ミラルは安堵してしまった。


 きっともう、負けない。なんとなく、そう信じられた。


「……君みたいなエリクシアン、聞いたことないんですけど」


 不愉快そうにチリーを見下ろして、ノアがぼやく。


「けっ、俺だって知らねえよ。だからテメエで試してやる」

「…………ムカつくなぁ、それ」


 ノアが呟いた瞬間、眷属が拳を振り上げ、即座にチリー目掛けて下ろす。


 しかしチリーは、そこから微動だにしなかった。


「ちょっと、チリー!」

「心配いらねえよ。守るっつったろ」


 思わず声を上げるミラルの方をチラリと見る。


 そして次の瞬間、チリーの纏う魔力が勢いを増す。迸る黒い稲妻が、より一層激しくなった。


 チリーに、眷属の拳が迫る。


 その拳を、チリーは片手で受け止めた。


「……へぇ」


 僅かに、ノアが感嘆の声を漏らす。

 眷属の拳は、それ以上振り下ろされなかった。


「嘘だろ……?」


 その光景に、ニシルとトレイズも息を呑む。


 ノアの眷属は、決して弱くはない。


 能力が使えないとは言え、ニシルもエリクシアンだ。そのニシルが、トレイズと二人がかりでどうにか抑えたのがあの眷属の振り下ろす拳だ。


 その場にいた全員が理解する。

 今のチリーは、これまでとは次元が違うのだと。


「終わりか?」


 チリーの言葉に、眷属が反応を示す。しかしその時には既に、チリーの姿は消えていた。


「こっちだ……ウスノロッ!」


 言葉が聞こえた瞬間、眷属の腹部にチリーの右拳がアッパー気味に叩き込まれた。


 その一撃は、大砲をも凌駕していた。


 眷属の巨体が腹部から撓む。


 たった一撃で、だ。


 立っていられなくなって膝をついた巨体を、チリーは見下ろしていた。


 チリーの身体からとめどなく魔力が流れている。それが推進力となって、チリーの身体を自在に浮かせていた。


 これは、ノアの浮遊と同じ原理である。


「試し撃ちがテメエで良かったぜ……加減がいらねェからな……ッ!!!!」


 チリーの右拳に、魔力が集中する。チリーは拳を強く握りしめてそれを制御すると、眷属目掛けて思い切り突き出し、魔力を放出する。


 それはまるで、紅き閃光だった。


 以前チリーが放っていたものとは比べ物にならない威力の魔力が、眷属の身体をまっすぐに貫いた。


 当然耐えられるハズもない。


 身体を貫かれた眷属は身動ぎすることもなく、その場で雲散霧消していく。


 そしてチリーは、まっすぐにノアを見据えた。


「次はテメエだ……ノア!」


 その瞳を、ノアは不敵に見つめ返し、静かに唱える。


古神の落涙ルブルパルヴマルツ・デュビハイブ


 ノアの周囲に、小さな太陽のような火球が無数に現れる。しかしチリーは、それに一切動じなかった。


 火球が、チリーを襲う。


 無数の火球が迫り、灼熱の地獄が訪れた瞬間、チリーは両腕を広げて一気に魔力を解放する。


「おおおおおおおッ!」


 チリーの解き放った魔力が、迫りくる火球を全て相殺した。


 その光景に、見るもの全てが……ノアでさえもが息を呑む。


「ノア……もうやめろ。テオスの意志なんざ、お前が継ぐ必要はねェ」


 チリーの言葉に、ノアの瞳が揺れる。


 その揺らぎが、溢れ出した雫のようにも見えた。


 だがノアは不敵に笑う。


「それはあり得ないかなぁ。確かに意志は継いだけど、それは私の意志でもあるよ」


 それは深い断絶の言葉だった。


 差し伸べた手を、もう取らないという意思表示なのかも知れない。


 もう交わることはない。あるのは、衝突と別離だけだった。


 チリーは一瞬目を伏せてから、やがてノアを見据える。


「だったらここで止める! お前を救えなった俺が……やらなきゃならねェンだッ!」


 再び、チリーの魔力が膨れ上がる。


 更に激しさを増す黒い稲妻が、音を立てて迸る。


「……そうだよ。君がやらなきゃね」


 呟いて、ノアは空へ手をかざす。


神炎の聖剣ルブルマグヌマルツ・ヴィスフェイム


 すぐに、ノアの真上で魔力が無数の光の線へと変化する。燃え盛る閃光達が、チリーめがけて伸びていく。


 チリーは即座に、右拳に魔力を集中させ、閃光目掛けて放つ。真紅の魔力が一本の線に変わり、ノアの魔力と衝突した。


深化ゼクスラ


 静かに、ノアが唱える。ノアの放った閃光が、黒い稲妻を伴いながら勢いを増す。


 しかしそれと同時に、チリーの魔力もまた、黒い稲妻を纒いながらノアの閃光と衝突する。


「……やっぱりね。今の君は常に、深化した状態なんだ」


 ――――深化ゼクスラ


 この魔法は、追加で唱えることで直前に放った魔法の威力を劇的に上昇させる呪文だ。その際、魔力が黒い稲妻を放つのが最大の特徴である。


 そしてチリーは、今の姿になって以降常にその”黒い稲妻”を纏っている状態だった。


「うおおおおおおおおおッ!!!!」


 チリーの雄叫びと共に、チリーの放つ魔力が更に威力を増す。


 ノアの閃光は、明らかに押し負け始めていた。


 そして轟音と共に、二つの魔力が互いの間で爆散する。


 その爆風の中から、高速でチリーがノアへ迫る。


ティアナ(・・・・)ァァァァァァッッッ!!!!」


 激情が、悲哀が、悔恨が。


 様々な感情がないまぜになった、悲鳴のような絶叫だった。


「――――女神の結界アルブマグヌ・ゼスグダムドっ!」


 それを、魔力の防壁が拒絶する。


 爆風をかき分け、チリーとノアの視線が直線で繋がれた。


 その一瞬、ノアはチリーの頬に一筋の雫を見た。


 だがそれに何かを思う間もなく、チリーの拳が防壁に直撃する。


 信じられない程の威力の拳が、ノアの防護壁を瞬く間に粉砕した。


 そしてピタリと、ノアの眼前でチリーの拳が停止する。


 暴れ回るような黒い稲妻が、ノアの眼の前でパチパチと爆ぜていた。


「もうやめろ、ティアナ」


 静かに、押し殺すような声音がチリーから漏れる。


 ノアは一瞬だけ唖然としたが、やがて小さく笑みをこぼす。


「……だから私は、ノア・パラケルススだって言ってるじゃん」


 次の瞬間、ノアの身体から魔力が放出される。まるで突風のような勢いを伴うソレにわずかに気圧され、チリーの注意がそれる。


 その隙に、ノアがほとんど聞き取れないような声で呪文を唱えた。


「ティアナッ!」


 そして眼の前から、ノアは姿を消していた。


「…………クソッ!」


 今の一瞬の隙に、ノアはこの場から逃走したのだ。


 後一歩、詰めの甘さが災いしたことにチリーは歯噛みする。


 本当は今、この場で殺さなければならなかった。


 もしかしたら、今のが最初で最後だったのかも知れない。


 だがそれでも、チリーは迷ってしまった。


 アレはテオスの使徒だと、人類を滅ぼす災害だと言い聞かせても尚、その拳を突き出し切れなかった。


 それは力を得たが故の油断だったのかも知れない。


 無意識の内に握ったつもりになっていた生殺与奪の権。それがチリーに思わせてしまった。


 殺さなくてすむなら、と。


「……」


 身体から放出する魔力を調整し、チリーはゆっくりと降下する。


 地面に降り立ち、チリーをジッと見つめる泣き出しそうなミラルを見て、チリーは一気に身体から力が抜けるのを感じた。


「チリー!」


 身体を覆っていた魔力の被膜が消え、元の姿に戻ったチリーがよろめく。その身体を、ミラルがすぐに支えた。


「……わり。逃がしちまった……」


 なんとか立とうと踏ん張るチリーだったが、消耗し切った身体がそれを許さない。


 そんなチリーをしっかりと支えて、ミラルは泣きながら抱きしめる。


「無事で……良かった……っ」


 ああ、泣かせてばかりだ。


 そう思うと、どうしてもその涙を拭ってしまいたくなる。


 なんとか手を伸ばして、チリーはミラルの涙を拭い去る。


「ありがとな……支えてくれてよ」


 言って、チリーはどうにかミラルの背に手を回す。そうして抱き寄せると、どうしようもなくこの少女が愛おしくなっていった。


「私……信じてた……信じてた、けど……っ!」


 けど、それでも怖かったのだろう。


 死にかけて、怪物のような姿になって。そして自我を取り戻したとは言え、そのままノアと戦っていたとなれば気が気でないのも無理はない。


「もう、させねえよ……そんな思い」


 それは誓いであり、祈りでもあった。


 この少女だけは守り抜く。


 そしてそれと同時に、必ず生きていく、と。


 己を顧みない戦いや、贖罪に全てを捧げる生き方は、もう終わらせなければならない。


 守るべき未来は、ミラルや仲間達、罪のない人々だけではない。


 チリー自身の未来もまた、守らなければならないのだ。


 それが同時に、ミラルの望む未来を守ることになる。


「俺は生きるぜ……。お前と、この先の未来を、ずっと」


 深く昏い夜を越えて、本当の夜明けを迎える。


 朝が明るくなかったとしても、生きていく。


 その先の光に向かうために。


「うん……約束よ……」


 抱きしめてくれるミラルの手が、温かい。


 そのままチリーがミラルに身を委ねていると、城の方からシュエットとシアが駆けてくる。そしてチリーの姿を見て、二人共が緊迫した表情に安堵を溶かしていった。


「……ふふ、うまく、やったらしいな……ッ!」


 そう言って笑うシュエットの目に、涙が滲む。


「まあ、俺は心配なんぞしていなかったがな! なにせお前は、俺が信じた男だからな!」


 涙を誤魔化すように声を張り上げて、シュエットはチリー目掛けて拳を突き出す。


 その拳に、チリーは軽く自分の拳を当てた。


「ったりめーだろ」


 生きていく、このかけがえのない仲間達と。


 チリーはもう一度、そう誓った。



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