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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode104「二人の魔女-Witch VS Witch-」

 ミラルの意識は、半ば朦朧としていた。


 目の前の現実も、自身の感情もはっきりと認知出来ているのにどこか夢の中にいるかのような感覚すらあった。


 傷ついたチリーが、シュエットが、シアが、視界に入り込む。それだけで、ミラルは全身が熱く燃え盛るような怒りを覚えた。


 その感覚に、ミラルの体内で聖杯が応える。ミラルの激情に、聖杯が魔力を流し込んでいた。


 今まで実感が薄かった聖杯の存在を、ミラルは今何よりもはっきりと感じ取っている。体内の聖杯が、まるでミラル自身の心臓であるかのようだった。


 聖杯から流れ込んでくる魔力が、血のようにミラルの体内を循環していく。


 操ることは、きっと容易いと思えた。


「私の大切な人達を傷つけるものは、誰であろうと許さない」


 膨れ上がった魔力が、ミラルの中から溢れ出す。


 思わず気圧されたノアが、僅かに口元を歪める。


 そして次の瞬間、ミラルが呟いた言葉に、ノアは戦慄した。


神の霊薬ウィリデマグヌ・ザムビディズ


 それは、呪文だった。


「あり得ない……っ!」


 現代では既に完全に失われた、古代の魔法使いのみが操る。それが完全な魔法だ。そのための呪文は、解読可能な形でこの時代には残っていないハズなのだ。


 ましてただの人間の少女が、呪文を唱えて魔法を行使するなど、本来あり得ないことである。


 しかしミラルの魔法は、発動していた。


 ミラルの魔力が魔法に変わり、傷ついたチリーの身体を包み込む。


 温かな光がチリーを包み込み、たちどころにその傷を完治させる。


 チリーは意識こそ戻らなかったが、その身体は完全に回復していた。体表には古傷の痕が残るのみで、火傷の痕もなければ火球に抉られた痕も残っていなかった。


「ありがとう、チリー。次は私が、あなたを守るから」


 そう呟いて、ミラルがゆっくりと立ち上がる。その様子を、ノアは驚愕したまま見つめていた。


「っ……!」


 そんな中、気絶していたシアが目を覚ます。それに気がつくと、ミラルはノアから視線を外さずにシアへ目を向けた。


「シアさん、チリーとシュエットを城の中へお願いします」

「お、お願いしますって……アンタはどうすんのよ!?」


 トレイズとの戦闘中に意識を失ったシアにとって、この状況はほとんど理解出来なかった。


「……お願いします。巻き込みたくないんです」

「な……っ!」


 それがどういう意味なのか、シアにはわからない。ただなんとなく、ミラルが目の前にいる人物と戦おうとしていることだけはわかった。


神炎の聖剣ルブルマグヌマルツ・ヴィスフェイム……っ!」


 ミラルが唱え、天に手をかざす。


 すると、即座に空中に集約されたミラルの魔力が無数の光の線へと変化する。それらは燃え盛りながら、音のような速さでノアへと伸びていく。


 それらは光の筋のようであり、また細く燃え盛る業火でもあった。


女神の結界アルブマグヌ・ゼスグダムドっ!」


 ノアが叫ぶように呪文を唱え、ミラルの魔法を魔力のバリアで防ぐ。弾かれた業火が地面に直撃し、盛大に砂埃を上げた。


 その光景に、シアは厭でも何をすべきか理解せざるを得なかった。


「シアさん! はやくっ!」


 ミラルに急かされ、シアは肩をびくつかせながらシュエットに飛びつき、その頬をひっぱたく。


 すると、シュエットはすぐに目を覚まして驚愕した。


「シュエット! 説明は後よ! 倒れてるチリーを担ぎなさい! 城の中まで逃げるわよ!」

「お……おう!」


 困惑しながらも、シュエットはチリーを担ぎ上げ、そのままエリザを背負ったシアと共に城の中へ逃げていく。それを横目に見てから、ミラルは砂埃の向こうにいるノアへ意識を集中させる。


 砂埃の中から現れたノアには、やはりダメージはない。それどころか、先程まで浮かべていた驚愕の色も消え去っていた。


「ひっどーい……殺す気?」

「魔女は簡単には死なないって聞いたけど」

「……言うじゃん」


 ノアのその言葉を皮切りに、二人は同時に呪文を叫ぶ。


「「神炎の聖剣ルブルマグヌマルツ・ヴィスフェイムっ!」」


 同時に放たれた無数の業火の線が、互いの間でぶつかり合う。二つの魔力が拮抗し、せめぎ合っていた。


「それ、聖杯の力だよね? シモンも嫌な仕込みしてくれるじゃん」


 ノアの言うシモンとは、恐らく原初の魔法使い(ウィザーズ・オリジン)の一人であるシモン・テイテスのことだろう。聖杯を考案したのはシモン・テイテスだ。聖杯の機能は概ね、”シモンの仕込み”と言えるだろう。


 ミラル自身は、現状をそれ程把握しているわけではなかった。


 身体が聖杯と同化したような感覚があり、聖杯の中にある魔力を引き出して操っている状態だ。それを魔法へと昇華させるための呪文は、自然と聖杯の中から流れ込んでくるのだ。


「付け焼き刃の借り物で、対等に並んだつもりにならないでほしいな」


 冷たくそう言って、ノアは口元に笑みを浮かべる。


「――――深化ゼクスラ


「!?」


 ノアが唱えた呪文の意味は、当然ミラルには理解出来なかった。


 しかし追加で短く唱えられたその呪文の効力を、ミラルはすぐに理解することになる。


「っ……!」


 ノアの放つ業火の線に、突如黒い稲妻が混ざり込む。弾けるような音を立てながら混ざり込んだ稲妻が、ノアの放つ魔力を急激に高めた。


「そんなっ……!」


 そしてミラルの魔力は、完全に押し負け、消滅する。それを悟った瞬間、ミラルは即座に魔力の放出をやめて、その場から横っ飛びに回避を行った。


 ノアの魔法が当たる直前、ミラルは転がるようにして回避し、砂まみれになりながらも受け身を取る。そのすぐ傍で、地面に直線上の深い穴が空いた。


「それじゃ続けよっか。私、なんだか楽しくなってきちゃった」


 今のが攻撃範囲の広い魔法なら、どうなっていたのかわからない。


 ノアがあえてミラルと同じ魔法を選んだのは、わざわざ力の差を見せつけるためだったのだろう。


「聖杯があるから殺されなくてすむなんて思わないでね。君から聖杯だけを取り出して殺すことだって出来るんだよ。多分だけど」


 そう言って笑うノアを見て、ミラルは思わず後退った。



***



 ミラルとノアが魔法を撃ち合っている頃、シュエットはチリーを抱えてシアと共に城の中へ駆け込んでいた。


 誰かが追ってくる気配はない。わけがわからないまま、シュエットは足を動かす。


「一体何がどうなってるんだ!? 説明してくれ!」

「あたしにわかるわけないでしょーが!」

「説明は後だと言ったじゃないか!」

「ええそうよ! 説明は後! でも出来るとは言ってないわよ!」

「こ……こいつ……ッ!」


 堂々と開き直るシアに呆れながらも、シュエットはシアが本当に現状を把握出来ていないのだと納得する。


 そもそも二人共、意識は途中で途切れているのだ。


 トレイズとの戦闘中、連携によってトレイズを追い詰めたハズだった。しかしトレイズの能力は、二人の想像の範疇を遥かに越えていたのである。


 まずシアとエリザが同時に凍らされ、その後は瞬時にシュエットが凍らされた。アダマンタイトソードが炎の魔力を纏うよりも速く、だ。


 元素十字エレメントクロスは、炎と風を同時に出すことが出来なかった。シュエットが回避に風を使用した時点で、アダマンタイトソードが纏っていた炎は消えていたのである。


 だが目を覚ますとチリーが倒れており、ミラルは謎の女と対峙していた。トレイズやニシルは、どういうわけか蚊帳の外だったのだ。


「あの女……ミラルさんに似ていたな」

「……そうね」


 真剣な声音で呟くシュエットに、シアは頷く。


 二人共、薄々その正体に気づいていた。


 チリーの三十年前の親友、ニシル・デクスターが生きていた。このタイミングでミラルそっくりの女が現れれば、厭でもあの名前と結びつく。


「ティアナ・カロル……。だが、何故……?」


 シュエットの問いに答えられるものはいない。そのまま二人は黙り込んでしまう。


 チリーの身体に外傷はなかったが、とにかく休ませる場所を探して二人は走る。そうしていると、足を引きずりながら息を荒げているアルドと合流した。


「無事か!? ミラルとチリーは!?」


 問うてすぐに、アルドはシュエットがチリーを背負っていることに気づいて驚愕する。


「ミラルは……ミラルはどうした!?」

「ミラルは無事よ……恐らくね。あたしにも状況が説明出来ないわ。とにかく今は、チリーを寝かせる場所を」


 アルドはまだ困惑している様子だったが、ひとまず頷くと二人を案内し始めた。



***



 テイテス城の中には、規模は小さいものの怪我人や病人を寝かせておく部屋がある。


 これは建て直された当時、疫病が流行していた名残でもある。


 いくつかベッドの並ぶその部屋には、テイテス城お抱えの医者が常駐しており、アルド達が入ってくるとすぐにチリーを預かってベッドに寝かせた。


「説明してくれ! ミラルはどこにいる!」

「……城の入口で戦ってるわ……」

「何だと!?」


 今にも飛び出そうとするアルドだったが、うまく動かせない足がそれを許さない。歩くことは出来ても、激しい動きにはもう耐えられないのだ。


「クソッ……!」


 アルドは、衛兵達の報告でエリクシアンが侵入したこと以外は何も知らない。今起きている全てが、アルドには把握出来ていなかった。


 しかしそれは、シュエットとシアもほとんど変わらない。


「ミラルは……エリクシアンみたいな異能の力を使ってたわ。きっと、聖杯の力よ」

「そんなことが……!」


 聖杯については、未知の部分が多い。魔力の吸収と増幅、賢者の石の制御、それ以外のことは伝わっていない。


「……!」


 アルドが困惑する中、ベッドに寝かされていたチリーの手がピクリと動いたことに、シュエットが気づく。


「チリー! 無事なのか!? 何があった!?」

「今の話は……本当か……?」


 シュエットの問いには答えず、チリーはシアへ目を向ける。


 シアが頷くと、今度は跳ねるように起き上がり、アルドへ視線を移す。


「……エリクサーを渡せ」

「何……?」


 チリーの要求の意味がわからず、アルドは顔をしかめる。


「お前の持ってるエリクサーを、俺に渡せ……! エリクシアンに戻って、ミラルを助けに行く!」


 強い決意を秘めた瞳が、まっすぐにアルドを射抜いた。


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