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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode103「絶対に許さない-Awakening The Holy Grail-」

「ニシル……! お前……なんで……ッ!?」


 ニシルはあの時、赤き崩壊(レッドブレイクダウン)に巻き込まれて死んでいるハズだった。死体こそ確認していなかったが、チリーが目覚めた時には既に周囲は滅茶苦茶になっていたのだ。生きているハズがない。


 だが現実に、ニシル・デクスターはチリーの目の前にいた。


「……僕は生きてるよ、チリー」


 チリーを見て穏やかに微笑んだニシルの表情は、三十年前と何も変わらなかった。

 そんなニシルに思わず駆け寄りそうになるチリーだったが、すぐに踏みとどまる。


「一つ聞かせろ……。これは、お前らがやったのか……?」


 氷漬けにされたシュエットとシアとエリザ。あまりにも無惨なその光景に、チリーは言葉に怒気を込める。そんな中、ミラルはまだこの光景を受け入れられずにいた。


 薄っすらと涙を滲ませながら震えるミラルから注意をそらさず、チリーはニシルを睨みつける。


「それにお前……そのふざけた格好はなんだッ!?」


 ニシルが着込んでいるのは、紛れもないゲルビア帝国の軍服だ。


 今のチリーには魔力を感知することが出来ないが、この異様な光景はエリクシアンの能力か魔法に類する何かでなければ起こり得ない。状況から考えて、二人がエリクシアンであろうことは容易に想像出来た。


 ニシルの姿は、三十年前とほとんど変わらない。それもまた、エリクシアンであることの裏付けになってしまう。


 そしてエリクシアンであることと、ゲルビア帝国の人間であることはほとんどイコールだ。エリクサーは、ゲルビア帝国の研究所ラボでしか作られていない。賢者の石の力を浴びたチリーと青蘭だけが特例なのだ。


 言いようのない緊張感の中、ニシルが静かに口を開く。


「そうだよ。僕らがやった」

「テメエッ……!」


 怒りのあまり殴りかかるチリーだったが、ニシルはその拳をいとも容易く片手で受け止めた。


「なんでだ!? なんでお前がゲルビア側にいる!?」

「あの日、瀕死の僕を救ったのが……ゲルビア帝国だからだよ」

「――ッ!? だからってなんであいつらに加担すンだよッ!」

「テオスの使徒を倒すためだ! ゲルビア帝国は……世界を救うために賢者の石と聖杯を求めている!」


 ニシルの語る真実に、チリーは目を見開く。


 チリーやミラルからすれば、侵略国家であるゲルビア帝国は自国の立ち位置を盤石のものにするためにさらなる力を求めているようにしか見えなかった。


 賢者の石、聖杯、殲滅巨兵モルス、ゲルビア帝国が求めていたものは全て”力”だった。


 だがもし、それら全ての力がテオスの使徒を倒すために必要なものだったとしたら……?


 ――――私は、聖杯と賢者の石で、この世界を壊すよ。


 ノアの言葉が、チリーの脳裏に蘇る。


 あの圧倒的な力を持った魔女が人類の敵なのだとしたら……それこそ、賢者の石の力でもなければ太刀打ち出来ないのかも知れない。


「チリーが戦うべきなのはゲルビア帝国じゃない……テオスの使徒だ!」

「ッ……! けど……テメエらは……ッ!」


 仮にゲルビア帝国の目的がテオスの使徒の打倒だったとしても、これまでの行いが決して許されるわけではない。


 ゲルビア帝国が行った悪魔の所業を、チリーもミラルもよく知っている。


「……彼と同じ反応をするんだね……受け入れられないのは仕方ない……だけど、他の方法なんてないんだよ!」


 チリーの拳を、ニシルはギュッと強く握りしめる。その力と熱に、チリーは拳を開かされてしまいそうだった。


「どんな手段を使っても、どんな犠牲を払っても、テオスの使徒は殺さなくちゃいけない!」


 赤き崩壊(レッドブレイクダウン)を引き起こし、圧倒的な力を見せつけたノア・パラケルスス。世界の破壊を目的とする彼女を、なんとしてでも止めなければならないのはチリーにも理解出来ていた。


 そしてその、悍ましい本性も。


「僕らの全てを滅茶苦茶にしたあの女を……僕は絶対に赦さない……! ティアナ・カロルはテオスの使徒だ……! あいつは魔女だったんだよ! 死んでなんかいなかったんだ!」


「ひどいなぁ。ニシル、私のことそんな風に思ってたんだ?」


 ニシルがティアナの名前を口にした瞬間、上空からそんな声が落とされる。


 その場にいた全員が声の方向を見上げると、そこには悠然と浮遊しながら見下ろすティアナ――否、ノア・パラケルススの姿があった。


「ティアナッ!」


 チリーから手を放し、ニシルが怒号を飛ばした瞬間、トレイズがノアへ手をかざす。


 トレイズから放たれた魔力が、手の前で鋭く尖った槍のような氷柱を形成し、矢のような速度でノアへと飛来する。


「きゃっ」


 おどけた悲鳴を上げながら身をかわし、ノアはそのままチリー達のそばへ着地する。トレイズはすぐに、ニシルをかばうようにして前に身を

乗り出した。

「やっほー! ニシル、久しぶり!」


 弾んだ声音でノアが声をかけると、ニシルは憎悪の込められた瞳でノアを睨みつけた。


「……ニシル、冷静になれ。今は魔女を倒せない」

「わかってる……! わかってるよ……ッ!」


 飛びかかりそうになるのをトレイズに制止され、ニシルは歯噛みする。


「え~、どうしたの? みんな怖い顔しちゃってさ」


 ノアは呑気な表情でゆっくりと周囲を見回す。


 チリーも、ミラルも、ニシルもトレイズも、その場にいた全員がノアを睨みつけていた。


 それを確認して、ノアは小さく嘆息する。


「ねえ、みんな私のこと嫌いなの?」


 その言葉には、誰も応えない。


 だが沈黙はノアにとって十分答え足り得た。


「……じゃあいいや、どうでも」


 ノアの表情が、一瞬で冷える。


「――――っ!」


 次の瞬間、ノアが膨大な魔力を放ったのがミラルにはわかった。


古神の悲嘆ルブルマグヌ・デュビハイブ


 頭上に現れたのは、山小屋一つ分程の大きさを持つ火球だった。


 メラメラと燃え盛る火球に、その場にいた全員が驚愕する。


「避けてぇっ!」


 悲鳴のようなミラルの声に、ニシルとトレイズは即座に反応する。それと同時に、火球が落下し始める。


「チッ……!」


 舌打ちしながらトレイズが手をかざすと、氷漬けになっているシュエット達の周囲を、更に分厚い氷が覆っていく。それはほとんど城壁のような分厚さだった。


「ミラルッ!」

 逃げ出そうとしたミラルに飛びついて抱きかかえ、チリーが全速力で地面を蹴った。


 火球が落ちる。


 凄まじい威力の魔法が、辺り一帯を破壊した。



***



 一瞬気を失っていたミラルが目を覚ますと、最初に視界に入ったのは自分に覆いかぶさって倒れているチリーだった。


 チリーも気絶している。恐らく、ノアの魔法からミラルを守ろうとしてくれたのだろう。


「チリー、ありが――」


 言いかけて、ミラルは絶句する。


 チリーの肩越しに、彼の背中が朧げに見える。


 深く抉られ、見るも無惨な火傷痕の残されたチリーの背中が。


「嘘っ……嫌っ……!」


 チリーはもう、エリクシアンではない。


 異能力もなければ、超常的な身体能力もなく、超人的な回復力もない。


 今のチリーはただの少年だ。それが、あんな火球からミラルを庇えばどうあがいても無事ではすまない。


「チリー! チリーっ!」


 チリーを抱きかかえ、支えながら立ち上がってミラルは何度も名前を呼ぶ。だが致命傷を負ったチリーは、ミラルの言葉に応えることが出来なかった。


「チリー!」


 必死に揺さぶると、チリーの意識が微かに戻る。


「……無事……で……良かっ……ッ」


 力なく、チリーの手がミラルの背に回される。


 傷ついたチリーを抱きしめて、ミラルはただ泣き叫ぶことしか出来なかった。


「クソッ……! どこまで壊せば気が済むんだッ!」


 凄惨な焼け跡に、ニシルの声が響く。


 不幸中の幸いだが、ノアがテイテス城を背にしていたため、テイテス城本体への影響は比較的少ない。


 エリクシアンとしての身体能力を持つニシルとトレイズは、多少の火傷ですんでいる。


「ハァッ……ハァッ……!」


 疲弊したトレイズが、ニシルの隣で荒い呼吸を吐き出した。


 今の一瞬で、トレイズは自身の魔力のほとんどを使ってしまっていた。


 自身の持つ魔力を最大限まで消費して、氷漬けで動けなくなっているシュエット達を、氷の防護壁で守ったのだ。


 ノアの魔法の影響で氷が溶け、シュエット達はその場に倒れている。完全に無傷とまではいかなかったが、恐らく命に別状はないだろう。


 その代償に、最早トレイズはほとんど能力が使えない状態に陥っていた。


「へぇ、守ったんだ。優しいね。もしかしてイモータル・セブン? 氷で火球を防ぐなんて芸当、私の時代の魔法使いでもほとんどの人は出来なかったんじゃないかな」


 これだけの破壊を行っておきながら、ノアは上空から笑っていた。


 風になびく黒髪をかきわけて、ノアは倒れているチリーを見下ろす。


「あーあ、流石に死んだかな。やり過ぎちゃった。ごめんね、チリー。まだ生きてると良いけど」

「お前ッ……!」


 あまりにも軽いノアの言葉に、ニシルが怒りを顕にする。


 睨みつけてくるニシルへ視線を向けて、ノアはクスリと笑みをこぼした。


「ねえニシル。ずっと気になってたんだけど……君、魔法使えないでしょ?」

「――――ッ!」

「魔法っていうか、能力? 魔力はあるみたいだけど、うまくコントロール出来てないよね。見ればわかるよ」


 それが図星だったのか、ニシルは歯を軋ませながら拳を握りしめる。ノアはそれを鼻で笑って、今度はミラルへ視線を向ける。


「すっきりしたし、もういいや。ミラルちゃんだけ回収して帰るね」


 もうこの場にいる誰も、それを止める手立てがなかった。


 ただ、聖杯ミラルがノアの手に落ちるのを指を咥えて見ているしかない。


「それじゃ、行こうかミラルちゃん。チリーも連れてく?」


 のんびりと着地して、ノアはミラルに歩み寄る。


「…………」


 しかし数歩進んでから、ノアは不意に足を止める。


 その時、わずかだがノアの目に初めて驚愕の色が見えた。


「どう、して……」


 俯いたミラルの、くぐもった声が落ちる。


「どうして……チリーを傷つけるの……?」


 次の瞬間、ミラルの身体から膨大な魔力が噴き出すのを、ノアは感知した。


「どうして奪うの? どうして傷つけるの? チリーが何をしたの? シュエットが、シアさんが、どうしてボロボロにならないといけないの?」


 湧き上がる怒りと魔力を、ミラルは自分で止めることが出来なかった。、


 聖杯の中の魔力が、膨れ上がって溢れ出している。


「私はあなたを、絶対に許さない」


 魔法遺産オーパーツ、聖杯がミラルに応える。


 ミラルの意識が、聖杯と同調シンクロした。


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