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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode102「氷獄のトレイズ-Chill to The Bone-」

 薔薇庭園でチリー達がノアと対峙している頃、シュエットとシアはトレイズと交戦状態に入ろうとしていた。


 当然勝ち目はない。相手はイモータル・セブンの隊長の一人……ゲルビア帝国に存在するエリクシアンの中でも最強クラスの戦闘力を持っているのだ。


 立ち向かうことそのものが無謀なことは、サイラスと対峙したシュエットが誰よりも理解している。


「……シア、時間を稼ぐぞ」

「……あいよ」


 シュエットとシアは、少ない言葉と目線だけで合図する。


 トレイズ達を撃退するにはチリーの力が必要不可欠だ。しかしミラルをトレイズ達に近づけるわけにはいかない。


 衛兵からの報告を聞き、チリーがミラルの安全をある程度確保してから救援に来るのを待つのがベストだ。


 ただしそれは、トレイズを相手に時間が稼げる場合の話である。


「――――ッ!?」


 トレイズが一瞬で距離を詰める。

 エリクシアンの動きをシュエット達が見切るのは至難の業だ。


「かッ……!」


 気付いた頃には既に、シュエットの腹部にトレイズの拳が食い込んでいた。


「シュエット!」

 即座に反応したエリザが、シアの言葉よりもはやくトレイズへ襲いかかる。


 魔法遺産オーパーツ、エリザ。シアが所持する、戦闘用の魔法遺産オーパーツだ。可憐な少女の姿をした人形だが、その性質は凶暴かつ残忍。シアが制御していなければ、勝手に暴れ回るような”じゃじゃ馬”だ。


 エリザの身体からは制御用の糸が伸び、シアの指についている。


 原初の魔法使い(ウィザーズ・オリジン)の血を色濃く持つウヌム族の末裔であるシアは、エリクシアンではないが僅かに魔力を持つ。その魔力が、エリザを制御し、操っているのだ。


 エリザの右腕は関節とは逆方向に曲がり、中から無数の刃を持つノコギリが飛び出している。自動で前後するそのノコギリは、かつてエリクシアンであるエトラ・グランヴィルに対しても致命傷を与えた程の威力を持つ。


「――ッ!」


 トレイズは、自身に向けられたエリザのノコギリに一瞬だけ視線を向ける。そしてそれを容易く回避すると、エリザにそっと触れた。


「邪魔だ」


 次の瞬間、一瞬でエリザの身体が氷に包まれた。


「これはっ……!」


 そのままエリザは、ピクリとも動かなくなる。


 全身を氷漬けにされたエリザは、トレイズに飛びかかった態勢のまま完全に停止している。エリザの力では、自力でその氷を破壊することは出来なかった。


 倒れ込むシュエットと、呆然と立ち尽くすシア。


 今の一瞬の攻防だけで、圧倒的な戦力差が明白になってしまう。


「選べ。そこをどけるのか、氷像になるのか」


 冷たい視線が、シアを射抜く。


「……アンタ、優しいのね。普通そこは問答無用で殺すとこよ」

「それに意味があるのか? 同じことを言わせるな。殺す必要があるのは後で邪魔になる相手だけだ」


 淡々と告げるトレイズを、シアはジッと見据える。


 口先だけで時間稼ぎをするのが難しいタイプだ。闇雲に言葉を並べてもあまり意味はないだろう。


「アンタはどうなのよ」

「……なんのことだ」

「ゲルビアが正しいって思ってるワケ? いくらテオスの使徒を倒すっつったって、こんなやり方で良いの?」


 シアは、トレイズが持っている可能性のある”善性”に賭けた。


 この男は、恐らく殺戮を是としていない。無駄だから殺さないということは、無用な殺しは避けたいということだ。


 ニシル程わかりやすくはなくとも、トレイズの中にもゲルビア帝国に対する迷いがあるのかも知れない。


「……正しさはない。だが、間違いはない。それだけだ」

「へぇ。まあそりゃそうよね。故郷を襲われたことがないゲルビア帝国様は、人の気持ちよりも合理性が大事なのね」


 わざとらしく、シアが鼻で笑う。


 それを聞いた途端、トレイズの表情に激情が宿る。


「知ったような口を聞くな……ッ!」

「――っ!?」

 捨て台詞同然だったシアの言葉が、思わぬ逆鱗に触れた。


 僅かに冷静さを失ったトレイズが、シアへと迫る。


 その背後を見て、シアが笑みを浮かべた。


元素十字エレメントクロス……フレアッ!」

「ッ!?」


 倒れていたハズのシュエットが、呪文を叫ぶ。


 左手に持った元素十字エレメントクロスを握りしめ、シュエットはソレを力強くアダマンタイトソードの剣身で滑らせる。


 元素十字エレメントクロスから放たれる魔力を、アダマンタイトソードに纏わせるように。


「炎を纏え! アダマンタイトソードッ!」


 元素十字エレメントクロスは、中に魔力を溜め込んで使うタイプの魔法遺産オーパーツだ。溜め込まれた魔力を、呪文に応じて炎や風に変化させ、放つ能力を持つ。


 そしてアダマンタイト鉱石で打たれたアダマンタイトソードは、魔力に対して耐性を持っており、魔力を滞留させることも出来る。


 そのため、アダマンタイトソードは元素十字エレメントクロスから放たれた魔力の炎を纏わせることが可能なのだ。


「おおおおッ!」


 雄叫びと共に、シュエットは炎を纏ったアダマンタイトソードを薙ぐ。


 目的は……トレイズではない。


 トレイズがそのことに気づいた時には既に、氷漬けになっていたエリザは身体の自由を取り戻していた。


 完全に氷を溶かすことは出来なかったが、エリザが自力で氷を破壊するには十分な熱量だったのだ。


「シュエット! アンタ、案外やるじゃない……!」


 シアが舞うようにを糸を繰る。


「ア、ア、アッ……アソボッ!」


 それに応じて、奇声を発したエリザがノコギリでトレイズへ斬り掛かった。


「ッ……!」


 咄嗟のことで反応が遅れる。


 エリザのノコギリを、トレイズは完全にかわし切ることが出来なかった。


「トレイズ!」


 後ろから右肩を斬られ、出血しながらトレイズがエリザと距離を取る。想定外の状況に、ニシルが思わず声を上げていた。


 エリザのノコギリもまた魔法遺産オーパーツなのだ。遥か昔、魔法使いによって作られた魔法由来の武器である。


 通常の武器では傷つけにくいエリクシアンでも、エリザによる攻撃は有効打になり得るのである。


「アッ……アアアアアッ!」


 エリザは知性が高いわけではないが、人格めいたものを持っている。殺人人形キリングドールとして作られたエリザは血を好み、鮮血で昂ぶり、エリクシアンの血を吸えば血中の魔力で更にその出力を高める。


「くっ……!」


 興奮するエリザをどうにか操り、シアはトレイズに対して更に攻撃をしかける。シアの意志にある程度従い、エリザは踊るように回転しながらトレイズへと襲いかかる。


 当然、二度もしてやられるトレイズではない。


 再びエリザを凍らせようと手をかざすトレイズだったが、そこにシュエットのアダマンタイトソードが斬り込んでいく。


「どれだけお前が凍らせようと……俺の炎が溶かし尽くしてやるぞ!」

「――――やってみせろ!」


 トレイズが怒号を飛ばした瞬間、トレイズの足元から一瞬で氷塊が出現する。それは音を立てながら斜めに伸び、鋭い刃となってシュエットへ向かう。


「エ、元素十字エレメントクロス! ウィンドォッ!」


 シュエットが呪文を叫ぶと、左手に握り込まれた元素十字エレメントクロスがそれに応える。


 シュエットの下から魔力の突風が吹き込み、シュエットの身体をふわりと宙へ舞わせた。


「ッ!?」


 そしてその隙に、氷の壁をエリザが破壊する。


「行けぇぇぇぇぇっ!」


 ノコギリを振り上げ、トレイズにエリザが迫る。勝てはせずとも、それなりに手傷を負わせられる……二人がそう確信した――――その時だった。


「……後で邪魔になるな」


 一言、トレイズはそう呟いた。



***



 ノア・パラケルススが微笑む。


 その眼前で、チリーが呆然と膝をついていた。


「そん……な……」


 聖杯の影響か、ミラルは相手の魔力を感じ取れるようになっている。


 だからこそ厭でも理解してしまうのだ。


 今のチリーが、一切魔力を持たないことを。


 エリクシアンでもなんでもない、ただの一人の少年であることを。


「これで良かったと思うよ? だってチリー、辛かったでしょ」


 ノアの声音は、まるで善行を褒められた後の子供のようだった。


 誇らしげに笑って、チリーに微笑みかけている。チリーはただそれを、生気のない瞳で見ていた。


「空っぽになったよね? これでミラルちゃんを守れないし、使命も義務ももうないよね」


 そっと、ノアは手を差し伸べる。


「君の空っぽを、今度は私がうめてあげる。いつか君がしてくれたように。だから、一緒に行こう」


 優しい瞳で。


 優しい手で。


 優しい声で。


 ノアはチリーを誘おうとする。


 それに一瞬、チリーは折れそうになる。


 このまま手を取ってしまった方が、きっと楽だったから。


 だけどその視界の端に、ミラルの涙が見えた。


「……ざ……けんな……!」


 どうにか立ち上がり、チリーはノアを睨みつける。


 彼女の手を払い除け、チリーはもう一度自分を奮い立たせた。


「ざけんじゃねえッ! 何をされようが! 何を言われようが! 俺は……テメエとは一緒に行かねえ!」


 責任も、使命も、後悔も、贖罪も、魔力さえ奪われても、想いだけは譲るわけにはいかなかった。


 例え彼女がティアナ・カロルだとしても、世界を壊す目的に加担することだけは絶対にない。


 いつだって自分のために泣いてくれたミラルを、チリーは絶対に裏切りたくない。


 それがティアナを、もう一度裏切る行為だとしても。


「……そんなに私のものになるのが嫌?」

「絶対にならねえ……!」


 拳を握りしめて、チリーがそう応える。


「…………」


 ほんの一瞬だけ、ノアは泣き出しそうな顔を見せる。しかしそれは一瞬だけだ。すぐに、ノアの顔には退屈そうな仮面が貼り付いた。


「……ふぅん?」


 そのままジッと見つめるノアを、チリーは睨み返す。その瞳に、動揺の色こそあれど迷いはなかった。


 ノアは数秒チリーを見つめていたが、やがて何かに気付いたように目元を動かし、薄く笑う。


「あ、なんか向こうもちょっと面白いことになってるね。見に行こっか」


 どこか底意地の悪い笑みを浮かべると、ノアは短く呪文を唱えた。


笛の鳴る方へアルブパルヴマルツ・ヴィクスクォ


 ノアが唱えた後、すぐには何も起こらなかった。


 彼女が何をしたのかわからず、チリーとミラルは周囲を警戒していたが――――やがてその場から三人共が一瞬でかき消えた。



***



 チリーとミラルは、気がつくとテイテス城の正面入口に移動していた。薔薇庭園からここまで、一瞬で移動している。恐らくノアの仕業だろうが、張本人であるノアの姿は見つからない。


 その代わりに、二人は異様な光景を目の当たりにする。


「こ、これは……ッ!」


 周囲の地面が、完全に凍りついているのだ。


 その上、目の前には人間サイズの分厚い氷塊が三つも出来ている。明らかに異常な光景だった。


 そして氷塊を訝しげに見ていたミラルが何かに気づき、その表情を一瞬で引きつらせる。

「い、いやあああっ!」


 ミラルの悲鳴で、チリーも氷塊を凝視し……そして理解する。


 氷塊の中にいるのは、シュエットとシア、そしてシアの操っていた魔法遺産オーパーツであるエリザだった。


「嘘だろ……ッ!?」


 驚愕するチリー達に、近づく二つの足音があった。


 気づいて身構えるチリーの前に現れたのはトレイズと――――


「……ようやく会えたね、チリー」


 チリーにとっては死んだハズの、ニシル・デクスターだった。



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