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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode100「帝国の大義-The Truth Unvailed-」

 ノアが取り出した赤い宝石に、チリーは戦慄する。


 アレは間違いなく、賢者の石だ。鈍く光る深い赤色は、三十年前からチリーの脳に焼き付いて離れない。


「なんで……それを……!?」


 破壊しなければならない。


 テイテス王国を滅ぼし、今尚争いの火種になり続ける呪われた魔法遺産オーパーツ。世界を滅ぼすために作られた忌まわしき宝珠。


 賢者の石を破壊することこそが、チリーの最終目標だ。迷っている暇はない。


 例えそれを持っている女が、ノア・パラケルスス(ティアナ・カロル)だとしても。


「うおおおおッ!」


 迷いを振り切るようにして叫び、チリーは魔力を解放する。


 チリーの身体の中を駆け巡る魔力が放出され、真紅の鎧を形成し、全身を包み込んでいった。


 戦いを繰り返していく内、眠っていたチリーの力は少しずつ呼び覚まされている。ウヌム族の里での戦いで、賢者の石の力と向き合ったチリーは、自身の力を完全にコントロールすることに成功していた。


 その結果、聖杯の力を借りずとも全力で魔力を放出出来る程になっていたのである。


「チリー!」


 しかしチリーは明らかに冷静な状態ではない。慌てて止めようとするミラルだったが、もう間に合わない。


 魔力の鎧を纏ったチリーが、ノアへ襲いかかる。しかしノアは、一切驚く様子を見せなかった。


女神の結界アルブマグヌ・ゼスグダムド


 ただ一言、ノアは呟くように呪文を唱える。

 そしてただそれだけで、チリーの拳は見えない何かに阻まれた。


「なッ――――!?」


 これは、魔力によって形成された壁だ。ノアの周囲、半径一メートル程を半球形の壁が覆っている。チリーの拳は、ソレに弾かれてしまったのだ。


 弾き返されたチリーは、ノアから数メートル先で着地し、もう一度身構える。


「今のは……!」


 ――――魔法。


 もしノアが本当にテオスの血を継ぐ魔法使いの生き残り……テオスの使徒で、魔女なのだとしたら。


 アレは魔法だ。


「ひどいなぁ。もう少しお話しない? 久しぶりなんだし」

「テメエは一体何なんだよッ! なんで賢者の石を持ってやがる!?」

「だから何度も言ってるよ。私がティアナだって」


 ノアは微笑みながらそう言ったが、その瞳には僅かに憂いが宿る。


赤き崩壊(レッドブレイクダウン)の後、賢者の石は力を失った。今のチリーならわかるでしょ? この石にほとんど魔力が残っていないことが」


 少しだけ頭を冷やし、チリーはノアの持つ賢者の石に意識を集中させる。確かにあの石からは、あまり魔力が感じられなかった。


「あの時放出された賢者の石の魔力は、今は別の場所に宿ってる。どこにあるかは……わかるよね?」

「……!」


 そう、賢者の石の魔力はチリーと青蘭の中にある。


 赤き崩壊(レッドブレイクダウン)で最も賢者の石の近くにいたチリーと青蘭の中には、賢者の石の魔力が流れ込んでいる。その魔力が二人をエリクシアンへと変えたのだ。


赤き崩壊(レッドブレイクダウン)の後、私は空っぽになりかけていた賢者の石を回収したんだよ。そして力を蓄えるために一度身を隠してた」


 チリーと青蘭が賢者の石を起動させ、赤き崩壊(レッドブレイクダウン)を引き起こした直後、その場にいたティアナ――ノアは賢者の石を回収し、その場から姿を消していたのだ。


 あの日の謎が、チリーの中で明かされていく。


 賢者の石は何故姿を消したのか、赤き崩壊(レッドブレイクダウン)の後、何故そばにいたはずのティアナの死体が完全にその場から消えていたのか。


「冗談じゃねえ……ッ!」


 ティアナ・カロルは死んでなどいなかった。或いは、生き返っていた。


 ノア・パラケルススとして記憶を取り戻した彼女は、賢者の石を回収してテイテス王国跡地を去っていたのだ。


 途方に暮れる、チリーと青蘭を残して。


「一体……テメエの目的は何なんだ! 何がしてえんだよ!?」


 様々な感情がないまぜになり、チリーは怒号を吐き出す。


 向き合ったハズの過去が根底から覆され、最早冷静でいることは不可能に近かった。


「私の目的は三つ。一つはチリーにもう一度会うこと、これが一番大事だったんだけど……なんだか、寂しい結果になっちゃったなぁ」


 そう言って少し困ったように笑ってから、ノアは言葉を続ける。


「そして残りの二つは……チリーから賢者の石の魔力を回収することと、聖杯を回収すること」


 まるで豹変したかのように、ノアは冷たくそう告げる。


 その目はハッキリと、ミラルの方を見据えていた。


「私は、聖杯と賢者の石で、この世界を壊すよ」


 賢者の石は、破壊を目的として作られた魔法遺産オーパーツだ。


 古の時代、原初の魔法使い(ウィザーズ・オリジン)の一人であるテオス・パラケルススは魔法使い純血主義であり、賢者の石は恐らく非魔法使いである人間を滅ぼすために作られたものなのだ。


 そしてこの時代、既に魔法使いの生き残りはほとんどいない。


 賢者の石の力を使うということは、”この世界の人間を全て滅ぼす”という意味に等しい。


「世界を……壊す、だと……!?」


 違う。


 この女は、違う。


 ティアナ・カロルは世界の破壊など望まない。穏やかで優しい彼女が

、そんなことを望むハズがない。


 だと言うのに、目の前の女は見間違えようがない程にティアナ・カロルだった。


「どうしてそんなことを……!」


 ミラルが問うと、ノアはクスリと笑みをこぼす。


「私はテオスの娘だよ? 意志を継ぐのは当たり前だと思うな」


 まるで何でもないことのように言ってのけて、ノアはそのまま言葉を続ける。


「ていうか普通に嫌いなんだよね、多分。だって、パパを殺した連中の子孫だよ?」


 瞬間、ノアの瞳に僅かに憎悪が灯る。


 今まで飄々と、おどけるように振る舞っていたノアの激情が一瞬だけ垣間見えた。


「……でもね、チリーは別だよ」


 そう言って微笑んで、ノアはまっすぐにチリーを見つめる。


「私を守ってくれた。救ってくれたチリーには、死んでほしくない。だから……一緒に来てくれないかな?」


 再び歩み寄り、ノアはゆっくりとチリーに手を伸ばす。


「また、私を守ってよ」


 チリーは、全身が揺さぶられるような錯覚を覚えた。


 今にも崩れ落ちそうな程に揺さぶられて、チリーは目眩がするような思いだった。


「旅が、続く限り」


 果たせなかった。


 もう壊れてしまった約束。


 それを、もう一度結び直そうとする手が、そっとチリーに近づいていた。



***



 チリーとミラルがノアと対峙している頃、シュエットとシアはトレイズが口にした名前に動揺を隠せていなかった。


「ニシル……だと……?」


 トレイズが呼んだ名前を繰り返し、シュエットは険しい表情で赤髪の男へ視線を向ける。


「お前はまさか……ニシル・デクスターなのか……!?」


 シュエットの言葉に、赤髪の男――ニシルが反応を示す。


 特徴は、確かにチリーの話と一致していた。

 背の低い、赤髪の少年。三十年前、チリーと共に旅立ち、青蘭やティアナと共に賢者の石を求めて旅を続けていたのがニシルだ。


 そして彼は、三十年前に赤き崩壊(レッドブレイクダウン)で命を落としているハズだった。


 不可解な点が多過ぎる。


 シュエットもシアも、頭の片隅で思考を続けながらトイレズとニシルを注視している状態だった。


「……なるほど、チリーの仲間だね」


 納得したように呟いて、ニシルはシュエットに視線を合わせる。


「チリーはどこにいる? 僕達も手荒な真似がしたいわけじゃないんだ。どいてくれ」

「チリーに会って……どうするつもりだ……? 再会を喜んで、また一緒に旅立とうって話なら、俺は喜んで案内するぞ」

「……僕だって出来るならそうしたい。だけど状況は、三十年前より大きく変わってる」


 ニシルが”三十年前”という言葉を口にしたことで、結果的に裏付けになってしまう。彼は恐らく、かつてチリーと旅をしたニシル・デクスターだろう。


「僕達はテオスの使徒と戦わなくちゃならない。そのためには、聖杯と賢者の石……そして赤き破壊神の力が必要だ」

「テオスの使徒ですって……!?」


 ニシルの言葉に、シアが驚愕する。


 テオスの使徒については、ウヌム・エル・タヴィトの残した予言の中に書いてあった。


 テオスの使徒が蘇り、全てが闇に葬られん。


 テオスがテオス・パラケルススを指すのであれば、テオスの使徒とは彼の意志を継ぐ者だろう。


 つまり……魔法使いではない人間を全て滅ぼそうとする者。


「ニシル、喋り過ぎだ」


 隣にいたトレイズが、僅かに顔をしかめてニシルを制止する。


「いや、どの道この二人には話す必要があると思う。僕を知っているなら、チリーから三十年前のことを聞いているハズだ」


 そう言ってニシルは、再び口を開く。


「テオス・パラケルススの話は知ってる?」

「……原初の魔法使い(ウィザーズ・オリジン)の一人でしょ。魔法使い純血主義の……」


 すぐにシアが答えると、ニシルは小さく頷く。


「うん、それで合ってる。テオスの使徒は、テオスの意志を継ぐ魔法使いのことだ。テオスの使徒はこの時代に蘇り、テオスの目的を果たそうとしている」


 テオスの目的。それはすなわち、非魔法使いの抹殺だ。それは、今の時代に生きる人間を全て抹殺することに他ならない。


 シアが解読した洞窟の予言と、ニシルの話はある程度一致していた。


「僕達はそれを防がなくちゃいけない。そのために、賢者の石と聖杯は絶対に必要なんだ……そして、チリーの力もね」

「それはあんた達の目的? それともゲルビア帝国様の掲げる大義名分?」

「……両方だよ。ゲルビア帝国は、テオスの使徒によってもたらされる破滅を防ぐために動いている……ずっと昔からね」


 ニシルの言葉に、シュエットもシアも思わず息を呑む。


 ゲルビア帝国は侵略国家だ。エリクシアンを生み出し、最強の軍隊を作って他国を侵略し、この数十年でこの大陸で最も強大な国家となった。そして賢者の石と聖杯を探し求め続けている。


 それらが全て、打倒テオスの使徒のためだったというのだろうか。


 にわかには信じ難かったが、そう考えると辻褄の合う部分もある。


 ゲルビア帝国があれだけの力を持ちながら、何故今も賢者の石のような伝説としか思われていなかった魔法遺産オーパーツを求めていたのか。


「……争う必要は、本来ないんだ。協力してくれ」


 静かにそう言って、ニシルはシュエットとシアに手を差し伸べる。その様子を、トレイズはただ黙って見つめていた。


「協力……だと……?」


 シュエット達の目的は、二度と赤き崩壊(レッドブレイクダウン)のような悲劇を起こさないために賢者の石を破壊する、というチリーの目的に協力することだ。そして恐らく、チリーは赤き崩壊(レッドブレイクダウン)でなくとも大勢の人の命が失われる事態は絶対に防ごうとするだろう。


 なら、ゲルビア帝国とシュエット達の目的は同じなのかも知れない。


 理屈でそこまではわかった。


 だがそれでも、シュエット・エレガンテはゲルビア帝国を許せなかった。


 ニシルの差し出した手を睨みつけ、シュエットはわなわなと震え始める。


 怒りが、身体を揺さぶっていた。


「ふざけるな……!」


 拳を握りしめたシュエットが、今度はニシルをまっすぐに睨みつける。


「お前達ゲルビアが、今まで何をやってきたのかわかっているのか!?」

「……」


 シュエットの言葉に、ニシルはすぐには応えなかった。ただ続きを促すように、シュエットへ視線を向けていた。


「テオスの使徒と戦う? 破滅を防ぐ? ご立派なことだな! 素晴らしい大義だ! お前達の掲げるものは、そりゃ正しいだろうさ! ……だがな!」


 我慢の限界だと言わんばかりに、シュエットはニシルへ早足で歩み寄る。そしてその胸ぐらを掴み上げた。


「これまでどれだけの人達が犠牲になったと思っている!? お前らに攻められた俺の故郷、ヘルテュラシティが当時どうなっていたかお前は知っているのか!?」


 かつて、アギエナ国はゲルビア帝国からの侵略を受けていた。


 国境の町であるヘルテュラシティは戦場となり、ヴァレンタイン騎士団を中心に必死の防衛戦が行われたのだ。


 当時まだ幼かったシュエットの目に、今も焼き付いている。


 滅茶苦茶にされた町と、抗い続けて負傷した騎士団や衛兵達。ボロボロになった英雄達を見て、シュエットは歯噛みしていた。自分が大人で、一緒に戦えていたなら、と。


「そこにいるシアの故郷も、お前らは襲ったな!? ペリドット家だってそうだ! 赤き崩壊(レッドブレイクダウン)がなくたって、お前らはこのテイテス王国も滅茶苦茶にしただろうよ!」


 例えそれが、大義のためであったとしても。


 大勢の人達を巻き込んで、殺して、傷つけたことを、シュエットは絶対に許さない。


「俺はお前らを許さん! 絶対にだ! 目的が同じだろうが、手を組むことは決してない!」


 ギリギリと歯を軋ませながら怒りを顕にするシュエットに、シアは呆気にとられていた。


 そしてニシルは、ただ黙ってシュエットの言葉を聞いていた。


「どうした!? 何も言い返せないのか!?」

「……うん、そうだよ。君の言う通りだ……。ゲルビア帝国のやり方が、完全に正しいとは僕も思わない」


 ニシルの予想外の言葉に、シュエットは一瞬戸惑う。が、態度は崩さなかった。


「だけど、生ぬるい方法で戦える程、相手は甘くないんだよ。どんな手段を使ってでも……大勢を犠牲にしてでも、僕達は戦わなくちゃいけないんだ!」


 それはどこか、ニシル自身が自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 ニシルとまっすぐに目を合わせて、シュエットは僅かに彼の心中を察してしまう。


 こんな方法は、ニシルだって望んではいないのだ。


「協力しないというなら、力尽くでも僕達は聖杯を回収する。そこをどいてくれ」


 そう言い切って、ニシルはシュエットの手を振り払う。


 シュエットは弾かれるようにして距離を取りに、ニシル達と対峙した。


「……振り出しだな」


 呆れたように呟いて、トレイズが身構える。


「そこをどけ。これが最後の忠告だ」


 静かに告げるトレイズの言葉に、僅かな怒気が込められていた。


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