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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season1「The Long Night is Over」
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episode1「令嬢は追われていた-The Long Night is Over-」

 少女、ミラルは追われていた。

 暗く寂れた街道の中を明かりも持たずに、息も絶え絶えになりながら走り続けている。


 年の頃は十五か十六くらいだろうか。

 亜麻色のロングヘアを振り乱しながら、ミラルはもつれそうになる足をどうにか前へ前へと動かし続ける。


 この先には小さいが町がある。そこにたどり着けさえすれば、なんとか匿ってもらえるかも知れない。


 まとわりつくような闇を振り払って、少女は街道を駆け抜けた。

 程なくして、ミラルはペルディーンタウンへたどり着く。


 夜はかなり更けている。明かりのついている家は見当たらなかったが、住民を起こすことになってでも匿ってもらう他ない。

 ミラルは目についた家の玄関に飛びつくと、必死でドアを叩いた。


「すみません! 開けて下さい! お願いします!」


 半ば悲鳴に近い声で叫ぶと、ドアはすぐに開かれる。

 中から現れたのは初老の夫婦だ。二人はミラルを見て顔を見合わせると、すぐに彼女を中に引き入れた。



 夫婦はミラルを中に入れると、すぐに居間へ通し、ランタンに火をつけると椅子に座らせる。


「……ありがとうございます。こんな時間に……」


 申し訳無さそうにミラルが頭を下げると、老夫婦は首を左右に振って微笑んで見せた。


「こんな時間に女の子の声がするものだから、驚いたよ。一体何が?」

「えっと……」


 ミラルは、うまく言い出せずに口ごもる。そんなミラルの様子を眺めて、老夫婦は訝しんだ。


 ミラルの姿は、どこからどう見てもただの”お嬢さん”なのだ。

 亜麻色のストレートロングヘアはハーフアップにまとめられ、フリルのついたオレンジ色のワンピースは明らかに質の良い生地が使われている。やや強気そうな顔立ちはしているが、まだあどけない。少女の顔だ。


 おまけに、荷物らしきものはほとんど持っていない。この格好で逃げてきた少女など、間違いなく厄介事の運び人だ。


 老夫婦の怪訝な顔が、ランタンの明かりでよく見える。ミラルはすぐに立ち上がった。


「ごめんなさい、やっぱり……」


 しかし夫の方は、立ち去ろうとするミラルの肩を掴む。


「事情があるなら話さなくていい。今夜は泊まっていきなさい」

「こんな夜中に女の子を追い出せないわ」

「ありがとうございます……」


 老夫婦の厚意に甘え、ミラルは今夜だけここに泊めてもらうことに決める。

 老夫婦には既に別の町へ嫁いでしまった娘がおり、ミラルは空き部屋になった娘の部屋を借してもらうことになった。


 部屋に入ると、一気に全身を疲労感が包み込む。

 耐えきれず、ミラルはそのままベッドへうつ伏せに倒れ込んだ。


「どうして……こんなことに……」


 ミラル・ペリドットは、ただの田舎町の商家の娘だ。


 本来、何者かにこうして追われる理由などない。


 町の中では裕福な部類だったが、それでも大陸の隅にあるような小さな町の商家だ。まさかこのアルモニア大陸の大半を国土とする大帝国、ゲルビア帝国の軍服を着た男達がわざわざ家に来るだなんてことは予想すらしなかったことである。


 父となにやら話していたようだが、ミラルにはほとんどわからなかった。ただ、話し終えた後、かなり焦った様子の突然父にこう言われたのだ。


 ラウラ・クレインに会え、と。


 ペリドット家が襲撃を受けたのは、その直後だった。


 父と屋敷があの後どうなったのか、ミラルは知らない。

 父に逃され、必死で走り続けてようやくここにたどり着いたのだ。


 追手がいたということは、もう…………。


「……そうだ!」


 嫌な想像を振り払い、右手で涙を拭ってミラルは懐から取り出した革袋を開ける。父、アルド・ペリドットがミラルを送り出す時に押し付けるようにして渡してきたものだ。


 中に入っていたのは、一枚の折りたたまれた羊皮紙とピンクの宝石の嵌められたブローチだった。


「これは……」


 ブローチは相当上質なものだ。ミラルでも一目見ればわかる。こんなものがペリドット家にあったなんて思いもしなかった。


 これを売ってなんとかしのげ、という意味にも思えたが、このレベルのものだと換金するのにもそれなりの手間がかかる。

 わからないことは増えるばかりだ。


 一体何が起こっているのか、ラウラ・クレインとは誰なのか。このブローチは何なのか。


 せめてこの羊皮紙の中にヒントがあれば……。そう思い、ミラルはたたまれている羊皮紙を開こうとする。


 ……が、そこでドアが開いた。


「おじさん……おばさん……?」


 そしてミラルは一目で異常に気がついた。


 夫が斧を、妻が包丁を。

 構えた状態でミラルを見据えていた。


「大丈夫。殺しはしないよ。頼まれているんだ……大人しくしていてくれ」


 状況を理解した時には、ミラルはブローチと羊皮紙を握りしめ、強引に夫の方をタックルで押し倒していた。


 なけなしの精神力を振り絞った決断なのか、それとも限界時に表出した生存本能がなせる業なのか。明確な打算があったわけではない。ただ、退路がない以上は前進を選ぶしかなかったのだ。


 刃物を持ったことで油断していたのか、倒れる夫に巻き込まれるようにして妻もよろめく。ミラルは強引に妻の方を張り倒し、その場から逃げ出した。

 考えてみれば、不審な少女を平然と受け入れた時点で、何かがおかしいとミラルの方が気づくべきだったのだ。


 家の外に出ると、松明を持った町人達がキョロキョロと何かを探していた。


 この町は既に、ミラルの敵だった。


「いたぞ! 茶髪の娘だ!」


 家から出たところをすぐに発見され、一斉に視線がミラルへ集中する。

 後はもう、再び無我夢中で逃げ続けるしかなかった。



***



 町外れの森まで逃げ込めれば、ある程度町人達の目を欺けるようになる。

 この場合一番怖いのは森の獣達だが、それは町人達にとっても同じだ。


 松明を持った町人達が足音を立てながらミラルを探し回れば、獣達の注意はそちらへ向く。後は熊や猪に出くわさないことを祈りながら、どこか身を潜められる場所に逃げるだけだ。


 もっとも、夜更けの森にそんな場所は恐らくないのだが。


 革袋を置いてきてしまったため、ミラルは握りしめていたブローチと羊皮紙を懐に収めた。


 ミラルの身体は既に、ここへ来るまでの間に疲労し切っている。これ以上走り回るような体力はない。それでも今は、足を引きずってでも逃げるしかなかった。


 暗闇にいる時間が長かったおかげで、目は闇に慣れている。

 追手の足音と声に怯えながらも、ミラルはどうにか歩を進めていく。


 そのままどれくらい時間が経っただろうか。

 もうこれ以上は歩けない、と思ったタイミングで、闇夜よりも少し深い黒色がぽっかりと口を開けていることに気づいた。


 それは岩で出来た洞窟だった。


 中に逃げ込もうかと思ったが、すぐにそれは危険なことだと気づく。森の中のこういう場所は相当な確率で獣の巣穴だ。猟が趣味の父が何度も話していたせいでよく覚えている。


 入り口付近は草木が生い茂っており、踏み倒された形跡もない。まだ冬眠の季節ではないし、巣穴ではない可能性もある。


 死ねば父に逃された意味がなくなる。それだけは嫌だった。


 確実に殺される獣より、まだ人に生け捕りにされた方がマシだ。


 冷静に考え直して、この場を離れようとミラルは足を動かし始める。


 しかしその瞬間、突如心臓が脈打った。


(今の……何?)


 驚いて声を上げそうになったのを必死で抑え、ミラルは自然と洞窟へ目を向ける。


 はっきりとした理由はわからなかったが、洞窟の奥へ目を向けていると心臓の鼓動が早くなる。どくどくと脈打って、何かを感じ取っている。


 それが何なのか、ミラルには全くわからない。それなのに、身体は知っているかのようにミラルを急かす。


(中に……何があるの?)


 不思議と、その鼓動が警告だとは感じなかった。

 直感めいた恐怖ではない……共鳴のようなものだ。


「クソ! かなり奥まで逃げられたか!」


 そんなことを考えている内に、後方から男の声が聞こえてくる。追手だ。


 洞窟の中か、それともこの森の更に奥か。

 気がつけばミラルの足は、自然と洞窟の中へと歩を進めていた。


 鼓動に導かれるように。


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