第7話 破滅執行
廃ビルから構成員が現れる。
それを呉橋が巨大トラックで容赦なく殺していく。
ピエロマスクがタイヤに潰され、破砕機に引きずり込まれ、アームとバケットで砕かれた。
抵抗もままならない。
数の利を背負う彼らも、所詮はただの標的に過ぎないのだ。
呉橋が用意した手段は常軌を逸していた。
快楽と混沌を司るピエロ集団が戸惑いと恐怖を覚えるほどには狂っている。
殺戮だけに信念を注いだ怪物車が彼らを無意味な肉塊に変えていく。
呉橋のポケットに入れた端末が震える。
彼が着信に応答すると、水上の声が聞こえてきた。
『クレちゃん、調子はどう? すごい音が聞こえてくるけど』
「ちょうどクラウンの本拠地に突入したところです。これから殲滅します」
『サラッと言ってるけど、偉業なんだよねそれ』
水上が呆れ気味に言う。
彼女の言う通り、呉橋は現在進行形で誰もできなかったことを実行している。
この無法地帯は国内で最も危険と言われていた。
弱肉強食よりも理不尽な環境なのだ。
強い能力者でさえ、僅かな油断で足元をすくわれかねない混沌とした場所である。
そのようなエリアを呉橋は単独でどうにかしようとしていた。
懸命に対抗するどころか、不条理な暴力を以て組織壊滅を実現しかけている。
炎系の能力を持つ構成員が、一斉に巨大トラックを攻撃した。
一軒家を丸呑みするサイズの炎が大地を這って車体側面に直撃する。
衝撃で大きく傾いたが、呉橋のハンドル捌きで転倒を免れた。
特に延焼も起こっていない。
巨大トラックは片輪走行から復帰すると、二発目を撃とうとした炎能力者達をまとめてミンチにする。
破砕機の異音が鳴り、真っ赤なシャワーが周囲に振り撒かれていく。
細かくなった骨が地面に転がった。
それをタイヤが踏み割って粉末にする。
逃げようとする構成員がいたが、背中から破砕機に食われて即死した。
巨大トラックが廃ビルの入り口に突進する。
老朽化の進む扉もろともエントランスを破壊した。
呉橋は車をバックさせて、助走をつけて再びぶつける。
総重量二十トン超えのパワーがさらなる被害を出した。
三度目の突進は、階段を下りてきた構成員と鉢合わせとなり、彼らを厚さ数センチまで轢き潰す。
呉橋は飽きずに壁と柱に追突を繰り返した。
ぶつかるたびに破砕機がコンクリートを巻き込んでさらに削る。
乱暴すぎる運転だが、車の機能には何ら支障がなかった。
むしろほどよく温まって調子が良くなったかのようにエンジン音の唸りが高まっている。
車体の破損も軽微で無傷に近い。
呉橋は通話相手に礼を言う。
「水上さんのブーストのおかげでクラウンの猛攻に耐えられています。ありがとうございます」
『そりゃ、いっぱい報酬をもらったからねぇ。さすがに頑張っちゃったよ』
巨大トラックの改造には水上も関わっていた。
彼女の能力はブースト――特に強制強化とも呼ばれるものだ。
他者の力を強める能力者は多いものの、水上のタイプは珍しい部類であった。
一般的な強化系統の能力とは大きく異なる特徴を持つ。
強化の対象は能力者のみで、効果は永続的。
対象を見るのが発動条件とされるが、実際は半径十メートル以内にいるのを水上が認識するだけでいい。
本人が虚偽の情報を意図的に公開しているのである。
能力の行使について水上自身は負担がなく、どれだけ連続で使用しても疲れない。
さらに強化倍率は自由自在だった。
敵に対して無茶な倍率を押し付けて、オーバーヒートで自滅させることも可能である。
クラウンが警察署を襲撃してきた際に、仮眠室にいた水上が使った手段だ。
これで無力化されると、以降はどれだけ努力しても能力が使えなくなる。
無理に発動すれば死に至るため、彼女に倒された者は無能力者に等しかった。
そして最大の特徴として、水上が強化した能力は、どれだけ強くなっても彼女に影響を危害を加えられなくなる。
つまり水上を騙して能力を強くしたところで、それを使って彼女は殺せない。
補助系統に位置する一方で、絶対的な安全装置を持っている。
水上自身が能力をいたく気に入っている理由だった。
今回は巨大トラックの部品となった能力者の死体を彼女が強化している。
ただでさえ圧倒的なスペックを誇る怪物車が、水上の手で十倍ほどの性能になっていた。
クラウン構成員の猛攻が効かないのも当然の話なのだ。
車体が壊れない範疇で物理法則を超えたパワーアップが施されている。
素の状態でも驚異的な力であったが、呉橋が求めたのは悪意の権化のような性能である。
そうして完成したのが怪物トラックだった。
大振りのアームが廃ビルの柱に直撃し、コンクリート片が散って地響きが轟く。
建物全体が傾こうとしていた。
構成員が続々と下りてきて阻止しようと躍起になっていた。
組織のシンボルである廃ビルは、彼らにとって意味の大きい代物なのだ。
加えて室内には各種様々な資料や武器が保管されている。
ここが崩壊するだけで損害は計り知れないのである。
呉橋は止まらない。
阻止を狙う構成員を巨大トラックで器用に抹殺し、廃ビルへの破壊行為をエスカレートさせていった。
クラウンの命令系統は麻痺し、それぞれの行動が錯綜し始める。
それでもやるべきことは呉橋の殺害であるのは間違いないので、よく分からなくなった構成員は彼に挑んで死んでいく。
大乱戦の中、スピーカーモードの端末から水上の声が発せられる。
彼女は面白そうな口ぶりで述べた。
『ちなみに警察署は大騒ぎだよ。クレちゃんの暴走に気付いて慌ててるみたいね。ひとまず何人か派遣するらしいよ』
「監視と記録を兼ねた人員ですね。サポートが目的ではないでしょう。俺の口封じは検討されていませんか」
『裏では考えている人もいるかもだけど、表立っては出てないね。そんなこと提案したら、クレちゃんに殺されそうだし』
「俺は犯罪者でなければ殺しませんよ」
そう言って呉橋がハンドルを素早く右に切る。
旋回した巨大トラックが構成員を粉砕機で木端微塵にした。
引きずり込まれた死体が激しく揺れて、排出口から霧状の血肉が噴出した。
執拗な破壊行為により、廃ビルは既に限界を超えていた。
構成員の能力が辛うじて倒壊を食い止めている。
数十人がかりのサイコキネシスや、内部の壁や柱の強度を上げることで凌いでいた。
とは言え、それも時間稼ぎに過ぎない。
呉橋は彼らの努力を全否定するかのように破壊を加速させる。
地下の研究所と繋がる隠しエレベーターも巨大トラックの追突で潰されており、構成員が行き来できない状態だった。
そのせいで増援も追加兵器も調達できなくなっている。
拠点の構造を知っていた呉橋は、最適解とも言える作戦で強襲したのである。
呉橋が廃ビル倒壊の駄目押しをする中、不意に水上が問いかけた。
『ところで、久しぶりに元住居を訪問した気分はどうかな?』
「……知っていたのですね」
『うん。署内の人間の個人情報はだいたい把握してるし。その辺りのエリアは、君が家族と暮らしてた場所ってことも調べてるね』
瓦礫の無法地帯は、かつて呉橋が家族と共に暮らしていた場所だ。
七年前の大規模テロに巻き込まれて、彼はすべてを失った。
過去の記憶を刺激されながらも、呉橋は冷静に応じる。
「別に何の感傷もありません。終わった出来事です。俺は能力犯罪者を殺しに来ただけです」
『さすがクレちゃん、一貫してるねぇ』
水上はそれ以上の言及はしなかった。
さすがの彼女も無遠慮だと考えたのかもしれない。
それから水上はごく自然と話題を変えた。
『まあ、帰ったら一杯奢ってよ。祝賀会ついでに話が聞きたいなぁ』
「拒否権はありますか」
『無いよ。その代わり付き合ってくれたら、また何かブーストしてあげるけど』
「分かりました。お願いします」
廃ビルの傾きが一段と悪化した。
そこからは勢いが止まらず、ついに崩壊しながら倒れ始める。
途中から各階が分離して瓦礫の雨となって次々と地面に刺さっていった。
轟音と共に砂塵が周囲に舞う。
それが晴れた時、巨大トラックはクラウン構成員に包囲されていた。
寸前で脱出した彼らは、なんとか統率を取り戻して陣形を組んだのである。
数はおよそ二百人。
当初より減っているが未だ多い。
運転席からそれを認めた呉橋は端末に手を伸ばす。
「戦闘が激化してきました。一度切ります」
『はーい、気を付けてねー』
水上の気楽な声で通話は終了する。
ピエロマスクが並ぶ中、メガホンを持つ構成員が怒気を隠さず叫んだ。
「呉橋ぃっ! 貴様は国家の犬ではない! 首輪の外れた狂犬だ!」
挑発だが的を射た指摘だった。
それに続いて包囲する他の構成員達も叫び始める。
能力で威嚇を交えて罵声を飛ばした。
悪意の大合唱が呉橋へと殺到する。
「我らの理想を壊すな!」
「部外者め! 聖域をどうしてくれる!」
「火炙りだっ! 地獄の苦しみを味わって死ね!」
車内の呉橋はそれらの言葉を静かに受け止めていた。
表情を変えず黙々と聞き続ける。
目線は車内モニターで全方位を眺めていた。
ひとしきり罵声が済んだところで、呉橋は運転席のマイクを起動させる。
彼は心に決めた信念をクラウンに告げる。
「お前達は一人残さず殺す。罪を犯した者は罰を受けるべきだ」
何も心に響いていなかった。
巨大トラックが唸りを上げて急発進した。