第6話 死がやってきた
都市部から外れたそのエリアには、瓦礫の海が広がっていた。
ゴミと廃墟と死体が混ざり合って沈殿している。
たまに明滅する外灯は、微かな文明の名残りを訴えていた。
それを掻き消すように奇声や笑い声が上がる。
いずれも七年前の大規模テロの爪痕だ。
Aランク以上の能力犯罪者が組織的に殺戮を引き起こし、数十万人が犠牲者を出したのである。
当時は未曾有のパニックとなり、警察と民間の傭兵組織が共同でなんとか鎮圧した。
しかし未だに復興の目途は立っていない。
現在は浮浪者や犯罪者が占拠しており、政府からも放置されていた。
何度も制圧作戦が提案されるも、成功の見込みが薄いとして保留となっている。
ここには大量の反社会的な能力者が潜伏しているのだ。
平穏な姿を取り戻すには高いリスクを伴う。
政府も具体的にどれだけの規模と戦力が潜んでいるのか把握しておらず、たとえ軍隊を投入しても殲滅されるリスクがあった。
いっそ核兵器ですべて消し飛ばすほどでなければ、正常な状態はもはや見込めないだろう。
誰もが復興を諦めているのが現実だった。
国内最大の無法地帯と呼ばれるこの地には、能力犯罪組織クラウンの本拠地がある。
中央部の廃ビルの各階には大量のピエロマスクが暮らしていた。
周辺に住む者達は気付いているが、無闇に詮索しない。
むしろ金欲しさに短期的に協力する者も多いくらいだった。
犯罪の温床という環境において、クラウンは食物連鎖の頂点に君臨している。
クラウン本拠地の構成員は能力者ばかりが揃っていた。
遺伝子操作で後天的に能力を得た者も多く、全体的に精鋭の傾向にある。
Aランク以上は少数だが、それでも戦力的には軍隊をも凌駕しかねなかった。
情報収集や技術開発も進んでおり、廃ビルの地下には研究所が建設されている。
海外から輸入した最新兵器も大量に保管されていた。
クラウンの国内侵攻はおよそ一カ月前とされているが実際は違う。
名称や派閥が異なる別組織が瓦礫地帯で拠点を整えていたのだ。
そうして活動開始に合わせて看板を変えたのである。
警察の情報網ではこれらの展開に付いていくことができなかった。
無能力者の排斥活動という信条も、当のクラウンの間では重要視されていない。
彼らは総じて愉快犯のテロリストである。
大きな目的はなく、素性を捨てて無秩序を楽しみたいだけだった。
正義感もなく破滅主義者である彼らは、突拍子もなく悪事に手を止める。
被差別対象として無能力者を挙げると賛同者が集めやすいため、あえて吹聴しているに過ぎなかった。
警察署を襲撃したのも道楽の一環だ。
構成員は遺伝子操作で恐怖を失っており、己の命すらも惜しまない。
次はどこを標的に暴れてやろうか。
数人の幹部を除くと上下関係のない彼らは、口々に言い合っては盛り上がるのだ。
彼方から重たいエンジン音がした。
普段なら気にも留めないが、勘の良い者や感知系の能力を持つ者の反応は違った。
窓際にいた者達が会話を止めて遠くを見る。
瓦礫の海を二つの赤いヘッドライトが揺れる。
くすんだ色の巨大トラックが猛スピードで走行していた。
一直線のクラウン本拠地の廃ビルへと向かっている。
進路の瓦礫を弾き飛ばして直進している。
周辺住民は力関係を知っているので決してこのようなことはしない。
明らかな異常事態であった。
地上にいた構成員は、念のために廃ビル周辺のフェンスを補強しておく。
一部は連絡のためにどこかへ走り去った。
危険に備えて各々が動き始める。
クラウンは狂気的な集団だが、あらゆる事態に応じた行動がマニュアル化されており、正規の組織以上の結束力があるのだ。
巨大トラックの接近を前に、スムーズな迎撃態勢が敷かれていく。
廃ビル内の構成員はだんだんと騒がしくなっていた。
各階に設置された能力増強マシンが起動し、保管庫の武器が運び込まれる。
待機中の者達は窓際に集まると、双眼鏡で巨大トラックを観察し始めた。
視力強化や千里眼の能力を持つ者は、自前のそれらで確認する。
巨大トラックは異様な外見をしている。
全面に分厚い装甲が溶接されて、十輪の極太のタイヤが瓦礫を踏み潰して走破する。
タイヤの溝には血肉が詰まり、エンジン音に紛れて水音を鳴らす。
激しい揺れをものともしない車体は二十トンを下るまい。
距離が近付くほどに狂気的な迫力が増してくる。
爆発音に等しいクラクションが瓦礫をビリビリと震わせた。
フロントバンパーには、高速回転する破砕機が列になって搭載されている。
巻き込んだ物体は車体側面の排出口から捨てられる仕組みとなっており、引っかかった小腸が本来の用途から逸脱していることを示していた。
車体上部にはショベルカーのアーム部分が畳まれていた。
土を掘るためのバケットには死体がへばり付いている。
ここまでの道中で殺害したのだろう。
時折、アームが軸回転をして進路上の壁を粉々にしてみせた。
スモーク気味のフロントガラスからは、運転者がうっすらと見える。
ハンドルを握っているのは呉橋だった。
悪路の揺れにも無表情の彼は、アクセルを踏んで加速し続ける。
瞳の狂気は限界を超えて発散されていた。
実力行使のみに費やされたその執念は、目を合わせてしまったピエロマスクの構成員に畏怖を植え付ける。
薄っぺらな快楽に浸る彼らが、この瞬間に我に返ったのだ。
クラウン内における呉橋の評価は、この上ない危険人物だった。
秩序ある警察組織に属していながら、実際は誰よりも無秩序に私刑を執行する。
法や権力に決して屈せず、原始的な暴力ですべてを叩き潰す。
どれだけ強力無比な能力者が立ちはだかっても無慈悲に殺されてしまう。
あまりに不条理な点から死神とまで称されていた。
無能力者という情報も疑問視されており、本当は何らかの力を隠しているのではないかと囁かれている。
政府が秘密裏に開発した人型兵器であるという説もあった。
それほど荒唐無稽な功罪を重ねているのが呉橋という男である。
呉橋の本拠地襲撃はクラウン内でも常に警戒されてきた。
その時がついに来たというわけだ。
したがって対処も迅速に進められた。
まずは廃ビルの構成員が頭上から降らせる形で能力で攻撃する。
炎や雷が雨のように炸裂し、サイコキネシス等の見えない力も連続で浴びせられる。
何の対策も無い無能力者ならばコンマ数秒で消し炭になるだろう。
巨大トラックは蛇行運転で躱しながら強引に突き進む。
破砕機で障害物となる瓦礫を削り飛ばし、エンジンの唸りを響かせて廃ビルに迫っていった。
車体に能力攻撃が命中しても掠り傷だけで済んでいる。
サイコキネシスや呪いといった干渉も、なぜか車体表面を撫でるばかりで思うように機能していなかった。
構成員は困惑して攻撃の密度を上げるも結果は同じだった。
トラックをまともに破損させることすら敵わない。
巨大トラックは特殊兵器の一種だった。
元は犯罪組織から押収された車両で、それを呉橋が上層部と交渉して手に入れたのだ。
当然ながら難色を示されるも、上層部の不正の証拠を突き付けて無理やり奪ったのである。
言うまでもなく一般公開されていない代物だった。
そのトラックには各種武装に加えて、能力者の死体が部品として大量に使用されている。
故にあらゆるスペックが一般的なトラックとは桁違いなのだ。
基本性能の中でも特に防御面の向上が顕著だった。
これだけの悪環境だろうと構わず進める力は、もはや規格外と言える。
対能力者を想定したカスタマイズは、呉橋考案の改造であった。
知人の技師に依頼することで、彼は能力者の集団にも対抗できる怪物車を誕生させたのだった。
内通者の男から情報を手に入れた呉橋は、前々より準備をしていたトラックを回収してクラウン本拠地に急行した。
ここまで二日しか経っておらず、彼の驚異的な行動スピードが窺えた。
呉橋は犯罪能力者に対しては常に本気なのだ。
相手が大規模組織だろうと決して妥協はしない。
能力の雨を凌いだ巨大トラックがフェンスを突破し、迎撃態勢だった構成員を轢き殺していく。
逃げ回る構成員が反撃するも、ほとんど効いていなかった。
破砕機に巻き込まれた構成員がミンチとなって地面に噴出される。
肉体の頑強さに自信のある者が飛び込むも、破砕機のパワーに負けて肉片と化した。
振り回されたアームのバケットが、雷撃使いの構成員の顔面を陥没させる。
へばり付いた死体は破砕機へと放り込まれた。
遠心力を乗せたバケットのフルスイングが、背中を見せた構成員を殴り飛ばす。
そこに十輪の極太タイヤか破砕機の列が追い打ちをかける。
運転する呉橋は、複数のレバーやボタンを巧みに操り、怪物車の性能を十全に発揮していた。
車体に弾かれた能力が別の構成員に命中する。
そこからまた暴発するという悪循環を生み出していた。
怪物者に襲われるという異様なシチュエーションにクラウン構成員も動揺しているのだ。
その動揺が彼らの致命的なミスを誘う。
すべて呉橋の狙い通りだった。
暗殺ではなく派手な襲撃を選んだのには意味があったのだ。
数分も経たないうちに廃ビルの外にいた構成員は皆殺しになった。
巨大トラックは付近を巡回して残党がいないか調べる。
一方、廃ビル内ではクラウン全体に緊急事態の発令が行われていた。
それぞれが大急ぎで迎撃準備を始める。
逃げようとする者もいたが、それはできなかった。
外に出れば即座に呉橋に殺される。
テレポートのような能力も、巨大トラックの妨害電波で既に使用できなくなっている。
クラウンという組織は廃ビル内に追い込まれていた。
それを成し遂げたのは、たった一人の警官だった。