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第3話 暴走の代償

 警察署の地下三階。

 複数の能力者が隔離したその場所で、呉橋は牢屋に囚われていた。

 牢屋内は簡素なベッドとトイレがあるのみで、決して良い環境ではない。

 そのような場所に彼は二日前から収容されている。


 鉄格子を挟んで立つ壮年の男――彼の直属の上司にあたる課長は、鋭い眼光で呉橋を見つめていた。

 茶色いスーツ姿で腕を組み、口元は苛立たしげに曲がっている。

 課長は灰色の髪を揺らして呉橋を叱責した。


「いい加減にしろ。お前は何度繰り返せば分かるんだ」


 呉橋は何も答えない。

 謝罪も弁明もせず、無表情で視線を返した。

 怯まない姿勢に課長はますます険しい顔になる。

 しばしの沈黙が続いて、呉橋がようやく口を開いた。


「警察官として能力犯罪者を殺害しただけです」


「その殺害が問題だと言っている! お前ほどの実力なら拘束も可能だろう。しかし、あえて苦しめた末に惨殺している。おまけに組織の命令系統もすべて無視しているんだぞ!」


「組織の在り方を優先して被害の拡大を招くのは本末転倒では」


「黙れ! お前のそれは詭弁だ。自分の欲求を正当化するだけの主張に過ぎない」


 課長が怒鳴り声を上げる。

 凄まじい気迫であった。

 常人なら目が合うだけで卒倒しかねない勢いだ。

 それを呉橋は真正面から受け止めた上で無反応を貫いている。

 他人事と見紛うような態度で座っていた。

 彼の意識は別のことを考えており、課長の言葉も半ば素通りしている状態だった。


 そもそもこの程度の叱責で呉橋が反省するのなら、最初から誰も苦労しない。

 彼の行き過ぎたスタンスは署内でも有数の問題とされてきた。

 たびたび議論されており、そして未だに有効策が見つかっていない。


 それを誰よりも理解している課長はため息を洩らすと、携えた報告書の束を左右に振った。

 彼は咳払いをして声音を落とす。


「呉橋、お前の度重なる違反行為は、上層部でも頻繁に問題として挙がっている。過剰な殺害や命令無視だけじゃない。研究中の武器を他課から無断で持ち出しているな」


「能力者の遺体を使った武器は、既に海外で実用化されています。性能面でも申し分ありません」


「そうじゃない! 倫理的な面もあり、国内ではまだ扱いが微妙なんだ。使用するにも免許や申請を要する。ましてや実戦で用いるなど論外だ。我々が好き勝手に装備していいものではない!」


 呉橋の主張に対し、課長は熱を込めて反論する。

 課長の顔には、怒りや呆れや嘆きといった様々な感情が混在していた。

 どう説得したものか思案している。


「前からだが、お前は本当に強情だな……」


「為すべきことを全力で遂行しているだけです。強情かもしれませんが、合理的とも考えています」


 悩む課長とは裏腹に、呉橋は一点の曇りもなく応じていた。

 揺るがずに見据えてくる彼に、課長は思わず視線を落とす。

 先ほどまで発散されていた怒気が散り始めた。

 深呼吸をした課長は、床を見たまま報告書を呉橋に見せる。

 そこには彼の問題行動に関する詳細が羅列されていた。

 一ページでは収まらず束になっている。


「お前を懲戒免職にすべきだという意見も出ているんだ。これ以上は庇い切れなくなる。頼むから少し落ち着いてくれ」


「妥協するつもりはありません。今後も能力犯罪者を殺し続けます。懲戒免職になっても構いません。個人で同じ活動をするだけなので」


「いいのか? 警官という立場を失えば、お前の行為の黙認もできなくなる。今までのように活動していれば、問答無用で犯罪者として取り締まることになるぞ」


「別に構いません。妨害があろうと目的をこなすだけですから。敵対するのなら警察だろうと排除します」


 呉橋は一切怯まない。

 現実味を帯びた脅しを前にしても、己の目的意識を最優先させていた。

 断固とした態度で即答している。

 だからこそ、課長はあえて苛烈な言葉選びで質問を重ねていく。


「自警で能力犯罪者を惨殺すれば、お前はただの殺人鬼だ。法と秩序を乱す存在に成り下がることになる。憎悪する能力犯罪者と同類と評しても過言ではないだろう。それだけの不名誉を被ってでも強行するのか」


「はい、名誉のためにやっているわけではないので。そもそも今の時点で殺人鬼を自覚していますよ」


 呉橋が言い切ると、さすがに課長は絶句した。

 もう何を言っても意志を曲げられないと確信したのだ。

 この状況にありながらも、呉橋は方針は一貫していた。

 彼は絶大な精神力を以て目的に立ち向かっている。


 課長は腰から拳銃を抜いた。

 それを呉橋へと向ける。


「……本当に行動を改める気はないんだな」


「ええ。たとえ天地が覆っても意見は変わりません。俺を射殺するつもりなら、課長を殺害することになります」


「何ッ」


 ハッとした課長の顔に怒りが染まるも、数拍を置いて深い陰りが差した。

 それは同情や哀れみ、悲しみに近いものだった。

 勢いの欠けた課長は拳銃を下ろし、歯切れ悪く呟いた。


「お前が能力犯罪者を憎悪する理由は分かる。家族を奪われたのだから当然だ。しかし、復讐相手は何年も前に死んでいるんだ。無関係な犯罪者を惨殺しても、それはただの八つ当たりに過ぎないだろう」


「俺と同じ悲劇を味わう人間を減らしたいだけです。仮に犯人を逮捕したとして、更生するとは限りません。再犯で新たな犠牲者が出る恐れがあります。ならばリスクを根元から断つべきではないでしょうか」


「呉橋……」


「更生を信じて市民を危険に晒すのですか。事前に殺して武器にする方がよほど安全かと思いますが」


 鉄格子の前に進み出た呉橋は、澄んだ目で課長を凝視した。

 瞳に宿る力が次第に張り詰めていく。

 使命感と狂気が渦巻いていた。

 今にも破裂しそうなほどにどす黒い衝動が行き場を求めている。

 それらをまとめて理性で押し固めているのが呉橋という男であった。

 呉橋は語気を荒らげず、かと言って懇願する風もなく頼む。


「ここを出してください。大規模な能力犯罪が発生しているのは知っています。現場に向かわなければいけません」


「駄目だ。今度こそお前は閉じ込めておく。事件解決まで頭を冷やしていろ」


 課長が言い捨てたその時、天井のスピーカーからアラームの音が響き渡った。

 赤い警報灯が明滅し、間もなく放送が開始する。


『緊急警報。ピエロマスクを着けた集団が署内に侵入。施設内の職員はただしに対処に当たってください』


 放送を聞いた課長は困惑する。

 直後に上階で爆発音と銃声が轟いた。

 重い衝撃と共に建物全体が揺れて砂埃が降ってくる。

 何か大きな物が崩落する音もした。

 誰かが怒声混じりに指示を飛ばし、重なるように笑い声が聞こえた。


 部屋を出ようとしていた課長は足を止める。

 彼は眉を寄せて天井を睨んだ。


「何の騒ぎだ」


「能力犯罪者による襲撃ですね。内通者のリークで警備が最も手薄なタイミングを狙ったのでしょう。奴らの常套手段です」


 呉橋が反応した。

 来た道を戻って課長が尋ねる。


「相手の正体を知っているのか」


「クラウンと呼ばれる組織です。ピエロの仮面が特徴で、一カ月ほど前から国内での活動が確認されています。母体は国外の宗教団体で、無能力者の排斥活動を主軸に掲げた組織ですね」


 再びベッドに腰掛けた呉橋は流暢に回答する。

 まるで何かを読んでいるかのような口ぶりであったが、彼は何も持っていない。

 上階の騒動にも動揺せず、ただ床の一点を凝視している。

 その瞳の狂気が着々と増大していた。

 漆黒を比べて尚も暗い何かが張り詰めている。


 呉橋の目付きに寒気を覚えつつ、課長は抱いた疑問をぶつける。


「なぜそこまで詳しいんだ。クラウンについては警察でも調べが進んでいない状況のはずだぞ。まだ我々の管轄にすら入っていない」


「独自調査で得た情報です。近日中に動き出すことは事前に把握していました」


「また拷問でもしたのか」


「はい。能力で粋がる不良は後を絶ちませんので。上に報告をしなかったのは、情報の信憑性が低いと判断されて、捜査の進展に繋がらないと思ったからです。それなら一人で処理するのが的確だと考えました」


 堂々と言う呉橋に、課長は渋い表情になった。

 拷問による情報収集は呉橋の専売特許である。

 基本的に事件のない時間帯は単独調査で外出しており、署内で彼を見かけることは非常に困難だった。


 彼の提供する情報はそういった非合法な手段で調達されるため、警察内でも扱いに困ることが多い。

 結局、信憑性の低さを理由に保留になるのが常だった。

 それ以来、呉橋は自発的に情報を出さないようにしている。


 呉橋は全身から殺意を発しながら意見を述べる。


「クラウンの組織力は脅威となり得ます。署内の人間だけでは甚大な被害が出ると思いますが」


「……お前なら解決できるというのか」


「力を尽くして殲滅します」


 呉橋は淡々と言い切る。

 それは自信ではなく、純然たる事実を述べているのだった。


 アラームが響く中、課長は何度も熟考する。

 この状況と呉橋の釈放の是非についてを天秤にかけてひたすら悩む。

 表情を二転三転させた後、ついに課長は所持していた鍵で牢屋を開けた。

 そして呉橋に背中を向けて告げる。


「…………分かった。責任は私が負う。クラウンを潰すぞ」


「了解しました」


 解放された呉橋は、仄暗い熱を帯びて歩き出す。

 瞳の中の狂気が最高潮にまで達していた。

 収容生活の消耗を感じさせない力強い足取りである。

 課長は己の判断が合っているか不安になった。

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