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捨てる神あれば……


 ドラゴンの尾が直撃した地面には大きな亀裂が走り、瞬く間に崩れ始めた。ついさっきまで地面だった足場が轟音を立てて瓦礫と化し、崖下に崩れ落ちていく。


 当然その場に居合わせたオレもマックも、ティラやヘクセも退避が間に合わず崩落に巻き込まれた。



「きゃああああぁ!」

「チィッ! このバケモノがッ!!」

「マ、マック、助けて!」



 そんな中でもさすがの天才は辛うじて体勢を立て直し、剣を鞘に戻してからティラとヘクセの腕をそれぞれ掴む。そしてまたしても無詠唱で――今度は法術を使った。宙を蹴って高く跳躍するそれは、初歩的な法術だ。


 何もない空間を地面のように踏み締めて蹴り上がることができる補助的な役割を果たすもので、飛行系の魔物に手が出ない時などには大活躍する法術でもある。オレにはやっぱり使えないけど。


 取り敢えずマックたちは崖下に落ちるのだけは避けられたみたいだ、ティラも……。

 ……ああくそ、なんでちょっとホッとしてるんだよ、こんな時に。


 こうしてる間にもオレは崖下に――地上に向かって落ちていってるわけで。当然、何の力も持ってないオレが助かる方法なんてひとつもない。


 宙に投げ出されたオレを見つけて、ドラゴンが更に吼え立てる。落ちて死ぬか、それとも喰われて死ぬか……どちらにしても最悪な結末しか見えてこない。ただ死ぬよりは喰われて死んだ方がまだ少しは役に立てそうな気もするけど、ドラゴンの役に立ってもな……。



「グワアアアァ!!」



 ぐんぐんと距離が詰まり、思わず身が強張った。真紅の目をギラつかせながら間近まで迫ったドラゴンを前に頭が真っ白になる。

 ああ、死ぬ瞬間って案外何も考えられないものなんだ。

 どこか冷静な頭の片隅でそんなことを思うと、死を覚悟して息を詰める。効果がないとわかっていても身構えずにはいられなかった。


 それなのに、迫るドラゴンは次の瞬間――不意に淡い光に包まれ始めた。それと同時に、見る見るうちに巨体が縮んでいく。

 え、え、と思わずその様子に見入っていると、程なくして人型へと変貌を遂げた。続いて片手首を掴まれて、落下の勢いが急激に緩やかなものになる。地面はもう間近まで迫っていたのに、難なく着地できるくらいだ。


 しかも、縮んだドラゴンが形作った人型は、あろうことか――ついさっきまであちこち探して駆けずり回っていた、自称神のあの男だったのだ。



「え……、……はい?」



 理解が追い付かなくてついつい間の抜けた声を洩らしてしまいながら、自称神の男に手を掴まれたまま地上にゆっくりと着地を果たす。取り敢えず転落死は避けられたが、目の前で起きたことが何ひとつ信じられなくてジッと男を凝視する。すると、自称神は眉根を寄せて表情を顰めたかと思いきや、その場に屈み込んでしまった。



「どこへ、行っていた……」

「……えっ、今の……? え、ええぇ……な、なんで……」



 男の口調はひどく苦しそうだった。まるで、満足に呼吸さえできないような。顔色も悪い、血の気が引いたみたいに真っ青だ。

 さすがに心配になって傍に屈み込むと、効果があるかないかは別として背中を摩る。そんな苦しそうな姿を見ていると心配で仕方なかった。背中を摩りながら、簡単に情報を纏める。



「よく状況がわかってないんだけど、ここ最近噂のドラゴンの正体ってもしかして……あんた? けど、いったいなんで……」

「……噂とやらには明るくないが、恐らくはそうだろう。なぜと言われても、今の私にはお前が必要なのだ。だから探していた」



 背中を摩っていたせいか自称神の男は少し楽になったらしく、最後に深い息を吐き出すと顔を上げた。

 何度見ても、どう目を擦っても、今は普通の人型が――この驚くほどのイケメンがついさっきまであんな恐ろしい姿のドラゴンになってたなんて信じられない。けど、まあ、実際にドラゴンから人型に戻る姿もバッチリ見ちまったわけで。

 それに――



「……あんたは、こんな無能が必要だってのか」



 生まれた時から何の力も持ってなくて、力も才能もないから虐げられてきて、ようやく理解のある人と出逢って婚約したと思ったら裏切られて、更には殺されかけた――こんな情けないやつなんかを。



「お前は無能などではない。お前が自身のことをどう思っていようと、私にはお前が必要だ」

「……」



 そうハッキリと告げられて、情けないことに目頭が熱くなった。

 力や才能が絶対的なこの世界では仕方のないことではあるんだけど、ティラにあんなふうに裏切られて、もうほとんど生きる気力を失っていた。あと一ヵ月もすれば結婚式で、ティラと家庭を持つことになるんだと思えば色々なことにやる気も出たし、明るい未来を空想しては幸せな気分に浸ることも多かった。


 それが、いつから密やかな殺意を向けられていたのか。何も気付かなかった自分がどうしようもなく馬鹿みたいに思ったし、これからどうすればいいかもわからなかった。


 それなのに……こんなオレが必要とか言うやつがいるなんて。

 それがどうしてなのか理由はわからなかったけど、言葉にならないくらい嬉しかった。誰かに必要とされるということが。

 思わず泣いてしまうくらいには。



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