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第五話 王女の部屋で


 宴の数日後、楽師の女性は実祖父のような師匠から相談を受けていた。


「実はの。 王女殿下に他国から新しい楽器が贈られてな。


だが、我が国ではまだ誰もける者がおらん。


そのためその国から指導する楽師もやって来るのだが、お前にその指導を受けてもらいたいのだ」


いずれはそれを王女に教えることになる。


そのためしっかりと覚える必要があった。


「お前は宮廷楽師の中で一番若い。 柔軟な者ということで選ばれたのだよ」


新しい楽器は楽師の憧れだ。


「本当に私で良いのでしょうか?」


年長の楽師たちを差し置いて自分がその栄誉を与えられることにわずかに不安を覚える。


「お前しかおらん、とワシは思うがの」


師匠の隣に座る奥様も頷いた。


「ええ、私もそう思うわ。


それに王女殿下があなたに教えてもらいたいとご指名なのよ」


「え」


まだ遠くからしか見たことがない王女。


光り輝くような金の長い髪に宝石のような緑の瞳。


まだ八歳だというのにその愛らしさで国民から絶大な人気を誇る。


そんな王女の指導など畏れ多いが、指名とあれば断ることも躊躇ためらわれる。


弟子の女性が「自信がない」と答えると、師匠夫妻は顔を見合わせて微笑んだ。




「実はな。 お前を王女殿下に推薦したのはエルフの少年だそうだ」


宴での演奏を聴き、『あの女性ならきっと間違いなく最高の指導をしてくれる』と。


「ただその音色を聴くだけでも価値がある。 そう言ったそうだよ」


「……そうですか、彼が」


エルフの少年には心当たりがあった。


下働きの見習いで『王女様のお気に入り』の者は一人しかいない。


そこまで言われたら彼のためにも断ることは出来ない。


「がんばります」


弟子の女性はようやく頷いた。




 早朝の練習の時間。


少年は楽師の師弟の住む家の近くの木の上にいた。


器用に幹と枝を使い寝そべった状態で目を閉じ、いつものように聴こえてくるリュートの音色を楽しむ。


ふいに音が止んだことに気づいて目を開けると下から声をかけられた。


「そんな所にいたのね」


憧れの女性が微笑んで見上げている。


「良かったら朝食をご一緒にいかが?」


優しい微笑みに釣られて少年はつい頷いてしまった。




 家に招き入れられると、他に人がいる気配が無く首を傾げる。


「師匠夫妻と弟は昨日から泊まりがけで出かけているのよ」


彼女自身は仕事があるため留守番しており、一人なので使用人も休みにしたそうだ。


 女性は少年を食卓に座らせて朝食の用意をする。


しばらくしてパンとハムと卵、温かいスープがテーブルに並ぶ。


「さあ、どうぞ」


「ありがとうございます」


少年は緊張して味がよく分からない。


だが、王女との接触が多いため、不敬を働かないようにと幼い頃から祖父母に礼儀を叩き込まれた。


「美味しいです」


ふふっと女性が笑う。


「こちらから誘ったのに大したものじゃなくてごめんなさいね」


一人での朝食は寂しかったらしい。


「いえ、こちらこそ勝手に押しかけてすみません」


食後のお茶をふたりで飲みながら、女性は少年に話しかける。




「毎朝あそこで聴いてたの?」


以前、少年がもっと聴きたいと言った時に女性は練習時間を教えた。


師匠との練習は聴かせられないが、早朝の自主練習は気ままに指を動かすだけなので聴いている人がいても気にならない。


普通に訪ねて来ると思っていたら、まさか木の上で聴いているとは思わなかった。


「すみません。 練習の邪魔をしたくなくて」


「でも危ないわよ、落ちたりしたら」


そこはエルフなので身軽だから大丈夫だと説明された。


「そっかあ、エルフですものね」


楽師の女性は、そういえば王女もエルフ族だったと気付く。


「あなたが王女様に私を推薦してくれたと聞いたのだけど」


少年は照れたように目を逸らす。


「別に、あなたのためじゃない。 誰かいないかと訊かれたから答えただけ、です」


あの日、いつものように部屋に呼ばれて相手をしていたら王女に新しい楽器を自慢された。


その時に王女の下手な音に耳が耐えられず、楽師の女性に習ったほうが良いと進言したのだ。


「僕はあなたの音が好きだから」


小さな呟きは女性の耳には届いたようで、優しい目で見つめられる。


「私にとっては願ってもない機会だわ。


どうしても一度お礼を言いたかったのよ。 ありがとう」


思ってもいなかった礼を言われ、少年は少し複雑そうな顔で笑った。




 女性が食卓を片付け始めると少年は立ち上がる。


「僕はこれから仕事だから」


このまま仕事場へ向かうつもりで用意はして来た。


「そうね、私も準備しなくちゃ。 今日は王女様のお部屋で練習なのよ」


少年の身体がビクッと震える。 


「へ、へえ」


何故か顔を引きつらせて「じゃあ」と足早に去って行った。




 楽師の女性は身だしなみを整えて王女の部屋に向かう。


王宮内でも大きな部屋である。


祖父である前国王も父親である現国王も、目に入れても痛くないほど可愛がっている王女の部屋。


この部屋にある物は全て王女専用の一点ものだそうだ。


 その大きな部屋に置かれたピアノという楽器に楽師の女性は胸をときめかせる。


どんな音がするのだろう。


紹介された他国の楽師は高齢の婦人だった。


王女への指導も考え、わざわざ女性を選んだと思われた。


 他国の楽師がピアノを弾き、その横に椅子を置いて座って聴いている。


(本当に素敵な音)


指導を受けながら女性は少しぼうっとしてしまい、叱責された。


「覚える気がないのですか?」


「と、とんでもありません」


灰色の髪の楽師は必死に謝罪した。


ここで不評を買えば新しい楽器を弾く機会を逃す。




「素晴らしい楽器ですね。


私も美しい音色に心を奪われてしまいました」


ふいに声が聞こえて楽師の二人の女性が振り返る。


王女と一緒にお茶を飲んでいる少年の姿が目に入った。


「もちろん、他国からいらした楽師様の腕が素晴らしいからでしょう。


すぐそばで聴いている女性がぼうっとしても不思議ではないですね」


そんなふうに熱っぽく語る少年は金髪に紫水晶の瞳、エルフの特徴である尖った耳をしている。


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


指導していた高齢の楽師の女性は、頬を染めて立ち上がり礼を取った。


灰色の髪の若い楽師も慌てて立ち上がり、同じように礼を取った。


「そうね、私も素晴らしいと思うわ!」


王女も少年にならうようにそう言って微笑む。


そして、「ねーっ」というように隣に座る少年の腕に絡み付いた。


 宮廷楽師の弟子である女性楽師は、ただ驚いてその光景を見つめていた。


そのエルフの少年は、今朝一緒に食事をしたときとは別人のように、高級そうな服を着て、完璧な仕草で王女の相手をしていたのである。



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