些細な幸福の時間
社会人になってから、久しぶりに髪を短くした。
思い返せば高校時代からずっとロングヘアだったし、短かった中学時代でさえ、今のようなショートにはしたことがない。
言ってしまえば20代後半になった私の、年相応の大人らしいショートヘアだ。
同じフロアで働く同僚や先輩たちに似合っていると言われ、今日は少なからず気分は上がっている。
いつもお昼を一緒に食べている別フロアの同僚たちにも何かコメントが頂けるだろう。
お昼休みを告げるチャイムの後、いつも通り、同僚に合流するため、無駄にお洒落な吹き抜け階段に向かう。
先ずは上の階から下りてくる中学時代の同級生でもある渡瀬を待つ。
フロアの関係上、階段に近い私の方が先に付き、いつも下から彼を見つけている。今日も同じように探し、彼が視界に入れば、驚いた表情をされた。
数秒固まったかと思うと、階段を下りる人の流れに乗って、私の隣までやってくる。
「お疲れ様」
「ああ」
普段より言葉少なめの彼と、他の同僚二人と合流するために次の合流地点へと向かう。
隣に並び歩いていれば「髪切ったんだ」と、素っ気なく言われた。
「そうだよ〜。どう?」
何か言ってくれるかな。周りの評価は良かったのだけれど。
実は片想いしている彼に褒められたいとも思う。褒められなくても、せめて彼の好みを知るチャンスと、一言でもコメントを貰おうと、こちらを見ない彼の顔を覗き込む。
「渡瀬?」
「いや…」
目が合わない。
不自然に逸らされるそれに、似合わなかったかと、不安になるが、よくよく彼を見れば少し照れている様子が伺えた。
もしかして、と。自意識過剰な気もするが、恋愛感情に鈍いわけでもないので、全くの期待外れでもないように思う。
ここは攻めてみるか…。
「ここ最近、1番似合っていると思うんだけどなぁ」
変?と再度覗き込むようにして聞いてみれば、頭を掴まれた。
「分かってるだろう、それ。……似合ってるよ」
照れている。いい歳した大人が職場で照れている。
良くも悪くも人数が多い職場なので、私たちを認識して気に留める人はいないけれど。こんな、知り合いがいる可能性大のところで照れている。
私で、照れている。
「ふふっ!」
思わず声に出てしまった。
嬉しい感情が胸いっぱいに広がる。暖かい。
何だか学生時代のような甘酸っぱい状況に可笑しくもなってくる。
「ありがとう!」
「ああ」
恋愛ベタでもないくせに、こんなことぐらいで。
でも、こんなことぐらいで、照れてくれる彼が嬉しい。
あーもう、本当に。
にやにやと顔の筋肉が緩むのが自分で分かる。手に持っていた書類で口元を隠すが、既に見られた後だったからどうしようか。
「…っと、あれ?佐伯くんと奈々ちゃんは?」
「あー今日はふたり」
何故。今度は私が固まった。
佐伯くんも奈々ちゃんも今日出勤してたよね?
いや、別に必ず四人で食べている訳でも無いから良いのだけれど。いつもなら行けないと一言メッセージが来るのに、今日は何故こなったのか。
手に持った書類は奈々ちゃんにお昼ついでに渡そうと思っていたものだし。完全に無駄になってしまった。
えー、二人に合流する流れで進んできたのに何処に向かっているの?
いつも通りなら、お弁当持参か食堂か売店で調達したりして、その時々で食べる場所を変えている。
合流場所を通り過ぎ、渡瀬の向かう方向はどうやら社外のようだ。
私も彼もお弁当は持っていないので、職場近くのお店にでも食べに行くのか。
ひとまず、会社の建物を出る前に手を持っている書類をバックへとしまう。書類が入るサイズを持ってきていて良かったと、安心したので、やっぱり、来ないなら来ないと言ってほしかった。いや、勝手に持ってきた私が悪かったか。
滅多に二人でのランチは無かったと、社外に出たところで考える。
私より身長の高い彼を見れば、視線が合う。いつもより距離が近いような。気のせいか。気のせいじゃないな。
直ぐにでも触れてしまいそうな距離に心臓が煩くなる。
もう、見てられない。見てられないけど、見ないのも出来ない。目を離したくない。
「ほら、危ない」
急に手首を掴まれ、彼の方に引き寄せられる。
一気に頭が醒めて周囲を見回せば、看板にぶつかりそうになっていたことが分かる。
「ごめん…」と謝れば、気をつけてと返ってくる。
そのまま、手首を掴んでいた彼の手は私の手に降り、手を繋がれた。
わぁぁ。
何故か、凄く、恥ずかしい。
手を繋いだくらいで恥ずかしいとか中学生かって思うけど。わぁ、青春。自分で思うのもどうかと思うが、甘酸っぱい。
二人なのも、手を繋ぐのも、距離が近いのも、全てがむず痒い。でも、全てが心地良い。
「ふふ」
「今度はなに?」
「んー、二人で嬉しいなぁって」
佐伯くんと奈々ちゃんには悪いが、今は渡瀬と二人なのが嬉しい。嬉しさと共に、繋いだ手が熱を持つ。
「あぁ、俺も」
私だけに微笑んだ彼の表情に、幸福を感じる。
夢で見た内容を脚色して




