突き刺さる
トウカに先導されて、大狼がいるという最深部を目指して俺たちは歩いた。
シェーネ達三人も付いてきたため、狭い洞窟内をぞろぞろと歩くことになりながら、他愛もない会話に花を咲かせる。
しばらく歩くこと十分弱。
そして辿り着いたのは、記憶に新しい見覚えのある場所だった。
「ここは……最初に俺が寝ていた場所……?」
天井に空いた穴、袋小路の岩の壁、周りを様々な石で飾り付けられた草のベッド。
間違いなく、ここは俺が最初に目覚めた場所だ。
てか、この宗教じみた草のベッドはお前らがやったのか。
これ意味不明すぎて、起きたときすげえ怖かったんだぞ!
「この飾り付けられた草のベッドには何の意味があったんだ?」
涼しげな顔で天井に空いた穴を眺めているトウカに尋ねてみる。
「ああ、それですか。私達を生き返らせてくれた主さまを地面に寝かせるのはどうかと思ったので、簡易的ですが落ちている草を集めてベッドにしてみたんです。寝心地は如何でしたか?」
「まるで神様への捧げ物にでもされてる気分だったよ」
「またまた、ご冗談を。私達にとっての神様はハデスさまただ一人ですよ」
なんか勝手に神格化されてる?
いや、たぶん俺をからかってるだけだな。ニコニコと笑ってるし。
「ベッドはまあ分かる。けど、この石の数々はなんなんだよ」
俺のためを思ってわざわざベッドを作ってくれたのはありがたいし、嬉しい。
でも、その周りに石を置くとあら不思議。不気味な儀式の光景に早変わり。
誰だ! こんなところに石なんか置きやがった奴は!
「それはエンが飾り付けたやつですね。主さまの為にって張り切って集めてましたよ。そうよね、エン?」
「うん! エンがんばったよ!」
「この石最高だな!」
よく見るとスピリチュアルな雰囲気が出ていいと思う。
俺は初めから草のベッドだけじゃ味気ないと思ってたんだよな。
「……………(ちょんちょん)」
「ん、どうしたクジョウ?」
クジョウに背中を指先で小突かれる。
その顔は心なしか不満げに見えた。
「………茶番やってないで……早く行こう……」
「お、おう……」
そうだった。
こんなことをしている場合ではない。
こうしている間に、今年の生贄の少女が喰われでもしたら目も当てられない。
「でも、ここからどこに行くんだ? 見ての通り、もう行き止まりだけど」
「ハデス様、上を見てください」
俺の質問に答えたシェーネの言う通り、俺は顔を上に向ける。
そこにあるのは天井と、地上まで20メートルはありそうな高い穴だけ。
「あー……もしかして、あの穴の先に大狼の寝ぐらがあるわけ?」
「その通りです。この洞窟は地下にあり、大狼のゴミ捨て場というのが、この洞窟の真実なのです」
運ばれてきた生贄を食べて、骨になった死体はこのゴミ捨て場に捨てる。
なるほどな。これでトウカ達が都合よく全員俺の血を浴びた理由が分かった。
あの小さな穴から落ちれば、当然死体は一箇所に纏まる。そこに俺の身体も降ってきて、その血を浴びた彼女達が生き返ったというわけだ。
「それで、結局のところどうやって地上までまで上がる? まさかジャンプでなんて言わないよな?」
「そのまさかですよ、ハデス様」
そう言って、シェーネは目一杯膝を曲げると、勢いよく穴の先目掛けて垂直に飛び上がった。
「………マジかよ」
見る見るうちにシェーネは小さくなって、穴の向こう側はと消えていった。
なんつー馬鹿力だ……。
「エンもいっくよー!」
続けて、エンも人間砲弾ばりの凄い勢いで穴を通り抜けていった。
荒唐無稽な光景に、俺は空いた口が塞がらない思いだ。
特に、エンのような小さな子供が車も真っ青な速度で飛んでいくのはギャップがすごい。
「次、主さまどうぞ。私は後から行きますので」
「マジか。マジで言ってるのか? 俺にあんな真似本当にできるのか……?」
トウカが先手を譲ってくれたはいいものの、どうしたら良いかが分からない。
そんな俺を見かねて、トウカは手を握ってくる。
「大丈夫ですよ主さま。貴方ならできます。だって、私の主さまなのですから」
「それ理由になってない……けど、やるだけやってみるか」
どうせ失敗したところで痛みもないしな。
この身体なら、失敗を恐れる必要なんてないんだ。
「すー……ふぅー……よし!」
深呼吸を入れて、足にグッと力を込める。
膝のバネを十分に使い、俺は思いっきりジャンプした。
「………前が見えねェ」
結果、再び俺は顔面から天井に突き刺さった。
全力でジャンプした俺の身体は、優々と穴を突っ切り地上にでると、そこにはさらに洞窟があった。
そしてそこの天井に突き刺さり、今に至る。
岩の味を知るのはこれで本日二度目だ。若干こっちの洞窟の岩の方が苦い気がする。
「ひょっとして主さまはギャグでやってるのですか?」
俺の後に地上へやって来たトウカに天井から救出されながら、そう聞かれる。
「………俺のことはほっといてくれ……」
「いえ、そういうわけにはいきません。主さまの世話はメイドである私が見なくては。一人にしておくと心配ですし」
憧れてただけの似非メイドが言うじゃないか。
言っとくが、元の世界じゃそれなりにちゃんとしてたんだからな? 急な変化に対応できないだけで。
………身体についた土埃をトウカに払ってもらっている分際で何言ってるんだろう俺……。
「ハデス様……大丈夫ですか……?」
「痛そうだね……あれ、痛くないんだっけ? でもいいや! エンが痛いの痛いの飛んでいけしてあげる!」
「………どんまい……」
皆んなの優しさが、ささくれた心の傷に染みる。
つまり苦しい。優しさが逆に辛いのだ。
「はあ………」
俺がため息を吐いたその時だ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
どこからともなく少女の悲鳴が地上の洞窟内に響き渡った。
「───っ!! 今のは!?」
確認するように俺はトウカに向き直る。
トウカも悲鳴を聞いて、こちらを見ていた。
「ええ、恐らく今年の生贄の少女の声でしょう」
「クソッ! マジで遊んでる場合じゃなかった!!」
俺は叫び声が聞こえた方向に、全速力で駆けて行った。